第十一話:深奥の図書室と、孤独な王女
アッシュランドが「黄金の小麦」と「灰の陶器」で密かな活気に沸く中、アルスのもとにラインハルト辺境伯を通じて王家からの極秘要請が届いた。
名目は「辺境の特産品献上」だが、真の目的は、王宮の地下深く、歴代の賢者ですら修復を諦めた『建国神話の原典』の再生である。
「アルス閣下、準備は整いました。王宮内では私の知人が目を光らせておりますが、くれぐれも貴族派の耳目にはご注意を」
影のように控える執事、サバスが鋭い視線で周囲を警戒する。彼は元儀典官の知識を活かし、アルスを「辺境の新米男爵」として完璧に擬装させていた。
案内されたのは、王宮の最果てにある湿った図書室だった。
そこでアルスを待っていたのは、威厳に満ちた国王、そして――隅の方で自信なさげに古い紙屑を整理している、一人の少女だった。
「アルス・レトヴィスよ。……いや、今はアッシュランド男爵だったな。よく来てくれた」
国王が歩み寄る。その隣にいた少女が、驚いたように顔を上げた。
「お父様、この方が……例の『修復師』様なのですか?」
「ああ。紹介しよう。我が娘、第二王女のフィリアだ」
フィリア王女。彼女は、王家直系でありながら授かったスキルが『翻訳(ただし死語限定)』という、実用性のないものだと貴族派から嘲笑されていた。
「死んだ言葉を操る王女など、墓守にふさわしい」……そんな心ない言葉に、彼女は心を閉ざしていたのだ。
「……アルス様。この書物は、もう誰にも読めないのです。インクは消え、魔力も枯れ果てて……私の『翻訳』スキルですら、文字が見えなければ意味がありません」
彼女が指差した先には、もはや黒い炭の塊にしか見えない「本だったもの」があった。
アルスは静かに微笑み、フィリアの隣に膝をついた。その距離感に驚く彼女をよそに、アルスは素手でその炭に触れる。
「フィリア殿下。文字が見えないのなら、思い出させてあげればいいんです」
アルスが『古紙回収』を発動させる。
サバスが周囲の魔力探知を遮断する中、図書室に柔らかな金色の光が満ちた。
炭が剥がれ、繊維が編み直され、消え去っていたはずの神代の文字が、水面に浮かぶ波紋のように鮮やかに蘇っていく。
「なっ……!?」
国王が絶句する中、フィリア王女の瞳に光が宿った。
「読める……読めます! これは、初代国王様が精霊と交わした『守護の契約』……! アルス様、すごいです! こんなに綺麗に繋ぎ合わせるなんて……!」
フィリアは、初めて自分のスキルが「価値あるもの」に繋がった瞬間に立ち会い、アルスの手を思わず握りしめた。
「殿下。あなたの『翻訳』がなければ、この文字もただの模様です。僕が器を直し、あなたが魂を吹き込む。……僕たちのスキルは、決して『外れ』なんかじゃありません」
アルスの言葉に、フィリアの大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
彼女は、自分と同じように虐げられながらも、自らの力で運命を切り拓いているアルスという存在に、強烈な憧れと淡い恋心を抱き始めた。
「アルスよ……礼を言う。これで貴族派の連中も、王家の正当性に文句は言えまい」
国王は満足げに頷き、アルスに「王家直轄の修復師」という極秘の称号を授けることを約束した。
一方、王宮の廊下では。
サバスが、物陰から様子を伺っていた貴族派のスパイを無造作に気絶させていた。
「……閣下の邪魔をさせるわけにはいきませんからね」
アルスは、フィリアに読み方を教わりながら、共に古文書を読み解く時間を過ごした。
ミーナが待つ領地、そして王宮の不遇な王女。
アルスの周りには、少しずつ、しかし確実に「新しい時代の欠片」が集まり始めていた。




