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第21話:盤上の欠陥品と、研ぎ澄まされる戦術

 王都の特権階級やエリート冒険者だけが立ち入りを許される、王立大図書館。

 天井まで届く巨大な本棚が幾重にも連なり、数万、数十万という膨大な書物が眠るその静寂の空間に、古びた羊皮紙をめくる乾いた音だけが響いていた。


「……アッシュ。本当にこれ、私たちの試験内容なの? なんだか、いくらなんでもおかしくない……?」


 分厚い魔獣図鑑を覗き込みながら、ルナが不安げに声を落とした。

 彼女の指先が震えながら指し示しているのは、今朝ギルドから通達された『Aランク昇格試験・公開演習』の対戦相手についての記述だ。


「ああ。おかしいどころの話じゃない。これはもはや、試験という名の『処刑』だ」


 僕は手元の資料から目を離さず、淡々と事実だけを口にした。

 通達された対戦相手の名称は、『古代遺跡の防衛機兵ルインズ・ガーディアン』。

 本来ならば、国境の要塞を防衛するために配備されるような、純度百パーセントの魔鋼石まこうせきで造られた巨大な自律型ゴーレムだ。国境、すなわち国を守るために配備されることもありその能力は凄まじい。

 図鑑の記述によれば、その装甲は高位魔法使いの全力の雷撃すら弾き返し、搭載された動力炉は数百年もの間、無補給で稼働し続けるという。討伐推奨レベルはAランク。Aランクパーティーが数組合同で、ようやく動きを止められるかどうかの戦略級兵器だ。

 今までの試験内容を聞いたところ、Bランクの上位が主で、高くてもAランクの中でも弱い方の魔獣だった。

 公開演習も本来であれば自分たちの実力を誇示し、貴族たちもその光景を娯楽として楽しむといった側面もある。どちらがメインと言えば難しいところではあるが、死の危険があるような魔獣は出てこないのが暗黙の了解らしい、とシルヴィアから聞いている。


「私たち三人に、これを闘技場の中で倒せって……? シルヴィアさんが推薦してくれたとはいえ、飛び級の試験にこんな化け物を持ち出してくるなんて……」


 隣で別の歴史書を開いていたアイリスも、信じられないというように息を呑んだ。

 その通りだ。これは明確に常軌を逸している。


「シルヴィアさんの推薦に泥を塗りたい連中か、あるいは僕たちを個人的に目障りだと思っている人間の差し金だろうね」

「個人的にって……まさか、昨日の」

「おそらくね。王都の貴族派閥に取り入っているレオンなら、試験の責任者にいくらかの金貨を握らせて、対戦相手をすり替えるくらいの裏工作は造作もないはずだ。彼を支援している権力者も僕たちみたいなのが嫌いらしいしね」


 昨日、大通りで僕たちを嘲笑ったかつてのリーダーの顔が脳裏を過る。

 彼は僕たちが提出した『迷宮の暴君』の魔石を、どこかで拾った偽物だと決めつけていた。だからこそ、絶対に勝てないはずの防衛機兵をけしかけ、公開演習という数千人の観衆が見守る大舞台で、僕たちを無様に嬲り殺しにしようと企んだのだ。


「そんな……っ! ひどすぎるよ! すぐにギルドマスターに抗議しに行こう! こんな理不尽な試験、絶対に間違ってる!」


 ルナがバンッ!と机を叩き、万華鏡の瞳に怒りの涙を浮かべて立ち上がろうとする。

 だが、僕はその小さな手を優しく掴み、ゆっくりと首を振った。


「抗議はしない。この条件で受けて立つよ」

「えっ……? で、でもアッシュ、こんな化け物相手じゃ……!」

「ルナ。彼らは致命的なミスを犯した」


 僕は机の上に広げた、防衛機兵の『内部構造』が描かれた古代の設計図の複写を指で叩いた。


「試験で僕たちを確実に殺すなら、事前情報など一切与えず、闘技場に入った瞬間に未知の魔獣をけしかけるべきだったんだ。……だが彼らは、手続きの体裁を保つために、ご丁寧に一日前に『標的の名前』を教えてくれた」


 僕は図面の奥深く、防衛機兵の分厚い装甲のさらに内側――胸部の中央に描かれた、動力炉の要である『魔力制御回路』の結節点を見つめた。

 どんなに理不尽な悪意で作られた盤面であろうと、相手が物理的な質量と魔力を持って動く物体である以上、そこには必ず『破壊するための正解』が存在する。


「装甲の厚さ、材質の硬度、関節の可動域、魔力障壁の展開速度。……きっと僕たちの能力を考えれば相性がいい相手だ。彼らが用意した極上の舞台で、王都の腐りきった常識ごと、この機兵を木っ端微塵に叩き潰す」


 僕の静かな、けれど絶対の自信を孕んだ言葉を聞いて。

 ルナとアイリスは顔を見合わせ、やがて不安げだった表情をふっと和らげた。


「……もう。アッシュがそういう顔をする時は、絶対に負けない時だもんね」

「はい。私たちが抗議なんてしなくても、明日の闘技場で、アッシュ君が全部証明してくれますから」


 二人はもう何も疑わず、ただ僕の立てる戦術に従う覚悟を決めてくれた。

 僕は深く息を吸い込み、古い羊皮紙の匂いが立ち込める図書館の奥で、再び膨大な資料の海へと没入していった。

     * * *

 その日の夜。

 僕たちは王都の裏路地にある、安価だが清潔な宿屋の一室にいた。

 窓から差し込む青白い月明かりの下、部屋の中には微かな魔力の粒子が漂っていた。

 僕はベッドにあぐらをかき、明日の公開演習で使う『弾』の調整を行っていた。シーツの上に並べたのは、ボルグさんから受け取っていた魔鉄の欠片たちだ。

 目を閉じ、手の中の魔鉄へじわじわと魔力を流し込み、金属の構造内に定着させていく。少しでも明日の勝率を上げるためにできる準備をしておきたい。


「アッシュ君。こっちの魔鉄、私が表面の不純物を削っておいたよ。これなら魔力を込めやすいでしょ?」

「ありがとう、アイリス。すごく助かるよ」


 アイリスは自分の分厚い大盾の手入れを終え、僕が使う魔鉄の選別を手伝ってくれていた。

 彼女の黒く輝く大盾は、迷宮主の時こそ出番はなかったが、明日の公開演習では存分に力を発揮してもらわなければならない。


「アイリス。明日の防衛機兵の主兵装は、魔力を圧縮して放つ『高熱の光条レーザー』だ。質量のある打撃じゃない。だから、盾で受け止めようとしないで、装甲の傾斜を使って光を『逸らす(パリィする)』ことだけを考えてくれ」

「うん、分かってる。入射角に対して三十度くらいの傾斜をつければいいんだよね。私に任せて」


 彼女は頼もしく微笑み、自分の大盾をポンと叩いた。


「ルナ。君には一番負担をかける。機兵は常に全身に不可視の魔力障壁を展開している。僕の魔鉄の物理貫通力を最大まで引き上げるには、着弾のコンマ一秒前に、君の『神眼』で魔力障壁のほころびを見つけ出し、そこに僕の照準を誘導してほしい」

「ふふん、任せなさーい! 私の目を誤魔化せる魔力なんて、この世界にはないんだから!」


 ルナがベッドの上でゴロゴロと転がりながら、自信満々にピースサインを作ってみせる。

 その屈託のない笑顔を見ていると、明日が命がけの死合いであることなど忘れてしまいそうになる。

 迷宮の暗闇の中で、誰にも期待されず、ただゴミのように捨てられた僕たち。

 才能がないと見下され、理不尽に踏みにじられてきた欠陥品。

 だが、僕たち三人の力が噛み合った時、どんなエリートにも到達できない極限の火力が生まれることを、僕たちはもう知っている。


「……明日の試験は、ただの合格証明じゃない」


 僕は極限まで魔力を込めた魔鉄の塊を手のひらで転がし、その重みを確かめながら静かに告げた。


「レオンたち王都の人間は、僕たちのことを『不正をした薄汚い詐欺師』だと信じ込んで、明日の公開演習を笑い者にしに来る。……徹底的にやろう。彼らが二度と、僕たちを見下すことすらできないくらい、圧倒的な結果で」


 ギュッ、と。

 魔鉄を握り込む僕の拳から、抑えきれないエネルギーが微かな放電となって火花を散らした。


「もちろんだよ。アッシュを馬鹿にした奴らの顔、真っ青にさせてやろうね!」

「はい。私たちの戦い方、王都の人たちにしっかり焼き付けてやりましょう」


 ルナとアイリスが、力強く頷く。

 窓の外では、王都の煌びやかな街灯が夜の闇を照らし出している。だが、あの美しい光の下で蠢く悪意など、今の僕たちにとっては取るに足らない小石でしかなかった。

 戦術の構築は完璧に終わった。弾の準備に一切の妥協はない。

 残るは明日、闘技場という盤面の上で、計算通りの致命的な一撃を敵の心臓に撃ち込むだけだ。

 レオン。そして、安全な場所から僕たちを嘲笑う貴族たち。

 お前たちが用意した理不尽な絶望を、真正面から退けてやる。

 窓から見える王都の夜空に、僕はそう誓うのだった。

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