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第5話:当たらない大砲と、全てを見通す神眼

 装甲熊アーマー・ベアを討伐し、初めての報酬を手にした僕たちは、少しだけ自信をつけていた。

 アイリスの『空間固定』による絶対に崩れない防御と、僕が背中越しに敵のエネルギーを吸い上げて放つ『カウンターの大砲』。この相反する二つの才能が組み合わされば、どんな強大な相手でも打ち倒せるのではないか。

 そんな浅はかな驕りが、僕たちをあっけなく死地へと追い込んでいた。


「アイリス、右だ!」

「くっ……! は、はいっ!」


 王都近郊、切り立った岩肌が連なる『牙の荒野』。

 太陽が傾き、長く伸びた岩の影がそこかしこに暗がりを作っている。僕たちは今、十頭を超えるCランク魔獣『影豹シャドウ・パンサー』の群れに完全に包囲されていた。

 闇に溶け込む漆黒の体毛と、常人では目で追うことすら困難な異常な俊敏性。それが四方八方の岩陰から、まるで意思を持った黒い弾丸のように次々と襲いかかってくる。

 ガギィンッ! と、火花を散らしてアイリスの大盾が豹の凶悪な爪を弾き返す。

 彼女の防御は今日も完璧だった。どれだけ素早い連撃だろうと、どれだけ重い一撃だろうと、彼女は空間に自身を固定し、僕への直撃は絶対に許さない。

 僕も彼女の小さな背中に右手を当て、盾越しに弾かれた衝撃をエネルギーとして【貯蔵】空間にストックしていく。弾薬は、もう十二分すぎるほど溜まっていた。

 問題は――僕の攻撃が、ただの一発も『当たらない』ことだ。


出力リリースッ!!」


 僕の手から放たれた石の砲弾が、空気を甲高く裂いて飛んでいく。

 ズドォォンッ! という凄まじい轟音と共に、前方の岩石が粉々に吹き飛んだ。だが、標的だったはずの影豹はすでにそこにはいなかった。石が着弾して土煙が上がるのを嘲笑うかのように、空中に黒い残像を残してヒョイと軌道を変えられてしまう。

(ダメだ。僕の攻撃は、石の内部に魔力を圧縮し、さらに推進力となるエネルギーを付与して撃ち出すまでに、どうしても数秒の『溜め』が必要になる。その致命的なタイムラグのせいで、撃つ瞬間にはもうそこにいない…!)

 どんなに威力が絶大でも、当たらなければただの空砲だ。

 それに、アイリスの盾は正面からの攻撃には無敵の要塞だが、これだけ素早く変則的な群れに側面や頭上へと回り込まれれば、重い大盾の向きを変えるのがどうしても追いつかなくなる。

 現に、アイリスの華奢な肩や太ももには、盾をすり抜けてきた鋭い爪による浅い傷がいくつも刻まれ、血が滲んでいた。


「……っ、うぅ……!」

「アイリス、撤退だ! 盾を構えたまま、少しずつ岩壁を背にして後ろへ!」

「ご、ごめんなさい、アッシュ君……私が、全部防ぎきれないから……っ」

「違う! 僕の大砲が当たらないせいだ。君は悪くない。今は逃げることに集中してくれ!」


 僕たちは残った魔力を振り絞り、互いをかばい合いながら、這々の体で影豹の包囲網を突破した。

 命からがら王都の門をくぐった時には、日はすっかり落ち、二人とも泥と血と擦り傷だらけのボロボロの姿になっていた。


 ◆


 王都の裏通り。冒険者ギルドへ討伐失敗の報告に行く気力すらなく、僕たちは湿ったカビの匂いがする路地裏の木箱に腰掛けて項垂れていた。

 痛みを堪えるアイリスの傷口にポーションを振りかけ、包帯を巻きながら、僕は今日の敗因を冷徹に分析する。

(僕の大砲は、動きが直線的で的が大きい敵にしか通用しない。対してアイリスの盾は、多角的な連続攻撃に弱い。……今の僕たちには、圧倒的に手数が足りない。敵が例えどんな速度で動いたとしても完全に予測し、僕の砲弾を正確な未来位置へ導いてくれる『目』が必要だ)


「はぁ〜あ。威力がバカ高いのに、全然当たってなかったねー。あれじゃただの派手な花火だよ」


 不意に、頭上から場違いなほど明るく、飄々とした声が降ってきた。

 弾かれたように見上げると、路地裏の石塀の上に、一人の少女が座って足をブラブラさせていた。

 夜空のような深い紺色のローブに身を包み、右目には黒い眼帯。そして、見開かれた左の瞳は、まるで万華鏡のように複雑な幾何学模様を浮かべて、暗がりの中で妖しく輝いている。


「キミたちの戦い、ずっと高い岩の上から見てたよ。すっごく面白かった!」

「……君は?」

「私はルナ。ルナ・アステリア」


 少女――ルナは、ふわりと重力を感じさせない動きで塀から飛び降り、僕の目の前に着地した。

 彼女は興味津々といった様子で僕の顔を覗き込み、その万華鏡のような瞳をキラキラと輝かせた。


「キミさ、すっごくなスキルの持ち主だね!盾の子から『運動エネルギー』だけを吸い取って、それをただの石ころの推進力にしてるでしょ?」

「……っ!?」


 僕は息を呑んだ。

 誰にも話していない僕の【貯蔵】スキルの応用を、彼女は一目見ただけで、しかもその理屈まで完璧に見抜いたのだ。


「どうして分かった?」

()()()()だよ」


 ルナは得意げに、その妖しげに光る左眼を示して見せた。


「私のスキルは『神眼』。世界を満たす魔力の流れも、生き物の筋肉の収縮も、風の軌道も、あらゆるベクトルが全部視えるの。だから、あの黒い猫ちゃんたち(シャドウパンサー)の筋肉がどう動いて、次にどこへ跳ぶかなんて、私には完全に見えてたよ」


 その言葉を聞いて、僕の中でひとつの確信が生まれた。

 世界のあらゆる動きが視える目。

 これだ。このスキルこそが、先刻痛感した僕たちの弱点を克服するために必要な能力だ。


「……ルナ。君さえよければ、僕たちとパーティーを組んでくれないか?」

「えっ?」


 唐突な僕の提案に、ルナは目を丸くして固まった。


「君の神眼で、敵の未来位置を僕に教えてほしい。君の完璧な目と、アイリスの絶対に崩れない盾、そして僕の大砲。この三つが揃えば、僕たちはどんな格上の魔獣だって狩れるはずだ」


 僕が真っ直ぐに見つめると、ルナはしばらくポカンと口を開けていたが、やがて自嘲するように、ふっと寂しそうな笑みを浮かべた。


「……無理だよ。私、他のパーティーをいくつもクビになった『役立たず』だもん」

「役立たず? それだけの異常な能力があって?」

「視える『だけ』なんだよね。この神眼、とにかく燃費が最悪なの。ちょっと見るくらいなら大丈夫なんだけど、凝視したり両目を使ったりしたらもう最悪。私自身の魔力容量は底辺レベルなのに、能力をちゃんと行使したら信じられない量の魔力を食う。……私が戦場でこの目を全開にしたら、たった三秒で魔力が空っぽ(ガス欠)になって、一歩も動けなくなって倒れちゃうんだ」


 ルナが悔しそうに、ローブの裾をギュッと握りしめて俯く。

 三秒しか持たない予知能力にも近しいスキル。しかも使用後は完全に無防備なお荷物になり果てる。それでは確かに、実戦の激しい動きの中で彼女を守り抜ける前衛はおろかそもそもの問題だろう。誰もが彼女を「使えない」と見捨てる理由はそれだった。

 だが、僕には分かっていた。

 彼女の抱えるその「致命的な欠点」は、僕にとっては痛くも痒くもない、容易く解決できる問題だということが。


「……なんだ。そんなことか」

「へ?」

「ルナの魔力が三秒で底を尽きるなら、僕が君に魔力を供給し続ければいい。そうすれば、君の神眼は閉じないんだろう?」


 僕はポーチに入っていた石ころを取り出すと、常日頃から貯蔵している魔力を石ころに込める。青白い魔力の光が、僕の手の中で渦を巻きながら高密度に石の中に圧縮されていく。武具や防具にしていたように、丁寧に魔力を込める。ルナは興味深そうにその様子を綺麗な目で見つめていた。


「僕は今まで、パーティーの最後尾で荷物持ちをしながら、自分の中に貯蔵した膨大な空気中の魔力を、前衛の武器や防具に付与してきたんだ。他の冒険者は空気中の魔力はただ感知するだけで使えないけど、僕は違う。魔力の備蓄量と、誰かにそれを付与する力できっと君の『神眼』を活かすことができると思う」


 魔力を込めた石ころをルナに手渡す。ルナは信じられないものを見るように、その石ころと僕の顔を交互に見つめた。


「キミ……本気で言ってるの? 私の異常な消費量を知った上で、それを上回る魔力量でスキルの行使を可能にしようだなんて……相当イカれてるわよ……っ!」

「僕も元はと言えばただの荷物持ちだし、アイリス攻撃できないが最強の盾だ。三秒しかスキルを使えない君が加わったって、今さら何も変わらないさ。……君の神眼を、この世界で一番正しく使えるのは僕だ」


 僕が言い切ると、ルナは手の中にある石ころを握りしめ、万華鏡の瞳を極限まで見開く――やがて、堪えきれないように吹き出した。


「……あははっ! 最高! キミたち、本当に変態で、最高にイカれてる!」


 ルナは目尻に浮かんだ涙を拭いながら、僕に向かって、白く細い手を差し出した。


「いいよ、組んであげる! 私の底なしの燃費の悪さ、キミのその異常な貯蔵庫でどこまで賄えるか見せてよ!」


 こうして、攻撃できない盾と、防御を捨てた大砲に、燃費最悪の『神眼』が加わった。

 誰からも見捨てられた欠陥品たちの、いびつなパーティーが、ついに本当の完成を迎えたのだった。

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