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第7話:頑固者の工房と、黒鉄の警告

 昨日の影豹シャドウ・パンサーとの激闘による興奮は、一晩明けても僕の右腕に、ひりつくような熱い疼きとなって残っていた。

 アイリスの絶対防御と、ルナの神眼。二人の規格外な才能と僕の【貯蔵】スキルが噛み合った時、僕たちは確かにCランクの群れを圧倒するだけの力を手に入れた。

 だが、同時に決定的な「弱点」も浮き彫りになっていた。


 王都の喧騒を少し外れた、職人街の片隅。

 石畳には長年の作業で飛散したすすが幾重にも染み付き、空を覆う無数の煙突からは灰色の煙が絶え間なく吐き出されている。そこかしこの工房からリズミカルに響く金属音の交響曲が、僕たちの目的地が近いことを告げていた。


「ここ……? なんだか、空気がすごく重たいね……。それに、熱気と鉄の匂いがむせ返るみたい」


 アイリスが少し圧倒されたように、自身の背丈よりも大きな大盾の後ろに半歩隠れながら、鼻先をひくつかせて呟く。

 その後ろでは、ルナが夜空色のローブをはためかせながら、眼帯をしていない左の『神眼』を万華鏡のように回転させ、宙を舞う目に見えない何かを面白そうに観察していた。


「ふふーん。空気が重いんじゃないよ、アイリス。この通りに満ちている『魔力のおり』が極端に濃いんだ。特にこの奥の工房……とんでもなく濃密で凶暴な魔力が、渦を巻いてとぐろを巻いてる。ここの主、かなりの変態か、あるいは一握りの天才だよ」


 ルナの的確な評価に、僕は苦笑いしながら頷いた。

 路地の最奥にひっそりと佇む、煤で真っ黒に汚れた分厚い鉄の扉。僕はその冷たい取っ手に手をかけ、体重を乗せて重い扉を押し開けた。

 途端に、灼熱の熱風と、焼けた油の強烈な匂いが暴力的に僕たちを包み込む。

 薄暗い工房の奥では、巨大な火床ホドから溢れる赤光が、立ち込める煙を怪しく照らし出していた。

 カンッ、ガアァンッ! と、空気を震わせる重厚な打撃音。


「……バランさん、いるかい?」


 僕が声を張ると、振り下ろされようとしていた巨大な鉄鎚ハンマーが、ピタリと空中で停止した。

 炎の照り返しの中に現れたのは、地面に深く根を張る岩石を思わせるほど、横幅が広く頑強な体躯を持つドワーフだった。鋼糸のような硬い顎髭を乱暴に革の手袋で拭い、彼は火の粉の舞う中からその鋭い眼光を僕に向ける。


「あぁ? ……なんだ、アッシュか。レオンの坊ちゃんたちはどうした? またあいつらが雑に扱って刃こぼれさせた三流の剣を、泣きつきながら持ってきたのか?」

「いや、今日は彼らのお使いじゃないんだ。……僕はもう、あのパーティーを抜けたから。今日は僕自身の、戦い方の相談があって来たんだよ」


 僕がそう答えると、バランさんは訝しげに鼻を鳴らし、手にした鉄鎚を無造作に放り投げて油に塗れた作業台に腰掛けた。

 彼は腕を組み、面白そうに口角を吊り上げる。


「ほう? ついにあのボンクラどもに見切りをつけたか。……せいせいしたぜ。あいつら、自分の剣がなぜ折れないのか、その理由すら分かっちゃいねえ三流だったからな」


 バランさんの言葉に、僕は少しだけ目を見開いた。


「俺の目は誤魔化せねえよ。レオンの使っていたあの大剣、素材はただの鉄クズだ。あんな力任せの振り方をしてりゃ、本来ならゴブリンの骨を斬っただけで三日でへし折れてる。……だが、折れなかった。お前さんが毎日毎日、剣の表面に『高密度の魔力』を編み込んで、裏から強度を底上げしてやってたからだろ?」

「……気づいて、いたんだね」

「当たり前だ。俺は鉄と魔力を打つ鍛冶屋だぞ。どんな腕利きの魔術師にも真似できねえ、あの変態的な魔力付与コーティング……お前さんをただの荷物持ちだと思ってた奴は、この王都で俺以外は全員節穴だ。お前さんは、俺と同じ『裏方の職人』だと思ってたぜ」


 バランさんはにかっと笑い、それから僕の顔を真剣な眼差しで見据えた。


「で? その狂った裏方の天才が、自分の戦い方の相談ってのはどういう風の吹き回しだ?」


 僕はゆっくりと歩み寄り、ポーチの中から『それ』を取り出し、台の上に静かに置いた。

 黒焦げになり、無惨にひび割れ、元の形すら留めていない石ころの残骸。


「こいつの中に、自身の魔力を限界まで詰め込んで、敵から奪った強大な運動エネルギーを与えることで撃ち出している。それが僕の編み出した戦術だ。……だけど、もうその辺の石ころじゃ、僕の出力の『器』として耐えきれないんだ。射出した瞬間に粉砕して、威力が散ってしまう」


 バランさんは太い指で、ボロボロになった石の残骸をつまみ上げた。

 彼の目が、再び魔力と物質の深淵を覗き込む『本物の職人』のそれへと変わる。石の脆い断面、焼け焦げた痕跡、そして微かに残る異様な衝撃の余波を、無骨な指先と研ぎ澄まされた直感で読み取っていく。


「……ただの脆い石の中に、レオンの剣に施していたあの高密度の魔力を強引に流し込んで内圧を高め、そこに外側から凄まじい推進力ベクトルをぶつけて砲弾にしたか。アッシュ、お前さんの言ってる理屈は、やはり狂気の沙汰だぞ。こんな真似をすりゃあ、普通は推進力が乗る前に、石が内側から自壊して自爆する」

「だから、石に魔力を込めて強度を限界まで補強し、自壊するギリギリの極限点を見極めてから、一気にエネルギーを解放してる。……だけど、これから先、BランクやAランクの魔獣の分厚い装甲をぶち抜くような、さらに強大なエネルギーを貯蔵して放つには、どうしても石じゃダメなんだ」


 僕が求めているのは、僕の非常識な『ロジック』を完璧に受け止め、敵を確実に粉砕してくれる本物の弾丸だ。


「バランさん。石の代わりになる、もっと魔力伝導率が良くて、理不尽な衝撃にも耐えられる素材はないかな。例えば……純度の高い魔鉄のインゴットとか。そういうものを、僕の大砲の弾薬として使いたいんだ」


 バランさんはしばらく沈黙し、チロチロと燃える火床の炎をじっと見つめていた。

 静寂の中、工房の熱気だけが肌を焦がすようにジリジリと伝わってくる。やがて、彼は重く、低く唸るような口を開いた。


「……素材はある。俺の工房に転がってる魔鉄の廃材スクラップを少し削って整えりゃあ、その辺の石ころの数十倍以上の出力にも耐えられる、完璧な弾丸は作れるだろう。……だがな、アッシュ」


 ズンッ、と重い足取りでバランさんが立ち上がり、作業台越しに僕の右腕を力強く掴んだ。

 昨日の影豹との戦いの反動で、微かに震えが止まらない、僕の細い腕を。


「お前さんのその貧弱な『器』じゃ、本物の魔鉄の弾丸は撃てねえぞ」

「……え?」

「お前さんは勘違いしてる。石ころが空中で砕け散ってたのは、失敗じゃねえ。お前さんの腕を守るための、ある意味での『安全弁』だったんだ。弾が砕けることで、逃げ場を失った致死の運動エネルギーが四散し、お前さんの腕への反動リコイルを殺してくれていたんだよ」


 バランさんの言葉に、背筋に冷たい氷柱を突き立てられたような感覚が走った。


「作用と反作用だ。弾が圧倒的な威力に耐えれば耐えるほど、それを撃ち出す砲身……つまりお前さんの腕には、その分だけ凄まじい『押し返す力』がダイレクトにのしかかる。……今のそのヒョロっちい人間の腕で、強度MAXの魔鉄の大砲なんて放ってみろ。弾が敵を貫くより先に、お前さんの肩の関節が根元から爆ぜ飛んで、右腕が消し飛ぶぞ」


 息を呑む音が聞こえた。

 隣で話を聞いていたアイリスが、顔面を蒼白にして小さく悲鳴を上げ、無意識に僕のローブの裾を強く握りしめた。ルナも、バランの指摘が物理法則の真理だと読み取ったのだろう。万華鏡の瞳の回転を止め、深刻そうに唇を噛んでいる。


「……つまり、今の僕の肉体じゃ、これ以上の高出力の砲弾を撃ち出す衝撃には、物理的に耐えられないってことか」

「そうだ。どれだけ極上の火薬を詰め込んでも、それを放つ『砲身』が薄っぺらいブリキやヒビ割れた鉄じゃあ、撃ち出した瞬間に内側から爆ぜ飛ぶ。お前さんの『ロジック』を完成させたきゃ、まずはその器……お前自身の肉体を、その理不尽な反動に耐えうる分厚い砲身へと鍛え上げな」


 バランさんは容赦のない事実を突きつけると、奥の棚から革袋を引っ張り出し、ドサッと音を立てて作業台に無造作に放り投げた。チャリン、と重厚で冷たい金属音が袋の中で響く。


「中身は、魔鉄の武器を打ち直した時に出たカスや、端切れの廃材だ。俺が本気で打った純度百パーセントの魔鉄弾に比べりゃ、強度は落ちる。……今の、死にたくねえお前さんには、せいぜいこれくらいが関の山だ。腕が千切れねえように、出力は自分で調整しな。同業の『職人』として、お前さんに死なれちゃ面白くねえからな」


 僕はその革袋に手を伸ばし、持ち上げた。

 ずっしりと重い。だが、その重さは金属の質量というよりも、今の僕自身の『実力の限界』そのものの重さのように感じられた。


「……ありがとう、バランさん。今の僕の弱点が、はっきりと分かったよ。これを使って、なんとかしてみる」

「ああ。器を壊した馬鹿な冒険者に、俺が続きの仕事をしてやる義理はねえぞ」


 背中越しに不器用なエールを受け取り、工房を出た僕たちの前には、再び王都の喧騒と眩しい陽光が広がっていた。

 手の中にある革袋。魔鉄の廃材。

 これを使えば、昨日のシャドウパンサーよりもさらに格上の敵にも通用する威力を引き出せるだろう。だが、その先にあるSランクの領域――世界最強の少女、シルヴィアの隣に立つためには、根本的な解決策が必要だ。

(僕の大砲を撃ち出すための、強固な車体……。僕自身の脆い筋肉や骨を、血管の一本一本までを、一瞬でもいいから魔鉄以上に強固な『器』に変えなければならない……)

 僕は自分の、まだ頼りない右腕をじっと見つめ、ゆっくりと拳を握り込んだ。


「……アッシュ君、大丈夫? 私、もっともっと頑張って、絶対に君を守るから。アッシュ君の腕に、これ以上負担がかからないように……!」

「アイリスの言う通りだよ。アッシュが腕を壊したら、私なんて三秒でただのゴミになっちゃうんだから。絶対に無理しないでよね」


 不安そうに見つめてくる二人の少女に、僕は力強く頷いて微笑み返した。


「ありがとう、二人とも。でも、守ってもらうだけじゃダメなんだ。僕自身が、この力に耐えられるようにならないと。……さあ、行こう。この魔鉄の廃材が、どれほどの威力になるか。試してみる必要がある」


 立ち止まっている時間はない。僕たちは再び、冒険者ギルドへと向かって力強く歩み出した。

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