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第22話:闘技場の狂騒と、計算された圧倒的破壊

 地鳴りのような歓声が、石造りの分厚い壁を震わせていた。

 王都の中央に鎮座する、数万人を収容できる巨大な円形闘技場コロッセオ。すり鉢状になった観客席は、煌びやかな衣装を纏った王都の貴族や、裕福な商人、そして高ランクの冒険者たちで埋め尽くされている。

 薄暗い入場口の通路で待機しながら、僕はその狂騒をひどく冷めた頭で聞いていた。


「これが終わればAランクか……」


 目指すべき背中が見えてきた興奮で思わずそう口に出す。僕の目的はたった一つ。

 あの暗く冷たい迷宮の底で、僕に生きる希望を与えてくれたあの人に、たった一度だけ交わした『必ず追いつく』という約束を果たしたことを、直接ここで証明するためだった。


「……アッシュ君。準備、完璧だよ」

「いつでもいけるよ、アッシュ!」


 背後からかけられた声に振り返ると、アイリスが己の背丈ほどもある分厚い大盾を構え、ルナが万華鏡の瞳を爛々と輝かせて立っていた。

 二人の顔に、数万人の観衆に見世物にされるというプレッシャーや、これから規格外の化け物と殺し合うという恐怖は微塵もない。ただ絶対的に、僕の構築した戦術と、自分たちの役割を信じ切っている真っ直ぐな瞳だった。


「ありがとう。……行こうか。王都の連中に、僕たちの戦い方を教えてやろう」


 僕は短く答え、鉄格子のゲートがゆっくりと巻き上げられるのと同時に、闘技場の眩い砂煙の中へと足を踏み出した。


『さあ、本日の公開演習、最後の挑戦者たちの入場だァァァッ!!』


 闘技場の上空に設置された魔力拡声器から、実況の熱を帯びた声が響き渡る。


『なんと彼らは、辺境の迷宮都市からやってきた弱冠十代の子供たち! 提出されたAランク迷宮主の魔石が本物か、はたまた平民の卑劣な詐欺か!? 王都の誇り高き貴族の皆様の御前で、今、その真贋が試されるゥゥッ!!』

 意図的に悪意を煽るようなアナウンスに、すり鉢状の観客席から一斉に野次と嘲笑が降り注いだ。


「帰れ帰れ! 詐欺師のガキども!」「平民の欠陥品がAランクになれるわけがないだろう!」「一瞬で魔獣の餌になっちまえ!」


 耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言の嵐。

 僕は視線を上げ、貴族たちが陣取る最上階の特別貴賓席へと目を向けた。そこには、豪奢な衣装を着込んだ貴族の横で僕たちを見下ろし、醜悪な笑みを浮かべているレオンの姿があった。

 彼は自分が仕掛けた裏工作によって、僕たちがここで無様に惨殺されることを確信しているのだろう。

 だが、僕の心は驚くほど静かだった。

 彼らの嘲笑も、レオンの悪意も、今の僕にとっては天候の変化ほどの意味も持たない。盤上の条件はすでにすべて整っている。


『それでは刮目せよ! 本日の対戦相手……特別檻、解放リリースッッ!!』


 闘技場の反対側。僕たちが潜ってきたのとは比べ物にならないほど巨大な、重厚な魔法陣が刻まれた鉄扉が、重々しい地響きを立てて開け放たれた。

 ズォォォォォォンッ……!!!

 その姿が現れた瞬間。数万人の観衆が発していた熱狂と嘲笑が、文字通り、一瞬にして『凍りついた』。

 闘技場の砂を踏み躙って姿を現したのは、全長が十メートルを優に超える、純度百パーセントの『魔鋼石まこうせき』で造られた巨大な人型の兵器だった。

 表面には古代文字が刻まれ、胸部の中央では太陽のように赤黒く輝く動力炉が、空間そのものを歪ませるほどの莫大な魔力を放出している。ただそこに立っているだけで、大気が悲鳴を上げ、闘技場全体がビリビリと微振動を起こしていた。


「な、なんだあれは……っ!?」

「おい嘘だろ、ただの魔獣じゃないぞ! あれは国境要塞に配備されているはずの『古代遺跡の防衛機兵』じゃないか!?」

「なぜあんな戦略級の化け物が闘技場に!? 防御結界が保たないぞ! 逃げろォッ!!」


 観客席のあちこちから、悲鳴にも似た阿鼻叫喚が上がり始める。

 無理もない。ベテランのAランク冒険者パーティーが数組がかりで挑みようやく動きを止めることができる国宝級の防衛兵器。それを、結界一枚隔てただけの至近距離で見せつけられたのだから。

 貴賓席のレオン一同だけが「やれ! そのゴミ屑どもを消し炭にしてしまえ!」と狂ったように歓声を上げている。


 ヴゥゥゥン……ッ!!

 機兵の顔面に十字の亀裂が走り、そこから強烈な魔力の光が漏れ出した。

 標的(僕たち)を完全にロックオンしたのだ。

 空気が焦げるような異臭が漂い、周囲の砂が超高熱によってガラス状に融解していく。機兵は一切の予備動作なく、胸部の動力炉から莫大な魔力を顔面の十字砲火へと直結させた。


「アイリス」

「任せて!」


 僕の静かな合図と同時。アイリスが分厚い大盾を構え、闘技場の砂を強く踏み締めて一歩前に出た。

 直後、機兵の顔面から、闘技場を真っ二つに両断するほどの『超高熱の光条レーザー』が放たれた。

 閃光。そして、遅れてやってきた鼓膜を破るほどの爆音。

 観客たちの悲鳴が上がる中、光条は一直線にアイリスの大盾へと直撃した。

 ――ズガァァァァァァァァァンッッ!!!

 闘技場の中央で、太陽が爆発したかのような光が弾ける。

 誰もが、あの子供たちは一瞬で蒸発したと思っただろう。貴賓席のレオンも、勝利を確信して高笑いを上げていた。

 だが、光の奔流が収まった後。

 砂煙の中から現れたのは、一切の火傷すら負わず、涼しい顔で立ち尽くす僕たちの姿だった。


「……なっ!?」

「馬鹿な!? あの直撃を受けて、なぜ生きている!?」


 観客席から信じられないというような驚愕の声が上がる。

 当然だ。アイリスはあの光条を『受け止めて』などいない。昨晩の計算通り、彼女は機兵から放たれた光条の入射角に対し、大盾の表面を完璧に【三十度の傾斜】をつけて構えていた。

 超高熱の光条は、アイリスの盾の表面を滑るようにしてらされ、僕たちの背後にある闘技場の分厚い防壁をドロドロに溶かして貫通しただけだ。

 質量を持たない魔法攻撃において、完璧な角度の『受け流し(パリィ)』を成功させれば、どれほどの高火力であっても術者にダメージは通らない。

 機兵が、自身の最大火力が防がれたことに演算処理を奪われ、一瞬だけ動きを止めた。


「ルナ!」

「見えてるよ! 胸部装甲の第三結合部、魔力障壁の位相がズレるまで……あと三秒!」


 ルナの万華鏡の瞳が激しく回転し、機兵を覆う不可視の絶対防壁の『ほころび』を完全に看破する。

 あと三秒。通常の速度では、踏み込んで攻撃を放つにはあまりにも短すぎる刹那。


「――強制出力(イグニッション)


 ルナの声を聞いた瞬間。僕は自身の貯蔵庫にある魔力を自らの身体全てに行き渡らせる。

 全身の骨、筋肉の繊維にまで行き渡るような緻密な魔力付与。

 そして続けざまに貯蔵庫からありったけの運動エネルギーを推進力として一気に解放する。

 ドクン、と。

 心臓が痛いほど跳ね上がり、全身の骨が軋む。凄まじいエネルギーの奔流に頭がおかしくなりそうになる。

 --だが、これも前と同じだ。分かっていればまだ気の持ちようはある。

 奥歯が砕けるほど強く噛み締めながら、僕は運動エネルギーを両足に充填し、一気に爆発させた。


 ズドガァァァァァァンッッ!!!


 足元の砂がクレーターのように吹き飛び、凄まじい爆発音が闘技場に響き渡った。

 爆発的な加速により全身の骨が悲鳴をあげ、筋肉がちぎれる音が聞こえてくる。ちぎれた傍から魔力でなんとか繋ぎ止め、動けなくなるのをギリギリのところで押し留める。

 強烈な推進力に視界がブレる中、僕は瞬きする間も無く、巨大な機兵の真正面、ゼロ距離に到達した。

 魔鉄に魔力を編み込む右腕の血管が千切れんばかりに脈打ち、圧縮された魔力がバチバチと火花を散らした。


(さすがルナ。ドンピシャだ)


 僕は機兵の胸部――ルナが指定した、分厚い魔鋼石のわずかな継ぎ目に向かって、右腕を引き絞る。


「吹っ飛べ!!!」


 ありったけを込めて叫ぶ。

 僕は肉薄した推進力を殺さぬまま、握り込んでいた魔鉄の塊を、機兵の胸部装甲へ向けてゼロ距離で叩き込んだ。


 ――ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!!


 それは、純粋な『破壊の権化』だった。

 僕の踏み込みの推進力と、魔鉄に圧縮された極限の運動エネルギーが合わさり解放された瞬間、闘技場の中央から爆発的な衝撃波が発生し、周囲の砂という砂をすべて天空へと吹き飛ばした。

 防御結界に巨大なヒビが入り、観客席の最前列にいた者たちが突風でなぎ倒される。


 僕の放った一撃は、ルナが見抜いた魔力障壁のほころびを正確にすり抜け、アイリスが作った隙を突き、あの魔鋼石の装甲を『紙くずのように』抉り貫いた。

 そのまま内部に侵入した莫大な運動エネルギーは、機兵の動力炉に直撃し、内部構造を跡形もなく粉砕する。


 数万人の観衆が、息を止めて見つめる中。

 全長十メートルの巨大な防衛機兵は、胸部に空いた巨大な風穴からボロボロと崩れ落ち、やがて凄まじい地響きと共に、ただの鉄屑の山となって闘技場の砂の上に沈黙した。

 ……静寂。

 恐ろしいほどの無音が、闘技場全体を包み込んだ。

 誰もが自分の目を疑っていた。絶対無敵の古代兵器が、薄汚れた子供の放った、たった一撃の『何か』によって完全に粉砕されたという現実を、脳が処理しきれていないのだ。

 僕は崩れ落ちた鉄屑の山に背を向け、反動で軋む両足と右腕を軽く振りながら、小さく息を吐いてアイリスとルナの元へと歩み寄った。


「お疲れ様。二人のおかげで、完璧な軌道で撃ち抜けたよ」

「ふふん! どんな分厚い装甲だって、アッシュの『大砲』と私の目の前じゃ意味ないんだから!」

「ええ。アッシュ君の計算通り、綺麗に弾けましたね」


 僕たち三人が、死線を越えた後のいつものように、闘技場の中央で小さく笑い合ったその時だった。


『……あ、あ、圧倒的だァァァァァァァァァァッッ!!!!』


 実況の絶叫が、静寂をビリビリと引き裂いた。


『信じられない! 何が起きたのか全く見えなかった! だが、結果がすべてを物語っている!! 辺境から来た三人の少年少女が、あの古代の防衛機兵を、たった一撃で、完全に粉砕したァァァァッ!!』


 その実況を皮切りに。

 闘技場を包んでいた数万人の観客から、鼓膜が破れるほどの、爆発的な大歓声が巻き起こった。

 先ほどまで僕たちを嘲笑っていたエリート冒険者たちは腰を抜かして震え上がり、貴族たちは自分たちの常識が根底から覆されたことに興奮し、狂ったように拍手喝采を送っている。

 その熱狂の嵐の中。

 僕は一人だけ視線を上げ、貴賓席のさらに奥――闘技場を影から見下ろす高いバルコニーへと目を向けた。

 そこに、銀色の長い髪を風に揺らし、優しく、そして誇らしげに微笑んでいるシルヴィアさんの姿があった。

 彼女は誰よりも熱く、嬉しそうに、僕たちへ向けて何度も何度も拍手を送ってくれていた。

(……証明したよ、シルヴィアさん。僕はもう、あの時の庇護されるだけの子供じゃない)

 闘技場を揺るがす地鳴りのような歓声の中。

 僕は、貴賓席で顔面を蒼白にしてへたり込んでいるレオンの姿など一瞥もせず、ただ真っ直ぐに、恩人の温かい眼差しを見つめ返していた。

 王都の腐りきった常識を実力で打ち砕き、僕たち三人が名実ともに王国最高峰の『Aランク』へと登り詰めた、確かな瞬間だった。

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