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第10話:悪意の火種と、封じられた大砲

 無能な荷物持ち、攻撃できない盾、燃費最悪の神眼。

 かつてレオンのパーティーから見捨てられた欠陥品たちの集まりは、今や王都のギルドにおいて、誰もが無視できない新進気鋭の実力者として確かな足跡を残し始めていた。

 すれ違う冒険者たちは敬意と畏怖の混じった視線で道を譲り、受付嬢は最優先で僕たちの依頼を処理してくれる。


「アッシュ、アイリス! 見て見て、ギルドの掲示板! 私たちを指名した討伐依頼が出てるよ!」


 ルナが万華鏡の瞳をキラキラと輝かせながら、木製の大きな掲示板の前で飛び跳ねた。

 アイリスも嬉しそうに微笑み、僕のローブの袖を軽く引く。


「本当だね、アッシュ君。私たち、少しずつ冒険者として認められてきてるのかな」

「ああ。順調すぎるくらいだ。このペースで実績を積めば、Aランクへの昇格試験もそう遠くないうちに受けられるはずだ」


 バランさんの工房で手に入れた魔鉄の廃材も、あと十発分ほど残っている。撃ち出した瞬間に右腕を襲う強烈な反作用リコイルという明確な課題はあるものの、一日一発から二発の射出に留めておけば、なんとか限界をごまかしながら戦い抜くことができるだろう。

 僕たちは今後のスケジュールを話し合うため、ギルドの酒場スペースの隅の席へと向かおうとした。

 ――その時だった。


「……アッシュ君。少し、いいかしら」


 背後からかけられた声に振り返ると、そこにはいつも僕たちの依頼を処理してくれるベテランの受付嬢が立っていた。

 普段なら愛想の良い大人の余裕を見せているはずの彼女の顔は、ひどく蒼白で、声には微かな震えが混じっていた。


「どうしたんですか?」

「ギルドマスターが……君たち三人を、二階の『貴賓室』へ呼んでいるわ。……気をつけてちょうだい」


 貴賓室。

 それは、国境を越えるような大規模な依頼や、国家の要人が極秘でギルドを訪れた時にしか使われない特別な部屋だ。ただのCランク冒険者である僕たちが呼ばれる理由など、普通に考えれば一つもない。

 嫌な予感が、冷たい蛇のように背筋を這い上がった。


 ◆


 重厚な魔鉄作りのの扉を開けると、室内には息が詰まるような、異様な空気が充満していた。

 いつもは豪快に笑う屈強なギルドマスターのボルグさんが、まるで胃の痛みに耐えるように眉間を押さえて立ち尽くしている。

 そして、部屋の奥。マスターが座るべき上座の執務机にふんぞり返り、勝手に最高級の葉巻をふかしている一人の男がいた。


「……遅いぞ、底辺ども。貴族を待たせるとは、首を刎ねられても文句は言えんぞ」


 バルバロス辺境伯。

 前任の偉大な父親が急死したことで、最近その地位を継いだばかりの若き当主。

 迷宮の最前線を治める辺境伯という武闘派の家系でありながら、その体は剣を振ったことなど一度もなさそうに丸く肥え太っている。身につけたけばけばしい絹の服と、十本の指すべてにはめられた過剰な宝石は、成金趣味を隠そうともしていなかった。


「ボルグさん……この方は、一体」

「……アッシュ。お前たちに紹介しておこう。こちらにおわすのは、この王都の東部一帯を治める……バルバロス辺境伯閣下だ」


 ボルグさんの声は、ひどい苦渋に満ちていた。

 辺境伯といえば、逆らえば冒険者のライセンス剥奪どころか、反逆罪で首が飛ぶことすらあり得る相手だ。僕は息を呑み、即座に片膝をついて臣下の礼をとった。アイリスとルナも慌てて僕に倣う。


「面を上げよ」


 バルバロス辺境伯は、机に足を乗せたまま、僕たちをゴミでも見るような目で見下ろした。


「私の言葉が聞こえなかったのか、無能。……まあいい。貴様らのような日雇いのゴミに、栄誉ある『特務徴用令』を言い渡してやる。王都の東端、我が領地にある『古代地下迷宮』の最下層……そこの安全調査だ」

「下層の……安全調査?」


 僕は思わず眉をひそめた。

 古代地下迷宮の下層といえば、最低でもCランク以上の凶悪な魔獣がうごめく危険地帯だ。僕たちが挑戦するにはもっと訓練をしてからでないと危険すぎる。


「マスター! いくらなんでも無茶苦茶です! 僕たちのパーティーランクをご存知でしょう!?」


 僕の抗議に、ボルグさんがギリッと奥歯を噛み締めて一歩前に出た。


「……分かっている、アッシュ。私も全力で反対した。この特務徴用令は、本来Aランク以上の高位冒険者にしか出せない危険なものだ。彼らのようなルーキーに行かせるなど、ギルドの規定にも反している! 辺境伯、彼らを向かわせるなど、死刑宣告と同じだぞ!」

「規定だと? ギルドの番犬風情が、この王家直属たるバルバロス家の決定に逆らう気か?」


 辺境伯が、葉巻を灰皿に押し付けながら、懐から一枚の羊皮紙をバンッ! と机に叩きつけた。

 それを見た瞬間、ボルグさんの顔色が悪鬼のように変わった。

 そこには、逆らうことなど絶対に許されない、中央の『大公爵家』の巨大な紋章が押されていた。彼の母親の実家であり、バルバロス辺境伯が虎の威を借る、最大の盾だ。


「いいか、筋肉だるま。私には大公爵家の後ろ盾がある。ギルドへの助成金を止めることも、貴様をこの街から追放することも造作もないのだぞ?」

「くっ……!」


 権力という理不尽な暴力の前に、歴戦の冒険者であるボルグさんですら、血が滲むほど拳を握りしめて黙り込むしかなかった。

 辺境伯は満足そうに口角を吊り上げ、鼻で嗤う。


「高位の冒険者を雇えば、莫大な報酬を要求される。それに、あいつらは何かと権利を主張してきて口うるさいからな。その点、貴様らのような誰にも惜しまれない底辺の欠陥品なら、タダ同然でこき使える。適当に下層をマッピングし、魔石を拾ってこい。そうすれば、調査完了の手柄は私のものというわけだ」


 それが、この男の本当の目的だった。

 僕たちに期待などしていない。ただの『無料の使い捨ての駒』として迷宮に放り込み、運良く成果を持ち帰れば自分の手柄にし、死んだなら「底辺のゴミが勝手に死んだ」で処理する。

 大公爵家の紋章を盾にした、絶対的な安全圏からの、あまりにも身勝手な死の宣告。

 そして何より僕を絶望させたのは、指定された場所が『古代地下迷宮』であるという事実だった。

(……待て。あそこは、地形が最悪だ。道幅は大人二人がすれ違うのがやっとの狭さ。天井も低く、おまけに迷路のように入り組んでいて、見通しが極端に悪い……!)


 僕の脳内で、けたたましい警鐘がなる。

 僕の最大の武器である大砲は、威力が絶大ゆえに射線上の全てを破壊する。あんな密閉された狭い迷宮で魔鉄の弾丸を撃ち放てば、跳弾がで味方をミンチにするか、凄まじい衝撃で落盤を引き起こして全員が生き埋めになる。

 アイリスの巨大な大盾も、あんな狭い通路では壁につっかえてしまい、敵の動きに合わせてまともに構え直すことすらできない。中型の盾に持ち替えるしかないが、それでは彼女の絶対防御の良さが死んでしまう。

 つまり、あの迷宮は――僕たちの長所を完全に封殺する『最悪の死地』だ。


「……辺境伯! この徴用令は、私がギルドの権限を持って……!」

「破棄するか? やってみろ。それは明確な大公爵家への反逆だ。俺はすぐにでも軍隊を動かし、この王都のギルドを物理的に解体するが、それでも構わんのだな?」


 辺境伯の冷酷な脅迫に、ボルグさんの言葉が完全に詰まった。

 彼はこのギルドに所属する全ての冒険者を守る責任がある。僕たち三人のために、ギルド全体を大貴族との戦争に巻き込むわけにはいかないのだ。

 横で不安そうに震えるアイリスと、顔を青ざめさせて僕のローブを握りしめるルナ。

 逃げるか? いや、不可能だ。特務徴用令から逃げれば王都で指名手配され、僕たちは生きていく場所を失う。シルヴィアの隣に立つという目標は、永遠に断たれてしまう。

 ボルグさんが、血を吐くような悔しそうな目で僕を見た。助けてやれない自分を呪うような、痛切な視線。

 僕は彼に向けてわずかに首を振り、「大丈夫だ」と目で伝えた。そして、ゆっくりと辺境伯に向かって深く頭を下げた。


「……承知、いたしました」


 僕は奥歯を噛み砕きそうなほどの怒りを腹の底に押し込め、静かに言った。

「特務徴用令、お受けします。古代地下迷宮の下層。僕たち三人で、必ずや調査してご覧に入れます」

「はっはっは! 良い返事だ。期待しているぞ、無料のネズミ共」


 バルバロス辺境伯の下品な笑い声が、貴賓室に響き渡る。

 ギルドを出た僕たちの頭上には、どんよりとした灰色の雲が立ち込めていた。


「アッシュ……私たち、どうするの。あんな狭い迷宮じゃ、アッシュの大砲も使えないし、きっとアイリスの大盾も使えないよ…?」

「……大丈夫だ、ルナ。アイリスも、不安な顔をしないでくれ。絶対に、僕がなんとかする」


 大砲が撃てない。大盾が展開できない。

 僕たちの最大の武器を奪われたこの絶望的な状況下で、いかにして迷宮の理不尽な暴力を打ち破るか。

 ふと、バランの工房での忠告が脳裏に蘇る。

 『お前自身の肉体を、反動に耐えうるほど極限まで強化してきな』

 大砲として、エネルギーを外の弾丸に放つことができないのなら――。

 僕の右腕の疼きが、まるですぐそこに迫る危機を予言するかのように、ドクンと熱く脈打った。

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