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第2話:無能の証明と、泥だらけの検証

 冒険者ギルドの酒場は、いつものように荒くれたちの熱気と酒の匂いに包まれていた。

 だが、僕が足を踏み入れた瞬間、ひとつのテーブルから鼓膜を破らんばかりの怒声が飛んできた。


「てめぇ、よくもノコノコと顔を出せたな! この無能が!!」


 迷宮から命からがら逃げ帰ってきたレオンが、ジョッキを床に叩きつけて立ち上がる。

 その顔には真新しい擦り傷があり、自慢の大剣は刃こぼれどころか、根元からひどくひしゃげていた。ミラやキアンも、泥まみれのローブ姿で僕を恨めしそうに睨んでいる。


「お前が囮として役に立たなかったせいで、俺たちは死にかけたんだぞ! 挙げ句の果てに、お前が出したこの剣は雑魚の魔獣を斬っただけで曲がりやがった!」

「本当に最悪。アンタみたいなハズレくじを引いたせいで、今日の報酬はゼロよ」


 彼らは口々に僕を罵倒する。

 だが、僕の目は冷静に彼らの状態と、ひしゃげた剣の断面を観察していた。

(……魔獣を斬ったからじゃない。僕があらかじめ剣に付与していた魔力が無くなってる。パニックになって逃げる道中に大技でも連発したんだろう。彼らは彼ら自身が思っているほど魔力がないのに。魔力も付与されていないただの鉄の剣で、魔獣を斬りつけても大したダメージにならないどころか、あんなふうにひしゃげてしまうに決まってる)

 ただ、それを口に出す意味はない。彼らは自分たちの実力を疑っていないし、こんな状況で言ったところで聞く耳をもたないのは明らかだからだ。


「おい、聞いてんのか役立たず! てめぇは今日限りでクビだ! そもそもお前みたいな雑魚が俺たちのパーティーに入れていたこと自体光栄に思えよ!!二度と俺たちの前にツラを見せるな!」


 ギルド中の憐みや冷たい視線が集まる中、僕はただ短く「わかった」とだけ告げて踵を返した。

 怒りや悲しみはない。むしろ、せいせいしていた。

 これでやっと、自分のためだけに時間を使える。僕には、どうしても検証しなければならない『仮説』があったからだ。


 ◆

 王都の裏手に広がる、初心者向けの『浅緑の森』。

 僕はそこに生息する最弱の魔獣、一角ウサギ(ホーン・ラビット)と対峙していた。

 大きさは中型犬ほど。頭に生えた鋭い角での突進が武器だが、動きは直線的で単調だ。


「……来い」


 僕が短く挑発すると、一角ウサギは地面を蹴り、弾丸のような速度で僕の胸目掛けて突進してきた。

(僕の【貯蔵】スキルは本来、モノや魔力を異空間に仕舞い込み、モノであれば取り出す、魔力であればモノに付与する能力だ。静かで、動きのないものしか扱えない)


 パーティーの最後尾で荷物持ちをするのが僕の仕事だった。何か僕も彼らの役に立つことはないかと、彼らの装備品の手入れをするときに、僕が貯蔵した魔力を付与するようになっていたが、彼らが自分たちの装備品に魔力が込められていることなどついぞ気づくことはなかった。

 自分が前線に立って戦うことなどなかったし無意識に彼らの言葉が自分自身を縛り付けて、このスキルを『攻撃』に転用する発想自体がすっぽり抜け落ちていたのだ。


 だが、あの迷宮でシルヴィアに助けられる直前、僕は死の淵でひとつの直感を得ていた。

 『貯蔵』という能力の解釈を、もっと極限まで拡大できないか?

 もし、スキルを行使するタイミングを、敵の攻撃が触れる『瞬間』に合わせることができたら?

 物質ではなく、飛んでくる『運動エネルギー』そのものを、強引に異空間へ仕舞い込めるのではないか。

 僕は迫り来る鋭い角から目を逸らさず、右の掌を前に突き出した。

 ウサギの角が、僕の掌に触れる、その直前。

 手のひらの表面ピンポイントで【貯蔵】のスキルを行使する。


 ポンッ、と。

 間の抜けた音がして、僕の胸を貫くはずだった一角ウサギの突進が、見えないクッションに吸い込まれるように完全に消失した。

 勢いを殺されたウサギは、ポトリと僕の足元に落ちて目を回している。


「……っ!成功だ!本当に衝撃だけを貯蔵空間にしまえたぞ!」


 僕は思わずガッツポーズをした。右腕に痛みもない。兎の突進エネルギーは、ポーションや予備の剣と同じように、僕のスキルの異空間の中にそっくりそのまま保存されている。仮説は正しかったのだ。

 あとは、これを撃ち出してカウンターにするだけだ。


「解放ーー!」

 

 僕は地面で目を回しているウサギに向かって、ビシッと右手を突き出した。


 ……。

 ………何も起きない。


「あれ?」


 僕は焦って右手を何度も振った。

 ポーションを取り出すときはポーションの瓶をイメージすれば空間から出てくるし、剣を取り出すときも同様だ。だが、形の無いエネルギーを空間から取り出すには、どうイメージすればいい?形は?向きは?速度は?


(……待って。このエネルギーを撃ちだす方法を全く考えてなかった!!)


「キューーッ!」


 僕がポカンとしている間に、目を回していた一角兎が復活し、猛烈な勢いでを狙って突進してくる。


「待って、タイム!タイム!」


 僕はエネルギーを取り出すイメージが掴めないまま、最弱のウサギに追いかけ回され、這々の体で森から逃げ帰るハメになったのだった。


 ◆

「はぁっ、はぁっ……痛てて……」


 森から逃げ帰り、僕は息を切らしながら兎の攻撃を受けた脛の打撲をさすった。最悪の気分だ。


(仮説は半分だけ証明された。相手の攻撃エネルギーを完全に貯蔵することはできる。でも、それを攻撃に転用するにはぼんやりとした出力のイメージじゃだめだ)


 空間から取り出す瞬間に、明確な『指向性』(ベクトル)と『形』を与えてやらなければ、エネルギーは霧散してしまうか、最悪の場合、僕の手元で暴発する可能性もある。


(魔法や大砲のように、撃ち出すための精密なイメージと訓練が必要だ。町外れにある廃れた採石場なら、誰にも見られずに岩壁に向かって撃ち出す練習ができるかも知れない)


 やるべきことは見えた。


 見上げるような白銀の背中。彼女の隣に立つためには、僕自身の訓練と、乗り越えるべき課題が山積していた。

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