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第十話:灰色の影、黄金の糸

領主邸の地下にある『情報処理室』。そこは、修復された古代の防音術式に守られた、この領地で最も機密性の高い場所だ。

 今日、そこにはアルス、ロイ、リィナ、そして記録係のミーナに加え、一人の初老の男性が座っていた。

「……見事なものだ、アルス君。この『灰釉陶器』の輝き、王都の好事家たちが狂喜乱舞しているよ」

 豪快に笑うのは、叔母エレナの夫であり、王家派の重鎮であるラインハルト辺境伯だ。彼は義理の甥であるアルスの才能をいち早く見抜き、その特産品を「産地不明の稀少品」として王宮へ流すルートを引き受けていた。

「ありがとうございます、叔父様。実家に気づかれないよう、流通経路を細分化してくださり感謝します」

「ははは! あの強欲なレトヴィス伯爵(君の父上)が、自分の捨てた息子が王妃殿下お気に入りの陶器を作っていると知ったら、泡を吹いて倒れるだろうな」

 辺境伯は愉快そうに髭を撫でたが、すぐに真剣な面持ちになった。

「だがアルス君、領地がこれほど急速に発展すれば、隠し通すのも限界がある。君には今、信頼できる『右腕』……それも、貴族社会の裏表を熟知し、実家からの工作を撥ね除ける凄腕の執事が必要だ」

「執事、ですか……。リィナやロイも頑張ってくれていますが、確かに事務方と対外折衝のプロがいれば助かります」

「ならば、私に心当たりがある。私の息がかかった男だが、かつて王宮の儀典官を務め、わけあって野に下っていた男だ。君の『真の価値』を理解し、盾となるだろう」

 数日後。領主邸に一人の男が訪れた。

 隙のない身のこなし、冷徹なまでに整った顔立ち。名をサバスというその男は、アルスの前に跪いた。

「アルス男爵閣下。ラインハルト辺境伯より、貴方様の『歴史』を綴じるお手伝いをするよう仰せつかりました」

 彼は即座に、アルスが頭を悩ませていた複雑な関税計算と、実家側のスパイを炙り出すための「情報の偽装工作」を完璧にこなしてみせた。

「……坊ちゃま、あの人、凄すぎます。私の仕事が半分になりました」

 リィナが驚き半分、悔しさ半分に呟く。

「ロイさんの訓練メニューの管理まで手伝ってくれるんですよ。おまけに、私に文字の教え方までアドバイスしてくれて……」

 ミーナも、新しい「先生」の登場に目を輝かせている。

 アルスは、修復したばかりの『王国全土の隠し街道図』を机に広げた。

「叔父様、そしてサバス。これで王家との直接連絡路ホットラインが完成します。実家が『貴族派』として不穏な動きを見せても、こちらは一歩先を行ける」

「御意に。閣下、レトヴィス家が差し向けている調査員スパイは、既に三名ほど『迷いの霧』の中で処理……失礼、丁重にお引き取り願いました」

 セバスチャンが影のように微笑む。

 実家の父も兄も、未だにアルスが北の果てで飢えていると信じ込んでいる。

 しかしその裏で、アルスは王家を経済的に支え、最強の防諜網を構築し、着々と「実家超え」の準備を整えていた。

「……さて。そろそろ、あちらさんが痺れを切らして『直接』様子を見に来る頃かな」

 アルスは特産の『灰金麦』で作られたパンを一口齧り、不敵に笑った。

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