第一話:ガラクタの山に眠る真実
視界が白く染まり、耳を刺すような急ブレーキの音が遠のいていく。
意識が途切れる直前、俺が考えていたのは、作業机に残してきた十八世紀の古文書の糊付けのことだけだった。
「……アルス、おいアルス! 寝ぼけているのか?」
鋭い声に弾かれるように目を開けると、そこは埃っぽい地下倉庫だった。
目の前には、豪華な刺繍の入った服を窮屈そうに着た少年が、蔑むような視線をこちらに向けて立っている。俺の義理の兄、カイルだ。
「……兄さん、ですか?」
「ふん、儀式で『外れスキル』を引いてショックなのはわかるが、いつまで座り込んでいる。父上が呼んでいるぞ。さっさと表へ出ろ、この『ゴミ拾い』が」
カイルが吐き捨てるように去っていく。
俺――アルス・レトヴィスは、ふらつく足取りで立ち上がった。
鏡代わりの水桶に映るのは、十歳ほどの見知らぬ少年の姿。
脳内には、かつて「高木」という日本人として古書修復に明け暮れた三十余年の記憶と、この世界の無能な三男坊としての記憶が混濁していた。
(……そうだ、今日はスキルの授与式だった)
この世界では十歳になると、神殿で一生を左右する「固有スキル」を授かる。
剣聖、賢者、聖騎士。そんな華々しい称号を期待された名門レトヴィス家の三男が手にしたのは、聞いたこともない貧相な力だった。
「……ステータス、オープン」
呟くと、空中に半透明の板が浮かび上がる。
【名前】アルス・レトヴィス
【スキル】古紙回収
【効果】劣化した紙状の物質から特定の情報を抽出し、再統合する。
神殿の司祭は「文字通りのゴミ拾いだな」と鼻で笑った。
父は「我が一族の恥だ」と顔を背けた。
確かに、火球を放つわけでも、傷を癒やすわけでもない。
「……けど、これって……」
俺は足元に転がっていた、一枚のボロボロの紙屑を拾い上げた。
それはかつて「魔法陣」が描かれていたはずの羊皮紙の残骸だ。経年劣化でカビに侵され、インクは掠れ、もはや何が書いてあったのか判別すら不可能な「ゴミ」である。
前世の職業病か。俺の手は自然と、その紙の「痛み」を探っていた。
どこが欠け、どこに元の繊維が残っているのか。
そして、意識を集中させた瞬間――スキルの発動を告げる淡い光が指先を包んだ。
『――対象:【劣化した初級発火魔法のスクロール】。情報の抽出を開始します』
脳内に無機質な声が響く。
すると、バラバラだった紙の繊維が生き物のように蠢き、カビが剥がれ落ち、消えかけていたインクの粒子が正しい位置へと再配置されていく。
数秒後。
俺の手の中にあったのは、新品同様の輝きを放つ、完璧な魔法陣が描かれたスクロールだった。
「嘘だろ……」
この世界の魔法は、書物の劣化と共に失われていくと言われている。
写本を繰り返すたびに誤字が増え、威力が落ち、やがて「失伝魔法」となって消えていく。
だが、俺のこのスキルは。
失われたはずの「完成された過去」を、現在のゴミから引きずり出すことができるのか?
俺は震える手で、倉庫の隅に積まれた「廃棄物」の山を見た。
解読不能として捨てられた古文書。破れて使い物にならない地図。煤けて真っ黒になった契約書。
世間にとってのゴミの山が、俺の目には黄金の山に見えていた。
「……これなら、いける」
前世で守り続けてきた「歴史」と、この世界で得た「力」。
「ゴミ拾い」と笑った奴らを見返す準備は、今この瞬間、整った。
読者の皆様へ:作者よりご挨拶
はじめまして。本作を手に取っていただき、誠にありがとうございます。
作者のrk04448と申します。
私は普段、満員電車に揺られて働くごく普通のサラリーマンです。
仕事の合間や帰宅後の楽しみに「転生モノ」の小説を読み漁るのが日課でしたが、ついに「自分でも理想の異世界を描いてみたい!」という衝動を抑えきれず、今回初めて筆を執りました。
本作は、地味だと言われる「古紙修復」というスキルを武器に、現代の知識と歴史の断片を組み合わせて成り上がっていく物語です。
不遇な環境から、知略と技術で自分だけの楽園(領地)を築いていくワクワク感を、読者の皆様と共有できれば幸いです。
右も左も分からない初投稿ではございますが、一話一話、心を込めて執筆してまいります。
もし「面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、応援コメントなどをいただけますと、明日からの仕事も執筆もめちゃくちゃ頑張れます!
皆様の日常の、ちょっとした癒やしや楽しみになれるような作品を目指します。
末永く、アルスの冒険を見守っていただければ嬉しいです。
よろしくお願いいたします!




