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第8話:黒鉄の弾丸と、広がり始める噂

 バランの工房で『魔鉄の廃材スクラップ』を手に入れてから、およそ一週間。

 僕たち三人のいびつなパーティーは、王都周辺に発令されている討伐依頼を、文字通り「乱獲」していた。


 早朝の冒険者ギルド。

 安いエールと獣の脂、それに汗と鉄の匂いが入り混じった独特の空気が漂う中、僕たちは壁一面に張り出された羊皮紙の依頼書を吟味していた。

 窓から差し込む斜めの朝日が、埃の舞うギルド内を白く切り裂いている。その光の中で、僕たちの背中には無数の、そしてあからさまな嘲笑の視線が突き刺さっていた。


「おい、見ろよ。あの『ゴミ溜め』パーティー、今日もいっちょ前に討伐に行くらしいぜ」

「荷物持ちの分際でレオンのところを追い出された無能に、攻撃できない案山子の盾。おまけに三秒でぶっ倒れる神眼だろ? よく生きて王都に帰ってこれるもんだ」

「どうせ、他のパーティーが狩り残したスライムの残骸でも拾って、日銭を稼いでるんだろうさ。底辺にはお似合いだ」


 酒を煽るベテラン冒険者たちの下品な笑い声が、わざとらしく僕たちの耳に届くように響く。

 だが、僕も、アイリスも、ルナも、その言葉に対して怒りはおろか、振り返ることすらしない。僕たちの才能は、一つ一つを単体で見れば、彼らの言う通りどうしようもない欠陥品だ。彼らの嘲笑はある意味で正しい。

 ただ――僕たちが互いの背中を預け合い、三つの才能が完全に噛み合った時、どれほどの理不尽な暴力を生み出すか。それを彼らはまだ知らないだけだ。


「アイリス、ルナ。今日は少しだけ足を伸ばそうと思う。ターゲットは王都の東、枯れ谷に棲みついたBランク魔獣だ」


 僕が数ある依頼書の中から一枚の羊皮紙を引き剥がすと、背後にいた二人が身を乗り出してきた。


「Bランク……! ついに私たち、そこまで行くんだね。相手はどんな魔獣なの?」

「『甲殻犀アーマー・ライノ』のつがいだ。装甲熊アーマー・ベアを遥かに凌ぐ硬度の甲殻を持っていて、並の剣や魔法じゃ傷一つつけられないらしい。動きは直線的だけど、その馬車二台分はあろうかという質量の突進を受ければ、王都の城門すら容易くへし折れるって話だ」


 僕が淡々と事実だけを説明すると、アイリスは少しだけ緊張したようにゴクリと唾を飲み込んだ。だが、すぐに両手で自身の白い頬をパチンと叩いて気合を入れる。

 かつて、レオンたちから「重いだけで足手まとい」と罵られていた時の、怯えきった表情はもうそこにはない。


「大丈夫。どんな理不尽な突進でも、私が絶対に止めてみせるから」

「ふふん、直線の動きなら私の目を開くまでもないかもね! アッシュの新しい弾丸おもちゃの試し撃ちには、これ以上ない最高の的じゃない?」


 夜空色のローブを纏ったルナが、眼帯を弄りながら不敵に笑う。

 僕たちは小さく頷き合い、ギルドの喧騒を背にして王都の門をくぐった。


 ◆


 太陽が天の頂に昇り、容赦のない熱線を地上に焼き付ける頃。

 僕たちは目的の『枯れ谷』に到着していた。

 切り立った赤茶けた崖に両側を挟まれた、荒涼とした岩の回廊。水の一滴すら存在しない乾ききった大地には、強風が吹き荒れ、砂埃が視界を黄色く濁らせている。

 風の音に混じって、回廊の奥深くから、ズシン、ズシンという地鳴りのような重い足音が響いてきた。


「……来た。前方およそ三百メートル。甲殻犀のつがいが二頭並んで、こっちの匂いに気づいて猛突進してくるよ。……うわぁ、あれは生き物っていうか、ただの生きた破城槌はじょうついだね」


 ルナが眼帯を外し、万華鏡の瞳を高速で回転させながら警告する。


「アイリス、右の大きな個体を頼む! 左は僕が撃ち抜く!」

「任せて……っ!」


 ゴォォォォッ! という轟音と共に、黄色い土煙を突き破って、二頭の甲殻犀がその絶望的な威容を現した。

 全身を分厚い鋼のような暗灰色の甲殻に覆われた、巨大な岩山のような獣。額から突き出た鋭く太い一本角が、獲物を串刺しにせんとギラギラと鈍い光を放っている。

 一歩踏み出すごとに大地が悲鳴を上げ、足元の小石が跳ね上がった。

 逃げ場のない一直線の谷。

 アイリスが前に踏み出し、自身の背丈よりも大きな黒鋼の大盾を地面に突き立てた。そして、彼女の才能である『空間固定』の魔力が、地中深くへと太い根を張る。


 ガアァァァァァァァァンッ!!!!

 右の甲殻犀の凶悪な突進が、アイリスの盾に激突した。

 空気が爆発したかのような凄まじい衝撃波が谷に吹き荒れ、周囲の岩壁がパラパラと崩れ落ちる。強烈な突風が僕のローブを大きく煽った。

 だが、土煙が晴れた後、そこに立っていたのは――巨大な角を盾にめり込ませながらも、一歩も、ただの一ミリすらも後ろに下がっていないアイリスの姿だった。鋼の巨獣の全力の突進を真正面から受け止め、完全にその運動エネルギーを停止させたのだ。


「す、すごい衝撃……っ! でも、大丈夫……! アッシュ君、お願い!」

「もらうよ!」


 僕はアイリスの背中に触れ、大盾を叩き潰そうとのしかかる甲殻犀の強大な『運動エネルギー』を、一滴残らず限界まで【貯蔵】空間に吸い上げた。

 弾薬(推進力)は満ちた。

 僕はポーチから、バランの工房で手に入れた『魔鉄の廃材』を一つ取り出し、いまだこちらへ向かって猛スピードで突進してくる左の甲殻犀へと向き直る。


「アッシュ! 左の個体、三秒後に到達! 狙うなら眉間の甲殻の継ぎ目、そこが一番脆いよ!」

「了解!」


 僕は右手を突き出し、掌の中にある魔鉄の廃材の内部に、自身の魔力を極限まで圧縮していく。

 かつて使っていた石ころとは比べ物にならない。純度の高い魔鉄は、僕の魔力を貪欲な獣のように飲み込み、ひび割れることなく強靭な内圧を保ち続ける。

 そこに、さきほどアイリス越しに吸い上げたばかりの、Bランク魔獣の絶大な突進エネルギーを、前方への推進力として全て付与する。

 掌の中の魔鉄が、まるで暴れ狂う超高圧の爆弾のように震え始めた。

 まだだ。エネルギーを『貯蔵』しているこの段階では、僕の腕に痛みはない。


 だが――この極限まで圧縮された絶大なエネルギーを『前方』へと撃ち出した瞬間。作用と反作用の法則に従い、僕の右腕には、弾丸の威力と全く同等の理不尽な反発力リコイルが襲いかかってくるはずだ。

『今のそのヒョロっちい人間の腕で、魔鉄の大砲なんて放ってみろ。弾が敵を貫くより先に、お前さんの肩の関節が根元から爆ぜ飛んで、右腕が消し飛ぶぞ』

 バランの工房で突きつけられた忠告が、脳裏にフラッシュバックする。

 魔鉄は完璧に僕のエネルギーを受け止めている。弾丸としては完璧だ。問題は、それを撃ち出すための『砲身』――つまり僕自身の肉体(器)の強度が、あまりにも脆すぎるということだ。

(腕が砕けるかもしれない。……でも、撃つしかないッ!)

 ルナの神眼が示した未来位置。左の甲殻犀が、まさに到達しようとするその瞬間。僕は恐怖を意思の力でねじ伏せ、引き金を引いた。


出力リリース……ッ!!」

 ズバァァァァァァァァァァンッ!!!!!

 落雷が直撃したかのような、耳をつんざく轟音が谷を揺らした。

 空気を摩擦で焼き切り、可視化された白い航跡を引きながら撃ち出された黒鉄の弾丸は、左の甲殻犀の眉間――分厚い装甲の継ぎ目を、まるで濡れた紙を撃ち抜くかのように容易く貫通し、巨大な巨獣の頭部を綺麗に粉砕した。

 ――だが、それと同時に。


「がぁぁっ……!?」


 ギリィッ、と。僕の右腕の骨が、絶望的な音を立てて軋んだ。

 大砲が放たれたのと全く同じ暴力的な衝撃(反作用)が、手首から肘、そして肩の関節へと逆流してきたのだ。

 筋肉が引き裂かれそうな悲鳴を上げ、毛細血管が限界まで膨張する。まるで右腕全体を鋼のハンマーで全力で殴りつけられたような、視界が白濁するほどの激痛。


「……っ、はぁっ、はぁっ……!」


 僕は射出を終えた右腕を左手で強く押さえ込み、その場に膝をつきそうになるのを必死に堪えた。

 魔鉄の弾丸は見事にBランク魔獣を粉砕した。だが、僕の右腕は肩から指先まで、焼け火箸を突っ込まれたように激しく痺れ、微かに痙攣している。石ころを撃っていた時には『弾が砕けることで四散していた反動』が、魔鉄を使ったことで全て僕の肉体に殺到したのだ。

(やっぱり、バランさんの見立ては正しかった……! 魔鉄を使えば威力は跳ね上がるけど、僕の体が保たない。この威力を連発するのは、今の僕には不可能だ……!)


「すごいよアッシュ! あの硬い甲殻を正面からぶち抜いた! ……でも、腕、大丈夫!?」

「うん、少し痺れただけさ。……アイリス、そのまま押さえててくれ! 弾丸スクラップはまだある!」


 僕は激痛に震える右腕を無理やり持ち上げ、残った右の甲殻犀――アイリスの盾に突進を阻まれ、苛立ちながら巨大な角を振り回している個体へと狙いを定めた。

 もう一度、魔力を圧縮し、エネルギーを込める。

 次に来る理不尽な反作用リコイルの恐怖に歯を食いしばりながら、二発目の雷鳴を轟かせた。

 巨大な質量が地に伏し、瞬く間に、Bランク討伐依頼は達成された。


 ◆


 夕刻。

 冒険者ギルドの買い取りカウンターは、水を打ったような異様な静寂に包まれていた。

 酒を飲んで騒いでいた冒険者たちも、今は口を半開きにしてカウンターの方を凝視している。

 木製のカウンターの上に無造作に置かれたのは、二頭分の甲殻犀の巨大な角と、最も硬いとされる顔面から背中にかけての装甲部位。


「……あの、これ。本当に、君たち三人だけで討伐したの…?」


 ベテランの受付嬢が、信じられないものを見るように、僕たちと討伐部位を交互に見つめていた。その声は微かに上擦っている。


「はい。依頼書に記載されていた通り、枯れ谷の個体です。傷の具合を見てもらえれば、他のパーティーの横取りじゃないと分かるはずです」


 僕が淡々と答えると、受付嬢は震える手で甲殻犀の背甲に触れた。

 そこには、直径十センチほどの、完璧な真円の穴がぽっかりと空いている。名剣で斬られた痕でも、炎や氷の魔法で焼かれた痕でもない。何か圧倒的な質量と速度を持つ『弾丸』が、正面からすべての装甲を粉砕して一直線に貫通した痕跡だ。


「……恐ろしい威力ね。Bランクの甲殻犀の装甲を、長時間の魔法の詠唱もなしにこんな風にぶち抜くなんて……」

「討伐完了のサイン、お願いできますか?」

「え、ええ。もちろんよ。……お疲れ様、アッシュ君。アイリスちゃんも、ルナちゃんも」


 報酬の金貨が入った重い革袋を受け取り、僕たちがギルドの酒場スペースを通り抜けていくと、周囲の冒険者たちの視線が、朝とは明確に変わっているのを感じた。


「おい、見たかよあの穴。甲殻犀だぞ? あれを無傷で狩ってきたってのか……?」

「しかも、また数時間で戻ってきた。どんなヤバい魔法を使えば、あんな速度で討伐できるんだ?」

「あのパーティー、実はとんでもない実力者を隠してるんじゃないのか……?」


 朝に浴びせられていた嘲笑と見下すような視線は完全に消え去り、代わりに、底知れない化け物を見るような畏怖と、探るような視線が僕たちに突き刺さる。

 攻撃できない盾。燃費最悪の神眼。そして、防御を捨てた大砲。

 見捨てられた欠陥品たちのいびつなパーティーが、ギルドという実力主義の残酷な世界で、確かな『脅威』として認識され始めた瞬間だった。


「ふふっ、みんな私たちのこと見てるね。朝はあんなに馬鹿にしてたくせに。なんだか気分いいなぁ」

「……私、ちゃんとアッシュ君たちの役に立ててるのかな」

「胸を張っていいよ、二人とも。君たちがいないと、僕の大砲は撃つ前に潰されてる。僕たちは、三人で一つの最強の武器なんだ」


 僕がそう言うと、二人は嬉しそうに微笑み合い、並んで夕暮れの王都へと歩き出した。

 順調だ。僕たちのロジックは、Bランクの領域でも十分に通用することが証明された。

 だが、ローブの中に隠した僕の右腕にはまだ、骨の髄を焼くような限界を告げる鈍い激痛が居座り続けている。

(もっと上へ行くには、この腕の痛みを……僕自身の『肉体の脆さ』をなんとかしないと)

 シルヴィアの隣に立つという目標は、まだ遥か彼方にある。


 僕が自身の課題を見据えて歩みを進める一方で、僕たちの噂が広まるにつれ、かつて僕を見捨てた者たちが、自らの愚かさに気づかずに泥沼へと沈み始めていることを……この時の僕はまだ知らなかった。

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