第3話:大砲のイメージと、見捨てられた大盾
王都の外れにある採石場。
かつて城壁の修繕のために切り出された岩山の跡地は、今では誰も寄り付かない荒野になっている。ここなら、いくら岩を砕いても誰にも文句は言われない。
僕は崖から太い縄を垂らし、その先に手頃な丸太を結びつけて即席の『振り子』を作っていた。
「まずはエネルギーの回収からだ」
丸太を大きく引き上げ、手を離す。
遠心力と重力が加わった丸太が、唸りを上げて僕に向かって突進してくる。
僕はタイミングを合わせ、丸太が顔面に直撃する寸前で右手のひらに【貯蔵】のスキルを行使した。
ポンッ、と。
昨日ウサギの突進を受けた時と同じ間の抜けた音が響き、丸太の勢いが完全に消失する。丸太は力なくロープの先で微かに揺れていた。
「よし。ここまでは問題ない」
僕のスキル空間には、丸太のエネルギーがストックされている。
問題はここからだ。昨日は空間からエネルギーを直接取り出そうとして、イメージが固まらずに失敗した。
ならば、何か『媒介』を用意して、そこに運動エネルギーを込めるイメージを持てばいいのではないか。
僕は足元に転がっていた、拳大の石ころを拾い上げた。
レオンたちの剣に魔力を付与していた要領で、手の中の石にスキル空間の中にある運動エネルギーを込める。
ピキッ……。
「え?」
少しエネルギーを注いだだけで、石の表面に亀裂が走り、ジリジリと嫌な熱を持ち始めた。
そして次の瞬間。
パァンッ!!
限界を超えた石ころが、僕の手の中で爆竹のように弾け飛んだ。
「痛っ……!」
飛び散った石の破片が頬を掠め、僕は思わず顔を覆う。
(ダメだ。ただ無秩序にエネルギーを注ぎ込むだけじゃ、石の中で出口を失ったエネルギーが暴発してしまう。もっと繊細なコントロールが必要なんだ)
必要なのは、明確な『指向性』(ベクトル)と魔力操作だ。
今まで石に運動エネルギーを込め、それを射出することを考えていたがモノの内部に運動エネルギーを保存するのはかなり難しそうだ。
そのため、石の中に魔力を圧縮して留めつつ、最後に空間から『前へ』という強烈な運動エネルギーを与えて、石そのものを『砲弾』として撃ち出す。
僕はもう一つ先程よりも小さめの石ころを拾い上げ、目の前の巨大な岩壁に向かって右手を突き出した。
石に魔力を込める。
圧縮された魔力が石の中に蓄積され、赤熱した光が指の隙間から漏れ出す。
石が自壊する、そのギリギリの極限点。
岩壁を貫く一発の砲弾をイメージし、貯蔵していた運動エネルギーを付与する。
「出力……ッ!」
ドンッ!!
空気が弾けるような轟音と共に、僕の手のひらから凄まじい衝撃波が一直線に撃ち出された。
限界まで魔力を詰め込まれた石ころが、不可視の砲身から放たれた砲弾となって宙を裂く。
前方の岩壁に激突したそれは、爆発的な土煙を上げ、大岩の表面をすり鉢状に粉砕した。パラパラと崩れ落ちる砕けた石の音だけが、静かになった採石場に響き渡る。
「……できた」
僕は土煙の向こうに穿たれたクレーターを見て、思わず息を呑んだ。
たかが丸太一つの運動エネルギー。だが、それを石に込めて一点に集中させて撃ち出せば、これほどの破壊力を生むのだ。
魔獣の強力な一撃を吸い込み、そのままカウンターとして撃ち返せば、相手の力が強ければ強いほど強力な大砲になる。
石ころでこの威力なら、魔力伝導率の高い魔鉄や魔獣の素材だったらどうなるのか。無限の可能性を秘めている。
「いける。この戦法なら、格上にも通用するぞ……」
歓喜に拳を握りしめたのも束の間、僕はドッと押し寄せてきた疲労感にその場にへたり込んだ。
「はぁっ、はぁっ……」
呼吸が荒い。右腕の筋肉が痙攣し、全身が泥のように重い。
ただ石を一つ撃ち出すだけで、石の自壊を防ぐための魔力コントロールと、出力のイメージに極限まで脳を酷使したからだ。
(……致命的だ。この出力方法には、準備に時間がかかりすぎる)
今の僕では、エネルギーを石に込めて撃ち出すまでに、どうしても『数秒の溜め』が必要になる。
しかも、その間は石が手の中で爆発しないよう意識の全てを右腕に集中させなければならないため、足は完全に止まり、無防備な案山子状態になってしまうのだ。
あのシルヴィアが戦うような本物の死闘の中で、敵が僕の準備を数秒も待ってくれるはずがない。
(攻撃のロジックはできた。でも、この数秒間、僕の前に立って敵の攻撃を完全に防ぎ切ってくれる『壁』がないと、実戦じゃ使い物にならない……)
自分の弱点を痛感した僕は、重い足取りで王都の冒険者ギルドへと向かうことにした。
都合のいい前衛などそう簡単に見つかるとは思えないが、まずは探さないことには始まらない。
◆
昼下がりのギルドは、依頼を探す冒険者たちで賑わっていた。
僕が掲示板の前に立ってメンバー募集の張り紙を眺めていると、背後からあからさまな嘲笑が聞こえてきた。
「だから! お前みたいに『攻撃できない』奴は邪魔なんだよ!」
「そうそう。重いだけで動けねえし、お前がパーティーにいるとこっちのテンポが狂うんだわ」
振り返ると、ギルドの片隅で、軽装の剣士たちが一人の少女を取り囲んで罵声を浴びせていた。
少女は、自分の背丈よりも大きな真っ黒な鉄の大盾を抱きかかえるようにして俯いている。
亜麻色の髪を無造作に結んだ彼女は、どこかあどけなさを残す顔立ちをしていたが、その細い腕に不釣り合いなほど巨大で無骨な盾を背負っていた。
「……ごめんなさい。でも私、盾で敵の攻撃を受けるのなら誰にも負けないから……」
「あのなぁ! 攻撃を受け止めるだけなら案山子でもできるんだよ! 前衛なら剣を振れって言ってんだ! お前は今日でクビだ。どっか他の物好きでも探すんだな!」
男たちは吐き捨てるようにそう言うと、少女を残して酒場の方へと消えていった。
――無能。邪魔。足手まとい。
昨日、僕がレオンたちから浴びせられたのと同じ言葉。
少女は悔しそうに唇を噛み締め、巨大な盾の陰に隠れるようにしてしゃがみ込んでしまった。
僕は無意識のうちに、彼女の元へと歩み寄っていた。
同情したわけじゃない。彼女の抱えるその盾が、僕の求める条件にあまりにも合致していたからだ。
「……君、さっきの人たちに『重いだけで動けない』って言われてたけど」
「えっ……?」
唐突に声をかけた僕を見上げ、少女が驚いたように目をパチクリとさせる。
「その大盾、見ただけでも相当な厚みと重量がある。普通なら背負うだけで精一杯の重さのはずだ。それなのに君は、その細い腕でずっと姿勢を崩さずに立っていた」
「あ……うん。私、動くのは苦手だけど、この盾を構えて踏ん張ることだけはずっと練習してきたから」
少女の答えを聞いて、僕は確信した。
あの剣士たちは何も分かっていない。
あれほどの鉄塊を長時間構えたまま微動だにしないなんて、凄まじい体幹と膂力だ。自分から攻撃できないほど防御に全振りしているのなら、逆に言えば、敵の攻撃を受け止める『壁』としては最高峰の素質がある。
「君の名前は?」
「……アイリス。アイリス・フォール」
「アイリス。君のその防御力、僕に貸してくれないか?」
僕がそう真っ直ぐに告げると、アイリスは信じられないものを見るように目を見開いた。
僕は彼女の前に手を差し出す。
「僕はアッシュ。……僕と組まないか?君が守ってくれれば、僕がどんな敵でも必ず倒してみせる。きっと彼らも見返せるはずだ」
世界最強の少女の隣に立つための、最初のピース。
攻撃できない盾の少女と、防御を捨てた荷物持ちの、いびつなパーティーが結成された瞬間だった。




