ラウンド2:船A vs 船B ─ 直接対決
(背景モニターに「ROUND 2」のテロップが力強く表示される。その下に「船A vs 船B ─ 直接対決」というサブタイトルが炎のようなエフェクトと共に浮かび上がる)
(スタジオの照明が変化し、船Aの模型と船Bの模型がそれぞれスポットライトで照らされる。まるでボクシングのリングのコーナーに立つ選手のように、二隻の船が対峙している)
あすか:「ラウンド2は『船A vs 船B ─ 直接対決』です」
(あすか、クロノスを操作しながら、二隻の模型の間に立つ)
あすか:「ラウンド1では、四つの立場が明確になりました。ここからは、より具体的に『船A』と『船B』のどちらが本物かを巡って、直接対決していただきます」
(あすか、アリストテレスとホッブズを交互に見る)
あすか:「まずは、ホッブズさんからアリストテレス先生の『形相の連続性』説に対する反論をお願いします。その後、アリストテレス先生に反撃していただきます」
ホッブズ:(にやりと笑いながら立ち上がる)「望むところだ。先生、失礼を承知で申し上げるが、あなたの理論には致命的な欠陥がある」
アリストテレス:(落ち着いた表情で)「聞かせてもらおう。私は批判を歓迎する」
---
ホッブズ:(スタジオの中央に歩み出て、弁論家のように両手を広げる)「では、始めよう。アリストテレス先生、あなたは『形相が連続していれば同じ船だ』とおっしゃった」
アリストテレス:「そうだ」
ホッブズ:「その論理を、少し拡張してみよう。思考実験だ」
(ホッブズ、クロノスに向かってジェスチャーする。画面に彼の思考実験のイラストが表示される)
ホッブズ:「テセウスの船を修理する職人がいる。彼は毎日、古い板を一枚外し、新しい板を一枚取り付ける」
ホッブズ:「同時に、隣の港には別の職人がいる。彼は、外された古い板を受け取り、まったく同じ位置に配置して、もう一隻の船を組み立てていく」
(クロノスの画面に、二つの港で同時に作業が進む様子がアニメーションで表示される)
ホッブズ:「つまり、常に二隻の船が並行して存在している状態だ。一隻は修理されながら港に係留され続け、もう一隻は隣の港で日々形を成していく」
あすか:「なるほど……二隻が同時に存在している状況ですね」
ホッブズ:「そうだ。そして、最終的に両方の船が完成する。修理され続けた船Aと、古い部品で再構築された船B。どちらも『形相』は同じだ。同じ設計、同じ構造、同じ機能」
(ホッブズ、アリストテレスに向き直る)
ホッブズ:「さあ、先生。あなたの理論に従えば、『形相が連続している』方が本物だ。だが、この場合、どちらの形相が連続しているのか?」
アリストテレス:(少し考えてから)「船Aだ。船Aは一度も『テセウスの船』であることを止めていない。常にアテナイの港に係留され、人々に崇められ続けてきた」
ホッブズ:「だが、船Bも形相を持っている。同じ形状、同じ構造だ」
アリストテレス:「船Bの形相は『新しく作られた』ものだ。連続していない」
ホッブズ:(勝ち誇ったように)「ほう? では、『連続』とは何か。定義していただきたい」
アリストテレス:「時間的に途切れることなく、同一の存在として維持されていることだ」
ホッブズ:「『同一の存在として』。それは循環論法ではないか? 『同一性』を説明するのに『同一』という言葉を使っている」
(アリストテレス、一瞬言葉に詰まる)
ホッブズ:「もう少し具体的に問おう。船Aの板が一枚外される瞬間を考えてみよう」
(ホッブズ、手振りで板を外す動作を示す)
ホッブズ:「板が外された瞬間、その板は『船の一部』か、それとも『独立した板』か?」
アリストテレス:「……外された瞬間から、独立した板になる」
ホッブズ:「では、その板が隣の港に運ばれ、別の船に取り付けられる。その瞬間、板は『別の船の一部』になる?」
アリストテレス:「そうだ」
ホッブズ:「つまり、板の『所属』は変化しうる。板自体は同じなのに、『どの船の一部か』は文脈によって変わる」
ホッブズ:(声を強めて)「これこそが、『形相』の虚構性を示している! 形相とは、物質に付随する客観的な性質ではない。我々が勝手に付与するラベルに過ぎないのだ!」
アリストテレス:「それは飛躍だ。板の所属が変化することと、形相が虚構であることは、別の問題だ」
ホッブズ:「では、次の例を考えてみよう」
(ホッブズ、さらに挑発的な笑みを浮かべる)
ホッブズ:「テセウスの船の修理中、ある夜、嵐が来たとしよう。修理中の船Aと、建造中の船Bが、両方とも港から流されて沈没した」
ホッブズ:「翌朝、両方の船が引き揚げられる。だが、引き揚げの際に部品が混ざってしまった。どの板がどちらの船のものか、誰にも分からなくなった」
(スタジオに緊張が走る)
ホッブズ:「さあ、職人たちは二隻の船を再建する。だが、部品は混在している。船Aには船Bの板が、船Bには船Aの板が混じっている」
ホッブズ:「この場合、どちらが『本物のテセウスの船』か?」
アリストテレス:(眉をひそめて)「それは……極端な仮定だ」
ホッブズ:「極端だからこそ、理論の限界が見える。あなたの『形相の連続性』理論は、このような状況を説明できない」
ホッブズ:「なぜなら、両方の船が『形相の連続性』を主張できるからだ。どちらも『修理され続けた船』として港に係留される。どちらも『テセウスの船』として崇められる」
(ホッブズ、勝利を確信したように腕を組む)
ホッブズ:「形相だけでは、同一性を決定できない。物質的な構成を考慮しなければ、このような混乱に陥る」
---
あすか:「アリストテレス先生、いかがですか?」
アリストテレス:(ゆっくりと立ち上がり、穏やかだが芯のある声で)「ホッブズ君、なかなか手強い論客だな。私の弟子たちより鋭い」
ホッブズ:「お褒めにあずかり光栄だ」
アリストテレス:「だが、君の議論にはいくつかの問題がある。順番に指摘しよう」
(アリストテレス、スタジオの中央に立つ。教師が生徒に講義するような姿勢)
アリストテレス:「まず、君の『嵐で部品が混在した』という例について。これは確かに難しいケースだ。だが、私の理論が説明できないというのは早計だ」
ホッブズ:「どう説明する?」
アリストテレス:「このケースでは、『物語の連続性』が重要になる。どちらの船が、人々によって『テセウスの船』として扱われ続けてきたか」
アリストテレス:「たとえ部品が混在していても、アテナイの人々が『これがテセウスの船だ』と認識し、崇め続けてきた船がある。その船こそが、社会的・歴史的な意味で『テセウスの船』だ」
ホッブズ:「それは『本当の同一性』ではなく、『社会的な合意』ではないか?」
アリストテレス:「社会的な合意も、同一性の一部だ。形相とは、物質の中に内在するだけでなく、人々の認識と実践の中にも存在する」
(アリストテレス、ホッブズに一歩近づく)
アリストテレス:「さて、私からも反論させてもらおう。君の唯物論には、致命的な欠陥がある」
ホッブズ:「聞かせてもらおう」
アリストテレス:「君は『テセウスが触れた物質が残っている船Bこそが本物だ』と主張した」
ホッブズ:「その通りだ」
アリストテレス:「では、こう考えてみよう」
(アリストテレス、クロノスに向かってジェスチャー。画面に新しい思考実験が表示される)
アリストテレス:「テセウスの船から取り除かれた古い板を、誰かが保管していた。そしてある日、その人物は、その板を使って『椅子』を作った」
(クロノスの画面に、船の板から椅子が作られる様子が表示される)
アリストテレス:「この椅子は、テセウスの船と『物質的に同一』だ。100%、テセウスが触れた木材でできている」
アリストテレス:「では、この椅子は『テセウスの船』か?」
(スタジオに沈黙が流れる)
ホッブズ:(一瞬言葉に詰まり)「……それは詭弁だ。形が違う。機能が違う。椅子は船ではない」
アリストテレス:(静かに微笑んで)「おや? 君は今、『形』と『機能』の重要性を認めたね。それこそ私の言う『形相』だ」
ホッブズ:「……」
アリストテレス:「物質だけでは同一性は成り立たない。君は今、それを認めたのだよ。物質が同じでも、形状と機能が異なれば、別のものになる」
(アリストテレス、勝ち誇るのではなく、教え諭すような口調で)
アリストテレス:「つまり、同一性には『物質的要素』と『形相的要素』の両方が必要だ。だが、どちらがより本質的かと言えば、形相だ」
ホッブズ:「なぜ形相がより本質的だと言える?」
アリストテレス:「こう考えてみたまえ。私が今着ているこの衣服。糸が一本ほつれて、新しい糸で繕ったとしよう。同じ衣服か?」
ホッブズ:「……同じだろう」
アリストテレス:「では、袖を取り替えたら?」
ホッブズ:「まだ同じかもしれない」
アリストテレス:「では、全ての部分を取り替えたら?」
ホッブズ:「そこで同一性が失われる。君の議論の弱点だ」
アリストテレス:「だが、私の体はどうだ? 私の体の細胞は、生涯を通じて入れ替わり続けている。子供の頃の私と、今の私では、物質的にはほとんど別人だ」
アリストテレス:「しかし、私は『同じアリストテレス』だ。なぜか?」
(アリストテレス、自分の胸に手を当てて)
アリストテレス:「私の『魂』……つまり、形相が連続しているからだ。私の思考、記憶、人格。これらが連続している限り、私は同じアリストテレスなのだ」
ホッブズ:「魂も物質だと、私は考えている」
アリストテレス:「仮にそうだとしても、君は『思考や記憶の連続性』を認めるだろう? それこそが形相の連続性だ。言葉が違うだけで、中身は同じことを言っている」
(ホッブズ、やや困惑した表情を見せる)
アリストテレス:「君の唯物論にも、形相的な要素は潜んでいる。君はそれを認めたがらないだけだ」
---
ホッブズ:(少し考え込んでから、再び挑戦的な目つきで)「なるほど、先生。一本取られたことは認めよう」
アリストテレス:「素直だな」
ホッブズ:「だが、私はまだ納得していない。別の角度から攻めさせてもらおう」
(ホッブズ、再びスタジオの中央に立つ)
ホッブズ:「先生は『形相の連続性』が重要だとおっしゃった。では、その『連続性』とは、どの程度まで許容されるのか?」
アリストテレス:「どういう意味だ?」
ホッブズ:「例えば、船Aの修理の過程で、設計が少し変更されたとしよう。舷側を少し高くした。帆を大きくした。櫂の数を増やした」
ホッブズ:「これらの変更は、『形相の変化』ではないのか?」
アリストテレス:「……軽微な変更であれば、本質は維持される」
ホッブズ:「『軽微な変更』とは何か? どこまでが軽微で、どこからが本質的な変化か?」
アリストテレス:「それは……ケースバイケースで判断する」
ホッブズ:(鋭く)「つまり、明確な基準がないということだ! 先生の理論は、曖昧さを内包している」
(ホッブズ、聴衆に向かって演説するように)
ホッブズ:「『形相の連続性』と言うが、どこまでが連続でどこからが断絶か、客観的に決められない。結局、『私がそう思うから連続している』という主観的判断に過ぎない」
ホッブズ:「一方、物質的構成は客観的だ。テセウスが触れた板があるかないか。これは測定可能で、検証可能だ」
アリストテレス:「だが、君自身が認めたように、物質だけでは同一性を決められない。椅子の例を思い出せ」
ホッブズ:「だからこそ、私は『形相と物質の両方』が必要だと修正しよう」
(ホッブズ、新しい主張を展開する)
ホッブズ:「船Bは、物質的にも形相的にも、テセウスの船と同一だ。100%元の材料を持ち、かつ、元の形状と機能を持っている」
ホッブズ:「船Aは、形相的には同一かもしれないが、物質的には完全に別物だ」
ホッブズ:「両方の条件を満たすのは、船Bだけだ。したがって、船Bこそが『より強い同一性』を持っている」
アリストテレス:「『より強い同一性』? 同一性に程度があるのか?」
ホッブズ:「ある。少なくとも、私はそう考える」
(二人の間に新たな緊張が生まれる)
アリストテレス:「それは興味深い提案だ。だが、私は異議を唱えたい」
アリストテレス:「君の言う『より強い同一性』を認めるとしよう。だが、それは『本物かどうか』の問いに答えていない」
アリストテレス:「船Bが『より強い同一性』を持っていても、船Aが『本物ではない』ということにはならない。両方とも『ある程度本物』ということになる」
ホッブズ:「それでは困る。我々は『どちらが本物か』を決めなければならない」
アリストテレス:「なぜ決めなければならない? それ自体を問い直すべきではないか?」
ホッブズ:「……」
(アインシュタインが、興味深そうに二人のやり取りを見ている)
---
アインシュタイン:(手を挙げて)「お二人の議論を聞いていて、一つ思うことがあるんだ」
あすか:「どうぞ、アインシュタインさん」
アインシュタイン:(立ち上がりながら)「お二人は『物質』と『形相』を対立させている。だが、現代物理学から見ると、その対立自体が問い直されるべきだと思うんだ」
ホッブズ:「というと?」
アインシュタイン:(にこやかに、しかし真剣な目で)「『物質』とは何か。お二人は、それを自明のものとして議論している。だが、本当にそうだろうか?」
(アインシュタイン、クロノスに向かってジェスチャー。画面に有名な数式が表示される)
E = mc²
アインシュタイン:「これは私の最も有名な式だ。質量とエネルギーは等価である」
アインシュタイン:「つまり、物質とは『凍りついたエネルギー』に過ぎない。物質は、エネルギーの一形態なんだ」
ホッブズ:「それは認める。だが、それが何を意味する?」
アインシュタイン:「物質は、思ったほど『固定的』ではないということだ」
(アインシュタイン、船の模型を手に取る)
アインシュタイン:「この船を構成する原子を考えてみよう。木材は、主に炭素、水素、酸素の原子でできている」
アインシュタイン:「だが、これらの原子は、常に入れ替わっている。空気中の分子と反応し、水分が蒸発し、新しい物質が付着する」
アインシュタイン:「船Bの『元の部品』も、保管されていた何百年の間に、分子レベルでは変化し続けていたはずだ」
ホッブズ:「だが、マクロなレベルでは同じ板だ」
アインシュタイン:「マクロとミクロの境界はどこにある? 原子レベル? 分子レベル? 細胞レベル?」
(アインシュタイン、首を傾げながら)
アインシュタイン:「ホッブズさん、あなたは『テセウスが触れた物質』にこだわっている。だが、テセウスが触れた『原子』は、今もその板に残っているだろうか?」
ホッブズ:「……」
アインシュタイン:「おそらく、ほとんど残っていない。原子は常に環境と交換されている。2500年前の原子が、今もそこにあると考えるのは、ナイーブすぎる」
アインシュタイン:「つまり、『100%元の物質』というのは、実は幻想なんだよ」
(スタジオに驚きの空気が流れる)
ホッブズ:(やや狼狽して)「しかし……それでも、板の『構造』は維持されているはずだ」
アインシュタイン:「『構造』? それはアリストテレス先生の言う『形相』に近いものではないかな?」
ホッブズ:「……」
(アリストテレスが、少し得意げな表情を見せる)
アリストテレス:「どうやら、アインシュタイン君は私の味方のようだな」
アインシュタイン:(笑いながら手を振って)「いやいや、先生。私はどちらの味方でもないんだよ」
アインシュタイン:「私が言いたいのは、『物質 vs 形相』という対立自体が、問い直されるべきだということだ」
(アインシュタイン、再び時空図を示す)
アインシュタイン:「物質も形相も、時空の中の出来事として捉えるべきだと思う。船は『もの』ではなく、『過程』なんだ」
アインシュタイン:「テセウスの船は、建造されてから今日まで、時空の中を旅してきた。その旅路全体が、テセウスの船の『存在』だ」
アインシュタイン:「船Aも船Bも、その旅路の一部。どちらが『本物』かという問いは、どの部分が『本物の旅路』かと問うようなもので、意味がないんだ」
アリストテレス:「しかし、実用的には判断が必要だ」
アインシュタイン:「もちろん。でも、実用的な判断と、形而上学的な真理は、別の問題だよ」
アインシュタイン:「実用的には、文脈に応じてどちらを『テセウスの船』と呼ぶか決めればいい。博物館では船B、歴史的連続性を重視するなら船A」
アインシュタイン:「でも、どちらが『本当に本物か』という問いには、私は『どちらも本物であり、どちらも本物ではない』と答えるしかない」
---
(ここまで静かに聞いていたウィトゲンシュタインが、突然立ち上がる)
ウィトゲンシュタイン:「……あなた方は、まだ同じ罠にはまっている」
(全員がウィトゲンシュタインに注目する)
ホッブズ:「また『言葉の罠』か?」
ウィトゲンシュタイン:「そうだ。だが、今回は別の角度から指摘しよう」
(ウィトゲンシュタイン、ゆっくりとスタジオの中央に歩み出る)
ウィトゲンシュタイン:「あなた方は全員、『正解がある』という前提で議論している。船Aが本物か、船Bが本物か、あるいは両方が本物か」
ウィトゲンシュタイン:「だが、なぜ正解があると思うのか?」
アリストテレス:「哲学的な問いには、真理があるはずだ」
ウィトゲンシュタイン:「その『真理』とは何だ?」
(ウィトゲンシュタイン、鋭い目で三人を見回す)
ウィトゲンシュタイン:「ホッブズ、あなたは自分でこの問題を作っておいて、答えがあると思い込んでいる。だが、問いを作ることと、答えが存在することは、別の問題だ」
ホッブズ:「問いがあれば、答えがあるはずだ」
ウィトゲンシュタイン:「そうだろうか? 例えば、『この文は偽である』という文を考えろ。これは真か偽か?」
ホッブズ:「……それは自己言及のパラドックスだ」
ウィトゲンシュタイン:「そうだ。問いが存在しても、答えが存在しないことがある。テセウスの船も、同じかもしれない」
(ウィトゲンシュタイン、船の模型を見つめながら)
ウィトゲンシュタイン:「『どちらが本物か』という問いは、ある種のパラドックスを内包している。日常的には『本物』という言葉は明確だが、この極端なケースでは、言葉が本来の機能を失っている」
アインシュタイン:「つまり、言葉が『休暇中』だと?」
ウィトゲンシュタイン:(少し驚いたようにアインシュタインを見て)「……そうだ。私の言葉を覚えていたか」
アインシュタイン:「なかなか印象的な表現だったからね」
ウィトゲンシュタイン:「哲学の問題は、言語が休暇中のときに生じる。言葉が本来の使用文脈から離れ、宙に浮いたときに、我々は形而上学的な問題に悩まされる」
(ウィトゲンシュタイン、アリストテレスに向かって)
ウィトゲンシュタイン:「アリストテレス先生、あなたの『形相』も、そのような言葉ではないか?」
アリストテレス:「どういう意味だ?」
ウィトゲンシュタイン:「日常的には、『この椅子とあの椅子は同じ形だ』と言える。形の類似は、測定可能で、比較可能だ」
ウィトゲンシュタイン:「だが、あなたが言う『形相』は、それ以上の何かだ。物質から独立した『本質』。見えない、触れない、測れないが、確かに『ある』もの」
ウィトゲンシュタイン:「その『ある』とは何か。日常的な『ある』とは異なる。言葉が、本来の使い方から離れている」
アリストテレス:「形而上学は、日常言語を超えた領域を扱う。そのため、特別な用語が必要になる」
ウィトゲンシュタイン:「だが、その『特別な用語』が、本当に何かを指しているのか? それとも、言葉だけが一人歩きしているのか?」
(ウィトゲンシュタイン、静かに、しかし鋭く)
ウィトゲンシュタイン:「私の見解では、形而上学の多くは後者だ。言葉が何も指していないのに、我々はそれを議論している。空を切っているだけだ」
アリストテレス:「それは極端な見解だ」
ウィトゲンシュタイン:「極端かもしれない。だが、この議論を見ていると、私は正しいように思える」
(ウィトゲンシュタイン、全員を見渡して)
ウィトゲンシュタイン:「あなた方は、2時間にわたって議論してきた。だが、何が解決した? 何が明らかになった?」
ウィトゲンシュタイン:「船Aが本物か、船Bが本物か。あなた方は、この問いに答えられていない。そして、おそらく永遠に答えられないだろう」
ウィトゲンシュタイン:「なぜか? 問いが間違っているからだ」
---
アリストテレス:(やや感情的に)「君の議論は、全ての哲学を否定することになる。真理の探究を放棄せよと言っているのか?」
ウィトゲンシュタイン:「放棄ではない。変換だ」
ウィトゲンシュタイン:「哲学の役割は、問いに答えることではない。問いの構造を明らかにし、言語の混乱を解きほぐすことだ」
ウィトゲンシュタイン:「テセウスの船問題は、『どちらが本物か』を発見すべき問いではない。『我々が「本物」という言葉をどのように使っているか、使いたいか』を考察すべき問いだ」
ホッブズ:「それは逃げ口上に聞こえる」
ウィトゲンシュタイン:(ホッブズを見つめて)「ホッブズ、あなたは私の議論を『逃げ』と呼ぶ。だが、答えられない問いに答えようとすることこそ、『逃げ』ではないか?」
ウィトゲンシュタイン:「問いの前提を問い直すことは、知的誠実さだ。『分からない』と認めることは、恥ではない」
ホッブズ:「……」
アインシュタイン:(仲裁するように)「ウィトゲンシュタインさん、あなたの言いたいことは分かる。問いの立て方を見直すべきだという点では、私も同意する」
アインシュタイン:「だが、問いを『解消する』だけでは、人間の知への渇望は満たされないのではないか?」
ウィトゲンシュタイン:「知への渇望?」
アインシュタイン:「そうだ。人間は、答えを求めて問い続ける。たとえその問いが不完全でも、問い続けることに意味がある」
アインシュタイン:「私が相対性理論を発見したのも、『光の速度で走ったら何が見えるか?』という、ある意味で素朴な問いから始まった」
アインシュタイン:「その問い自体は、厳密には意味がなかったかもしれない。でも、その問いを追究したからこそ、新しい発見があった」
ウィトゲンシュタイン:(少し考え込んで)「……あなたの言うことにも一理ある」
ウィトゲンシュタイン:「問いを問い続けることには価値がある。だが、それは問いに『答えがある』ことを意味しない」
ウィトゲンシュタイン:「テセウスの船問題も、問い続けることで、我々は言語の仕組み、同一性の概念、存在の意味について、多くを学んできた」
ウィトゲンシュタイン:「だが、最終的な『答え』を期待するのは、間違いだと私は思う」
---
あすか:「ここで、少し視点を変えてみましょう」
(あすか、クロノスを操作する。画面に新しい問いが表示される)
あすか:「皆さんの議論を聞いていて、一つ気になったことがあります」
あすか:「もし、テセウス本人がこの場にいたとしたら、彼はどちらの船を『自分の船』だと感じるでしょうか?」
(四人が一瞬、考え込む)
アリストテレス:「間違いなく船Aだろう。彼が乗り続け、冒険を共にし、帰還の喜びを分かち合った船だ」
アリストテレス:「材料が変わっても、その記憶と歴史は船Aにある。テセウスの心の中で、船Aこそが『彼の船』だ」
ホッブズ:「だが、もし彼が船の板の匂いを嗅ぎ、木目を触ったとしたらどうだ?」
(ホッブズ、船Bの模型を手に取る)
ホッブズ:「彼が子供の頃、この船で遊んだときに付けた傷。嵐の夜に齧った時の跡。彼の記憶は、物質と結びついている」
ホッブズ:「船Bには、その全てがある。テセウスがこの板を触れば、記憶が蘇るだろう。船Aの新しい板には、そのような記憶はない」
アインシュタイン:「面白い視点だね。でも、テセウスが両方の船を見たら、どう反応するだろう?」
(アインシュタイン、想像するように遠くを見つめる)
アインシュタイン:「きっと、困惑するだろうね。『どちらも私の船だ』と言うかもしれない。あるいは、『どちらも私の船ではない。私の船は過去にある』と」
ウィトゲンシュタイン:(静かに)「テセウスが何と言おうと、それは彼の言語ゲームにおける答えに過ぎない」
あすか:「彼でさえ『正解』を持たないと?」
ウィトゲンシュタイン:「そうだ。彼は『テセウスの船』という言葉の使用者の一人に過ぎない。特権的な使用者ではない」
あすか:「船の持ち主であっても?」
ウィトゲンシュタイン:「船の持ち主であっても、言葉の意味を独占することはできない。言葉は公共的なものだ」
ウィトゲンシュタイン:「テセウスが『船Aが本物だ』と言っても、他の人々が『船Bが本物だ』と言う権利を奪うことはできない」
---
あすか:「ラウンド2、非常に激しい攻防でした」
(あすか、クロノスを操作。画面に議論のポイントが整理される)
あすか:「ここで、主要な論点を整理させてください」
(画面に箇条書きが表示される)
あすか:「まず、ホッブズさんはアリストテレス先生の『形相の連続性』説に対して、『連続性の定義が曖昧だ』『形相だけでは極端なケースを説明できない』と反論しました」
ホッブズ:「先生の理論には、確かに魅力がある。だが、欠陥もある」
あすか:「一方、アリストテレス先生は『椅子の例』を挙げて、『物質だけでも同一性は決まらない』と反撃しました。ホッブズさん自身が、形相の重要性を認めることになりました」
アリストテレス:「唯物論にも、形而上学的な要素は潜んでいる」
あすか:「アインシュタインさんは、『物質という概念自体が揺らいでいる』と指摘しました。原子レベルでは、物質は常に入れ替わっている。『100%元の物質』は幻想かもしれない」
アインシュタイン:「物質 vs 形相という対立自体を、問い直すべきだと思うね」
あすか:「そしてウィトゲンシュタインさんは、『問いに答えがあるという前提自体が間違っている』と主張しました」
ウィトゲンシュタイン:「問いの構造を明らかにすることが、哲学の役割だ」
あすか:「そして興味深いことに、テセウス本人でさえ『正解』を持たない可能性が示されました」
(あすか、カメラに向かって)
あすか:「船A vs 船B。この直接対決では、決着がつきませんでした。だが、それは失敗ではありません」
あすか:「なぜなら、この議論を通じて、『同一性』という概念がいかに複雑で多面的かが明らかになったからです」
(あすか、四人を見渡して)
あすか:「次のラウンドでは、アインシュタインさんの『時間』とウィトゲンシュタインさんの『言語』という視点から、さらにこの問題を掘り下げていきます」
(背景に「ROUND 3」の予告が浮かび上がる)
あすか:「『第三の視点 ─ 時間と言語の介入』。知の巨人たちのバトルは、新たな次元へと突入します」
(ラウンド2終了のジングルが流れる)




