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第18話:ギルドの洗礼と、辺境の超新星

 王都の中心街、最も人通りが多く華やかな大通りの交差点。そこに、周囲の美しい景観を圧迫するようにそびえ立つ白亜の建造物があった。

 王国の冒険者たちを統括する最高機関、『冒険者ギルド王都総本部』。

 迷宮都市にあった、無骨で要塞のようなギルド支部とは根本から造りが違う。建物の外壁には精緻な彫刻が施され、高く尖った屋根には太陽の光を反射して輝く魔力水晶が埋め込まれている。入り口には屈強な、しかしどこか儀仗兵のように身なりを整えた門番が二名、油断なく目を光らせていた。


「すごい……お城みたいだね、アッシュ」

「ああ。……だけど、綺麗すぎるな」


 見上げるルナの感嘆の声に同意しつつ、僕は微かな違和感を覚えていた。

 エントランスから漏れ出してくる空気に、魔獣の血の匂いも、武具の鉄錆の匂いも一切しないのだ。微かに漂ってくるのは、甘い香水の匂いと、上質な酒の香りだけ。

 ここは僕たちが死に物狂いで這いずり回ってきた『戦場』とは、決定的に何かが違っていた。

 重厚なミスリルコーティングが施された両開きの扉を押し開けた瞬間、僕たちは再び、迷宮都市との圧倒的な格差を肌で感じることになった。


「うわぁ……床がピカピカだよ! 顔が映っちゃいそう!」


 ルナが万華鏡の瞳を丸くしてはしゃぐ。五階まで吹き抜けになった広大なエントランスには、巨大な魔力石を束ねたシャンデリアが輝き、壁一面には自動で文字が切り替わる最新鋭の魔法クエストボードが設置されていた。

 そして、フロアの各所に設けられた高級感のある円卓では、数十人の冒険者たちが優雅にグラスを傾けている。

 一目で高級品とわかる、金や銀の装飾が施されたミスリル製の軽鎧。純度の高い魔力石が先端に埋め込まれ、目に見えるほど濃密な魔力を帯びた杖。

 誰もが最低でもBランク以上という、王都のエリートたちだ。しかし、彼らの装備には致命的なものが欠けていた。

 魔獣の爪で抉られた傷跡もない。酸性の体液を浴びて変色した痕もない。あろうことか、すれ違った魔法使いの青年からは、戦いには全く不必要な微かな香水の匂いすら漂ってきた。

 彼らは確かに強い魔力を持っているのだろう。だが、真の『死線』を潜り抜けた経験が圧倒的に足りていない。それが、僕の導き出した客観的な事実だった。


 そんな煌びやかで清潔な空間に、使い古された革鎧を着て、ひしゃげた鉄屑を繋ぎ合わせたような不恰好な大砲

を提げた僕。

 無数の打撃と斬撃を一身に受け、塗装も剥げ落ちた分厚い鉄の塊(大盾)を背負うアイリス。

 そして、サイズが合っていないダボダボのローブを纏ったルナ。

 僕たち三人が足を踏み入れた瞬間、フロアの空気が明確に変わった。


『……おい、なんだあいつら』

『迷子か? いや、一応武器は持ってるみたいだが……』

『ぷっ、見ろよあのデカい盾。あんな重たいだけの鉄板、高位の魔獣の魔法を喰らえば一瞬で蒸発するぜ』

『装備の薄汚さからして、下水道のネズミ駆除専門のDランクってとこだろ。こんな高ランク専用のフロアに、平民のガキが何の用だ?』


 瞬く間に、エントランス中の数十という視線が僕たちに突き刺さった。

 ヒソヒソというよりも、あえて聞こえるように放たれる嘲笑と侮蔑の言葉。そこには、明確な階級意識と、弱者を見下す優越感が含まれていた。


「……っ」


 アイリスが大きな盾の影に隠れるように少し身を縮め、ルナが不安そうに僕の袖をギュッと握りしめる。

 無理もない。かつてのパーティーで散々浴びせられた言葉の記憶が、二人の中にフラッシュバックしているのだろう。

 僕は二人の前にスッと立ち塞がり、その肩を優しく叩いた。


「気にしなくていい。……彼らの目には、見えていないだけだ。僕たちが傷つく理由なんて一つもないんだよ。さあ、目的を果たそう」


 そう言って歩き出そうとした、その時だった。

 ――チリッ、と。

 首筋を、微かな殺気が撫でた。


「……?」


 あからさまな嘲笑の視線とは全く違う。肌の表面を粟立たせるような、鋭く、冷たく、そしてひどく静かな『品定め』の眼差し。

 僕は足を止め、エントランスの中央で騒ぐエリートたちから視線を外し、シャンデリアの光が届かないフロアの最奥――薄暗い酒場のスペースへと目を向けた。

 そこにいたのは、中央の喧騒には一切参加せず、静かに円卓を囲む数人の男女だった。

 片目を眼帯で覆い、全身に無数の傷跡を刻んだ初老の剣士。ローブの奥から猛禽類のような鋭い眼光を放つ老魔術師。

 彼らの装備は決して派手ではないが、使い込まれ、血と油の匂いが染み付いているのが遠目からでも分かった。王都の防衛の要を担う、真のベテランたちだ。

 彼らは僕たちを嘲笑っていなかった。ただ、じっとこちらを観察している。

 僕のような素人上がりの歩き方に、洗練された武術の気配などないことは彼らも分かっているはずだ。彼らが見ているのは、きっとそんな表面的な技術じゃない。僕たちの使い潰された装備の傷、瞳の奥に宿る色、あるいは、極限の死線から生還した者だけが纏う『死の匂い』を感じ取っているのだろう。

(……なるほど。王都の冒険者も、こんな奴らばかりじゃないってことか)

 本物の強者は、いつだって相手の真の価値を見誤らない。

 僕は彼らの鋭い視線を正面から受け止めながら、小さく息を吐いた。王都にも戦場の空気を知る人間がちゃんといるという事実に少しだけ安堵し、僕はアイリスとルナを促して、最も奥にある『高ランク専用・特別窓口』へと真っ直ぐに歩みを進めた。


 大理石のカウンターの向こうには、仕立ての良い、汚れ一つない制服に身を包んだ金髪の美しい受付嬢が座っていた。彼女は書類仕事から顔を上げ、僕たちの姿を視界に収めるなり、完璧に作られた営業スマイルの奥に、隠しきれない『侮蔑』と『困惑』の色を浮かべた。


「あの、少々よろしいでしょうか」

「……はい。ですがお客様、こちらはBランク以上の冒険者様、もしくは貴族様向けの特別窓口となっております」


 彼女はギルドカードの提示すら求めず、僕たちの薄汚れた外見と年齢だけで明確に「場違いだ」と判断を下した。その声には、冷ややかなマニュアル通りの響きしかなかった。


「下級クエストの受注や、荷物持ちなどの日雇いの斡旋をご希望でしたら、東区にある『下位支部』へご案内いたしますが? こちらのフロアは、あなた方のような平民の子供が立ち入って良い場所ではありませんので」


 あからさまな門前払い。周囲の円卓からは『ほら見ろ、身の程知らずが追い出されてやんの』という下劣なクスクス笑いが漏れ聞こえてくる。

 だが、僕は表情一つ変えることなく、懐から大切に包んでいた革袋を取り出し、大理石のカウンターの上にコトリと置いた。


「下級クエストの受注ではありません。迷宮都市支部のボルグ・ギルドマスターより、『特例昇格の推薦状』を預かってきました。手続きをお願いします」

「……は? 迷宮都市の、特例昇格?」


 受付嬢の営業スマイルがピクリと引きつった。

 彼女は怪訝な顔で革袋から羊皮紙を取り出し、そこに押されたボルグさんの本物の封蝋ふうろうを見て、ようやく真面目に書類に目を通し始めた。

 だが、その文章を数行読んだ瞬間。彼女は鼻で笑うように、呆れたような大きなため息を吐いた。


「……お客様。ギルドの公文書を偽造するのは、投獄もあり得る重罪ですよ?」

「偽造? 封蝋を見れば本物だと分かるはずですが」

「ええ、蝋は本物に見えます。ですが、中身がでたらめすぎます。この推薦状には『三名のCランク冒険者を、飛び級でAランクへ特例昇格させることを強く推挙する』と書かれています。……十代の子供が三人がかりで、Aランクへ特例昇格? そんなおとぎ話、いくら田舎の迷宮都市でもでっち上げが過ぎます」


 受付嬢は軽蔑の眼差しで僕たちを睨みつけた。


「いいですか? Aランクというのは、一騎当千の英雄のみに与えられる称号です。王都のエリートであっても、十数年の血の滲むような修練を経て、ようやく一握りの天才が辿り着ける領域なのですよ。それを、あなた方のような薄汚れた子供が……。これ以上ギルドを愚弄するなら、直ちに警備兵を呼びますので――」


 受付嬢が書類を突き返し、奥の控室へ声をかけようとした、その時だった。

 ゴトォォォォンッ!!!

 僕が貯蔵庫から取り出した『黒い布包み』を、カウンターの上に置いた瞬間。

 分厚い大理石の天板が、悲鳴のような軋み音を上げ、その重みに耐えかねて蜘蛛の巣状のヒビが入った。


「な……っ、なんですか、これは……っ!?」


 受付嬢が椅子から飛び退く。

 異常なのは重さだけではなかった。黒い布越しにすら抑えきれずに漏れ出している、空気が凍りつくような濃密で禍々しい魔力の波動。

 ただそこにあるだけで、周囲の温度が急激に下がり、呼吸が苦しくなるような圧倒的な『死の気配』。

 先ほどまで僕たちを嘲笑っていたエリート冒険者たちが、一斉に顔色を蒼白に変え、ガタガタと震える手で武器に手をかけた。


「おい、なんだあの禍々しい気配は……っ!?」

「魔力酔いしそうだ……! どんだけ高位の魔獣の素材なんだよ……っ!」


 ざわめきが恐怖に変わる中、僕は静かに、布の結び目を解いた。

 現れたのは、大人の頭ほどもある巨大な魔石だった。

 漆黒の結晶の中に、赤黒い血のような脈絡が走り、それはまるで今もなお生きている心臓のようにドクン、ドクンと不気味な明滅を繰り返している。ギルド内の魔力照明の光すらも、その魔石が放つ圧倒的な闇の前に掻き消されそうになっていた。


「ひっ……! ぁ……っ!」


 間近でそれを見た受付嬢は、完全に腰を抜かし、カウンターの向こう側でへたり込んでしまった。


「偽造かどうかは、王都の最新設備で、客観的に証明してもらえればいい」


 僕は震える彼女を見下ろし、冷徹な事実だけを告げた。


「これが、特例昇格の理由にして、僕たちが討伐した証明(証拠)です。……『迷宮の暴君ラビリンス・タイラント』の魔石。討伐推奨レベル、Aランクの固有個体。さあ、そこに鑑定盤があるでしょう? 本物かどうか、乗せて確認してください」

「あ、あ、ああぁ……っ」


 僕に急かされ、受付嬢は涙目になりながら、震える両手で魔石をカウンターに備え付けられた高位鑑定用の魔力盤へと押しやった。

 直後、魔石が放つ規格外のエネルギーに鑑定盤がバチバチと火花を散らし、赤い警告ランプが明滅する。やがて、空中にホログラムのように表示された光の文字が、ギルド全体を完全な静寂へと突き落とした。


『対象:迷宮の暴君ラビリンス・タイラント

『魔力純度:特級(Aランク相当)』

『討伐証明者:アッシュ、アイリス、ルナ』


「あ……ぁ……」


 受付嬢の喉から、間の抜けた音が漏れた。

 先ほどまで僕たちを『下水道掃除』『欠陥品』と嘲笑っていた何十人というエリート冒険者たちは、誰一人として声を発することができず、ただ口をパクパクと開閉させている。グラスを取り落とし、ガチャンと砕ける音だけが、不気味なほど静かな空間に響いた。

 無理もない。

 彼らBランクのベテラン数十人がかりで挑んだとしても、全滅しかねない最悪のAランク迷宮主。それを、自分たちが見下していた薄汚れた十代の子供三人が、たった一度の遠征で討伐してきたという『揺るぎない絶対の事実』が、今、彼らの目の前で突きつけられたのだ。


「……嘘だろ。信じられない。あんな子供が……Aランクの固有個体を……?」

「なんだよあのデカい盾……まさか、暴君のあの一撃必殺の巨腕を、アレで正面から防ぎきったっていうのか……!?」


 誰かが震える声で呟いたのを皮切りに、ギルド内は一転して、蜂の巣をつついたような大騒然となった。

 驚愕、畏怖、そして信じられないものを見る目。

 痛いほどの視線が四方八方から突き刺さる。その中で、僕はふと、先ほどのフロアの最奥――薄暗い酒場のスペースへともう一度視線を向けた。

 中央のエリートたちがパニックに陥る中、歴戦のベテランたちだけは、微動だにしていなかった。

 ただ、彼らの口角は微かに上がり、面白そうに僕たちを見つめている。隻眼の剣士が、僕と目が合った瞬間に、無言で酒の入った木樽のジョッキを軽く掲げてみせた。

 言葉はなくても、はっきりと伝わってくる。

 そんな強者たちからの、無言の歓迎の合図だった。

 僕は彼らへ向けて小さく頷き返し、まだへたり込んでいる受付嬢へと視線を戻した。


「書類の確認と、討伐証明の裏付けは済んだはずです。……特例昇格の手続きを、進めてもらえますか?」

「は、はいぃぃぃっ! た、ただいま、直ちにギルドマスターと、試験官の責任者を呼んでまいりますぅぅっ!!」


 受付嬢は弾かれたように立ち上がり、ヒールの音を響かせて、半泣きになりながら慌てて奥の部屋へと駆け込んでいった。

 残された僕たちは、周囲の圧倒的な動揺と熱気をよそに、ただ静かにその場で待機する。


「……ふふっ。アッシュ君、みんな、すっごくビックリしてるね。目玉が飛び出そうになってる」

「ああ。どんなに言葉で取り繕っても、揺るぎない『事実』の前では、思い込みなど無意味だからね」


 僕とアイリスが顔を見合わせて小さく笑い合っていると、不意に、ルナがハッとしたようにギルドの奥へと視線を向けた。

 その視線の先。受付嬢が駆け込んでいった大騒ぎの奥の階段から、カチャカチャと金属鎧の音を激しく鳴らしながら、一人の長身の女性が慌てた様子で駆け下りてくるのが見えた。


「――ちょっと待って! なんでギルド内でこんな魔力が!?」


 ギルドの騒音を切り裂くように響いた、凛としてかつ芯の通った声。

 その声を聞いた瞬間、僕の心臓が、大きく跳ね上がった。

 長く美しい銀色の髪。腰に提げた長大な宝剣。

 そして何より目を引くのは、その身に纏った銀色の鎧だ。王都のエリートたちのような見せかけの装飾ではない。無数の魔獣の爪痕や、酸による変色、過酷な最前線で命を懸けて戦い抜いてきた証が深く刻み込まれた、本物の冒険者の鎧。

 かつて死地にいた僕を救い手を差し伸べてくれた恩人。

 僕が、絶対にその隣に立つと誓った『憧れの背中』が、ついに目の前に現れたのだ。


「……シルヴィア、さん…?」


 僕の微かな呟きに気づいた彼女が、ハッと息を呑んでこちらを振り向く。

 驚きに見開かれたその瞳が、僕たち三人を捉えた。

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