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オープニング

(スタジオ全景が映し出される。古い木造船の甲板を模した床、左右に張られた帆のようなカーテン、天井からは船のマストを思わせる梁とロープが吊り下げられている。どこからともなく波音のSEが静かに流れ、ランタン風の照明が揺らめく光を投げかけている)


(中央に立つのは、古代ギリシャ風の白いドレープドレスを纏った若い女性。船の舵輪をモチーフにした金のブローチが胸元で輝き、髪には海を思わせる青いリボンが結ばれている。彼女の手には、淡く光る不思議なタブレット端末が握られている)


あすか:「皆さん、こんにちは。『歴史バトルロワイヤル』へようこそ」


(あすか、柔らかく微笑みながらカメラに向かって一礼する)


あすか:「物語の声を聞く案内人、あすかです。今日もこの『クロノス』を通じて、時空を超えた知の巨人たちをお招きしています」


(手元のタブレット「クロノス」を軽く掲げる。画面が淡い青白い光を放ち、古代文字のような模様が浮かんでは消えていく)


あすか:「さて、今回のテーマは……こちらです」


(あすかがクロノスをタップすると、背景の大型モニターに文字が浮かび上がる)


「船よ、お前は誰だ?~テセウスの船~」


(タイトルが表示されると同時に、荘厳な音楽が流れる)


---


あすか:「『テセウスの船』。哲学史上、最も有名なパラドックスの一つです」


(あすか、ゆっくりとスタジオ内を歩きながら語り始める。クロノスの画面には、古代ギリシャの船のイラストが表示されている)


あすか:「時は紀元前。古代ギリシャの英雄テセウスは、クレタ島で恐ろしい怪物ミノタウロスを倒し、故郷アテナイへと凱旋しました。彼が乗っていたのは、30本の櫂を持つ立派な船」


(クロノスの画面が切り替わり、アテナイの港に係留された船のイラストが表示される)


あすか:「アテナイの人々は、英雄の偉業を讃え、この船を大切に保存し続けました。何百年もの間、ずっと」


(あすか、少し間を置いて)


あすか:「しかし、時間は残酷です。どんなに大切にしても、木は腐り、板は傷んでいきます」


(クロノスの画面に、船の板が一枚ずつ交換されていく様子がアニメーションで表示される)


あすか:「そこでアテナイの人々は、古くなった板を一枚、また一枚と、新しい板に交換し続けました。そしてある日、ふと気づいたのです」


(あすか、カメラに向かって問いかけるように)


あすか:「全ての板が、新品に置き換わっていることに」


(背景モニターに、輝く新しい木材で作られた船Aの映像が大きく表示される)


あすか:「これが『船A』。修理され続けた船です。テセウスの船として、ずっとアテナイの港に係留され続けてきました」


(あすか、反対側を向く。モニターに、古びた風合いの木材で組まれた船Bの映像が並んで表示される)


あすか:「そしてここに、もう一隻の船があります」


(あすか、クロノスを操作しながら)


あすか:「実は、取り除かれた古い板を、誰かがこっそり保管していたのです。一枚、また一枚と。そして全ての板が揃ったとき、それらを組み立て直して、この船を作りました」


あすか:「これが『船B』。元の部品100%で再構築された船です。テセウスが実際に触れ、踏みしめ、握った、あの板で作られた船」


(あすか、二隻の船の映像の間に立ち、両手を広げる)


あすか:「さあ、ここで問いが生まれます」


(背景モニターに、大きな文字が浮かび上がる)


「船AとBのどちらが本物のテセウスの船か?」


(あすか、視聴者に語りかけるように)


あすか:「皆さんは、どう思われますか?」


(少し間を置いて)


あすか:「修理され続け、歴史を刻んできた船A? それとも、英雄が実際に触れた板で作られた船B?」


あすか:「この問いは、2500年もの間、哲学者たちを悩ませ続けてきました。そして今日、この問いに答えるために、時空を超えて四人の知の巨人をお招きしています」


(あすか、スターゲートの方を向く。古代ギリシャの神殿の柱を模したフレームが、静かにそびえ立っている)


あすか:「では、お呼びしましょう」


---


(スターゲートが起動する。フレームの内側に青白い光の渦が発生し、時空の裂け目が開いていく)


あすか:「最初のゲストをご紹介します」


(クロノスを見ながら、厳かに読み上げる)


あすか:「紀元前384年、マケドニア王国スタゲイラに生まれ、プラトンのもとで20年間学び、後にアレクサンドロス大王の師となった人物。論理学、自然学、倫理学、政治学、詩学……あらゆる学問の基礎を築き、『万学の祖』と呼ばれる古代ギリシャ最大の哲学者」


(スターゲートの光が一際強くなる)


あすか:「形而上学の創始者にして、存在の本質を探究し続けた知の巨人。アリストテレス先生です!」


(光の中から、白いヒマティオン(古代ギリシャの外衣)を纏った威厳ある老人が姿を現す。短く刈り込んだ髭、鋭くも穏やかな眼差し。彼はゆっくりとスタジオを見回し、天井のロープや壁の海図に興味深そうな視線を向ける)


アリストテレス:「ほう……」


(アリストテレス、一歩踏み出しながらスタジオを観察する)


アリストテレス:「これはまた、奇妙な場所だ。船の中のようでいて、船ではない。劇場のようでいて、劇場でもない」


あすか:「ようこそ、アリストテレス先生。『歴史バトルロワイヤル』のスタジオへ」


アリストテレス:(あすかに向き直り、軽く会釈しながら)「お招きいただき光栄だ、若き案内人よ。時を超えて呼び出されるとは、なかなか得難い経験だな」


(アリストテレス、背景に飾られた二隻の船の模型に目を留める)


アリストテレス:「ふむ。あれが今日の議題か。テセウスの船……懐かしい問題だ。私の時代から、すでに議論されていた」


あすか:「先生の時代から2500年経った今も、答えが出ていないんです」


アリストテレス:(微かに笑みを浮かべて)「そうか。人間の知性は、相変わらず同じ問いに悩まされているというわけだ。……いや、それは悪いことではない。良い問いは、時代を超えて生き続けるものだ」


あすか:「では先生、お席へどうぞ」


(アリストテレス、用意された席へと歩いていく。座る前に、席の配置を確認するように周囲を見回す)


アリストテレス:「対話の席か。リュケイオンでの講義を思い出すな。……ただし、あちらでは歩きながら話したものだが」


(アリストテレス、ゆっくりと腰を下ろす)


---


(再びスターゲートが起動。青白い光の渦が巻き起こる)


あすか:「続いてのゲストをご紹介します」


(クロノスを確認しながら)


あすか:「1588年、イングランドのウィルトシャーに生まれ、91歳まで生涯現役で執筆を続けた哲学者。『リヴァイアサン』で近代政治哲学の礎を築き、『万人の万人に対する闘争』という言葉を残した人物」


(光が強まる)


あすか:「そして何より、今日議論する『テセウスの船』問題を、哲学史に定着させた張本人。トマス・ホッブズさんです!」


(光の中から、黒いジャケットに白いカラーという17世紀紳士の装いの男性が現れる。長い顔に鋭い目、口元には皮肉っぽい笑みが浮かんでいる)


ホッブズ:(周囲を見回しながら、感心したように)「ほう、これはまた大掛かりな仕掛けだ。私の時代の宮廷劇場も顔負けだな」


あすか:「ようこそ、ホッブズさん」


ホッブズ:(あすかに向かって軽く頭を下げ)「光栄だよ、お嬢さん。……いや、案内人殿と呼ぶべきかな?」


(ホッブズ、アリストテレスの姿を認めて目を見開く)


ホッブズ:「おや、これは……アリストテレス先生ではないか。まさか本物にお会いできるとは」


アリストテレス:(穏やかに頷いて)「君がホッブズか。私の著作を読んでくれたと聞いている」


ホッブズ:(やや皮肉っぽく笑いながら)「ええ、読みましたとも。そして、いくつかの点では反論もさせていただいた。まさか直接お伝えする機会が来るとは思いませんでしたが」


アリストテレス:「反論は歓迎だ。それが哲学というものだ」


ホッブズ:「それはありがたい。では、遠慮なく」


あすか:(二人のやり取りを見守りながら)「早くも火花が散りそうですね。ホッブズさん、お席へどうぞ」


(ホッブズ、アリストテレスの向かい側の席へと歩いていく)


ホッブズ:(席に着きながら、船の模型を見て)「私がこの問題を定式化したのは1656年のことだ。『物体論』という著作の中でね。まさか400年近く経っても議論されているとは……」


(ホッブズ、少し得意げに)


ホッブズ:「いや、正直に言おう。嬉しいよ。私の問いが、これほど長く人々を悩ませているとは」


アリストテレス:「君の問いというより、君が問いを明確にしたと言うべきだな。問い自体は、私の時代からあった」


ホッブズ:(肩をすくめて)「細かいことを。重要なのは、誰が問題を定式化したかだ」


---


(スターゲートが三度目の起動。今度は光の色がわずかに異なり、時空の歪みを思わせる虹色の輝きが混じる)


あすか:「三人目のゲストをご紹介します」


(クロノスを見ながら、声に熱を込めて)


あすか:「1879年、ドイツ帝国ウルムに生まれ、特許庁の審査官として働きながら、物理学の歴史を塗り替える論文を発表した人物。特殊相対性理論、一般相対性理論で時間と空間の概念を根本から覆し、E=mc²の方程式で質量とエネルギーの等価性を示した」


(光が輝きを増す)


あすか:「20世紀最大の物理学者、現代科学の象徴。アルベルト・アインシュタインさんです!」


(光の中から、ボサボサの白髪にくたびれたセーターという姿の男性が現れる。子供のような好奇心に満ちた目、そして人懐っこい笑顔)


アインシュタイン:(周囲を見回し、感嘆の声を上げて)「おお、これは面白い!時空を超えて呼び出されるとは、まさに私の理論の応用だね」


あすか:「ようこそ、アインシュタインさん」


アインシュタイン:(にこやかに手を振って)「こんにちは。いやあ、こんな経験は初めてだよ。光速を超えたのかな?それとも、ワームホールかな?」


(アインシュタイン、アリストテレスとホッブズを見て目を輝かせる)


アインシュタイン:「おや、先客がいるね。しかも……これは驚いた。アリストテレス先生と、ホッブズさんかい?」


アリストテレス:「いかにも。君がアインシュタインか。時間と空間を統一したという、あの」


アインシュタイン:(照れたように頭をかきながら)「統一というか、まあ、同じものの異なる側面だと示しただけですよ。先生の業績に比べれば、大したことではありません」


ホッブズ:「謙遜だな。君の理論は、私の唯物論を新しい次元に引き上げたと聞いているよ」


アインシュタイン:「唯物論かあ。実は、私自身はどちらかというと……いや、この話は後にしよう。まずは席に着かないとね」


あすか:「どうぞ、アインシュタインさん。アリストテレス先生のお隣へ」


(アインシュタイン、席へ向かいながらスタジオを見回す)


アインシュタイン:(船の模型を見て)「テセウスの船か。これは面白い問題だ。私も考えたことがあるよ。特許庁で働いていたとき、『新しい発明』と『改良』の境界で似たような問題に悩んだものさ」


(アインシュタイン、席に着く。座り方はどこかカジュアルで、リラックスした様子)


アインシュタイン:「どこまでが同じ発明で、どこから新しい発明なのか。テセウスの船は、毎日私の机の上にあったようなものだよ」


---


(スターゲートが最後の起動。今度の光は、どこか冷たく、鋭い印象を与える)


あすか:「そして最後のゲストをご紹介します」


(クロノスを見ながら、やや慎重に)


あすか:「1889年、ウィーンの大富豪の家に生まれながら、莫大な遺産を放棄し、小学校教師や庭師として働いた異色の経歴を持つ人物。『論理哲学論考』で『語りえぬものについては、沈黙しなければならない』と宣言し、『哲学探究』で言語の本質を問い直した」


(光が鋭く収束していく)


あすか:「20世紀哲学に最も大きな影響を与えた哲学者の一人、沈黙の哲学者。ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインさんです!」


(光の中から、シンプルな茶色のジャケットを着た男性が現れる。鋭い目つき、引き締まった表情。彼は一言も発さず、静かにスタジオを観察している)


あすか:「ようこそ、ウィトゲンシュタインさん」


ウィトゲンシュタイン:(短く頷くだけで、無言)


(沈黙が流れる。あすかが少し戸惑った表情を見せる)


アインシュタイン:(助け舟を出すように)「やあ、ウィトゲンシュタインさん。お会いできて光栄だよ。君の『論理哲学論考』は、物理学者の間でも話題になったんだ」


ウィトゲンシュタイン:(アインシュタインをじっと見つめてから、ぽつりと)「……あなたの相対性理論も、言語の問題を含んでいる」


アインシュタイン:(興味深そうに)「おや、そうかい?」


ウィトゲンシュタイン:「『同時性』という概念。あなたはそれを再定義した。それは物理学の問題であると同時に、言語の問題だ」


アインシュタイン:(考え込みながら)「なるほど……そういう見方もあるか」


ホッブズ:(ウィトゲンシュタインに向かって)「君が言語の哲学者か。私も言葉の定義には気を使ったつもりだが」


ウィトゲンシュタイン:(ホッブズを見て)「定義では不十分だ。言葉の意味は、使用によって決まる」


ホッブズ:「……どういう意味かね?」


ウィトゲンシュタイン:「後で話す」


(ウィトゲンシュタイン、無言で席へ向かい、ホッブズの隣に座る。座ってからも、鋭い視線でスタジオ全体を観察している)


アリストテレス:(ウィトゲンシュタインを興味深そうに見て)「寡黙な哲学者か。私の師プラトンは、ソクラテスの『無知の知』を重んじた。沈黙にも知恵があるということかな」


ウィトゲンシュタイン:(アリストテレスを見て、初めて少し表情を緩める)「……あなたの師の師は、対話を重んじた。私は、語りえぬことについては沈黙すべきだと考える」


アリストテレス:「では、今日の問いについては、語りうるのかね?」


ウィトゲンシュタイン:(長い沈黙の後)「……それを確かめに来た」


あすか:(四人が揃ったことを確認して)「四人の知の巨人が揃いました。アリストテレス先生、ホッブズさん、アインシュタインさん、そしてウィトゲンシュタインさん」


(あすか、スタジオ中央に立ち、クロノスを掲げる)


あすか:「古代ギリシャから20世紀まで、2300年以上の時を超えた対話が、今、始まります」


---


(あすか、クロノスを操作する。画面に船Aと船Bの画像が並んで表示される)


あすか:「では、本格的な議論に入る前に、皆さんに最初の印象をお聞きしたいと思います」


(あすか、四人を見回しながら)


あすか:「『船AとBのどちらが本物のテセウスの船か?』この問いを聞いて、まず何を思われましたか?」


あすか:「アリストテレス先生からお願いします」


アリストテレス:(少し考えてから、落ち着いた声で)「私にとって、この問いの答えは明確だ」


(アリストテレス、船Aの模型を指しながら)


アリストテレス:「船Aが本物の船だ」


ホッブズ:(眉を上げて)「ほう、理由を聞かせてもらおうか」


アリストテレス:「船の『本質』とは何か。それは、その材料ではない。その『形相』……つまり、何であるか、何のために存在するかにある」


(アリストテレス、ゆっくりと立ち上がり、船の模型に近づく)


アリストテレス:「この船は、テセウスの偉業を記念するために存在する。その目的を果たし続け、アテナイの港に係留され続け、人々に崇められ続けてきた。材料が入れ替わっても、その『あり方』は連続している」


(アリストテレス、船Bの模型を見て)


アリストテレス:「一方、船Bは何か?古い板の寄せ集めだ。それらが船として組み立てられるまで、『船』として存在していなかった。連続性が断絶している」


(アリストテレス、席に戻りながら)


アリストテレス:「したがって、船Aが本物のテセウスの船だ」


あすか:「ありがとうございます。形相と連続性がポイントですね。ではホッブズさん、いかがですか?」


ホッブズ:(腕を組み、やや挑戦的な笑みを浮かべながら)「アリストテレス先生、お言葉ですが、その『形相』とやらは、どこにあるのでしょう?」


アリストテレス:「船の中に内在している」


ホッブズ:「見せてください。触らせてください。……できないでしょう?」


(ホッブズ、立ち上がって船の模型に近づく)


ホッブズ:「私の考えはこうだ。世界に存在するのは物質とその運動だけだ。『形相』や『本質』といったものは、我々の心が作り出した抽象概念に過ぎない」


(ホッブズ、船Bの模型を手に取る)


ホッブズ:「テセウスの船を考えてみよう。テセウスが実際に触れた板、彼の足が踏んだ甲板、彼の手が握った舵。嵐の夜に彼を守った船体。それらは今、どこにある?」


(ホッブズ、船Bを掲げて)


ホッブズ:「船Bだ。ここにある」


(ホッブズ、船Aの模型を見て)


ホッブズ:「船Aには何がある?テセウスが触れた物質は、一片たりとも残っていない。あるのは『同じ形をした新しい木材』だけだ。これを『本物』と呼ぶのは……」


(ホッブズ、皮肉っぽく笑って)


ホッブズ:「言葉の詐術だ」


アリストテレス:「しかし、君の論理に従えば、私が着ているこの衣服を一枚ずつ取り替えたら、『同じ衣服』ではなくなる。それは常識に反しないか?」


ホッブズ:「常識は真理の基準ではない、先生」


(二人の間に緊張が走る)


あすか:(やや慌てて)「お二人とも、これからまだまだ時間がありますので……」


(あすか、アインシュタインに向かって)


あすか:「アインシュタインさんは、いかがですか?物理学者の視点から」


アインシュタイン:(にこやかに、しかしどこか考え深い表情で)「お二人の議論を聞いていて、私は少し違う感想を持ったんだ」


(アインシュタイン、両手を広げて)


アインシュタイン:「お二人は船を『今ここにある物体』として見ている。でも、私の見方では、それは問題の一面しか捉えていない」


ホッブズ:「というと?」


アインシュタイン:「想像してみてください。あなたがこの船の上で、光の速度に近い速度で航海したとしたら……」


(アインシュタイン、手振りを交えながら)


アインシュタイン:「あなたにとっての時間と、地上に残った人にとっての時間は、異なる速さで流れる。『同時』という概念すら、観測者によって異なるんだ」


アリストテレス:(興味深そうに)「時間が……異なる速さで流れる?」


アインシュタイン:「ええ。そして、そのことが示唆するのは、『今』という瞬間に特権的な地位はないということです。過去も、現在も、未来も、ある意味では等しく『存在』している」


(アインシュタイン、船の模型を見ながら)


アインシュタイン:「この船は、建造されてから今日まで、時間の中を旅してきた。その旅路全体が、一つの四次元的な存在なんだ。私たちはそれを『時空虫』と呼ぶこともある」


ホッブズ:「時空虫?」


アインシュタイン:(笑いながら)「変な名前でしょう?でも、イメージしやすいと思って。蛇のような存在が、時間の中を這っていると考えてください」


(アインシュタイン、両手で蛇がうねる動きを表現する)


アインシュタイン:「今、船Aと船Bがここにある。でもそれは、その長い時空虫の『今この瞬間の断面』に過ぎない。どちらが本物かと問うのは……」


(アインシュタイン、肩をすくめて)


アインシュタイン:「どの断面が本物の蛇かと問うようなものさ」


あすか:「つまり、どちらも本物であり、どちらも本物ではないと?」


アインシュタイン:「そう言ってもいいかもしれないね。少なくとも、『どちらか一方だけが本物』という問いの立て方自体を、私は疑問に思うよ」


(アリストテレスとホッブズが考え込む様子を見せる)


あすか:「なるほど、第三の視点ですね。そして……」


(あすか、ウィトゲンシュタインに向かう。彼はずっと黙って議論を聞いていた)


あすか:「ウィトゲンシュタインさん。いかがでしょうか?」


(長い沈黙。ウィトゲンシュタインは三人を順番に見つめてから、ゆっくりと口を開く)


ウィトゲンシュタイン:「……この問いは無意味だ」


(スタジオに静寂が広がる)


あすか:(驚いて)「無意味、ですか?」


ウィトゲンシュタイン:「あなた方は『本物』という言葉を使っている」


(ウィトゲンシュタイン、鋭い視線で三人を見回す)


ウィトゲンシュタイン:「だが、その言葉で何を意味しているのか。それが明確でない限り、答えなど存在しない」


アリストテレス:「私は明確にしたつもりだが。形相の連続性だ」


ウィトゲンシュタイン:「それは『本物』の定義ではない。それはあなたが『本物』という言葉をどう使いたいかを表明しただけだ」


(ウィトゲンシュタイン、ホッブズを見て)


ウィトゲンシュタイン:「あなたも同じだ。物質の構成を基準にしたいと言っているだけだ」


ホッブズ:(やや苛立ちながら)「では、この問題には答えがないというのかね?私が定式化したこの問題を、無意味だと切り捨てるのか?」


ウィトゲンシュタイン:(静かに)「無意味ではない。問いの形式が間違っているだけだ」


(ウィトゲンシュタイン、立ち上がり、窓の方を向く)


ウィトゲンシュタイン:「正しい問いは『どちらが本物か』ではない。『我々は「テセウスの船」という言葉をどのように使いたいか』だ」


(振り返って)


ウィトゲンシュタイン:「言葉の意味は、使用によって決まる。君たちは言葉の中でぐるぐる回っているだけだ」


(ウィトゲンシュタイン、静かに席に戻る)


あすか:(少し戸惑いながらも、興味深そうに)「つまり、これは哲学の問題ではなく、言葉の定義の問題だと?」


ウィトゲンシュタイン:「哲学の問題の多くは、言葉の問題だ」


(四人の間に複雑な空気が流れる。アリストテレスは考え込み、ホッブズは不満そうな表情、アインシュタインは興味深そうに頷いている)


あすか:(クロノスを見ながら、カメラに向かって)「四者四様の立場が出揃いました」


(クロノスの画面に、四人の主張がまとめられて表示される)


あすか:「形相を重視するアリストテレス先生は『船A』。物質を重視するホッブズさんは『船B』。時空を統一するアインシュタインさんは『どちらも本物の一部』。そして言語の限界を問うウィトゲンシュタインさんは『問い自体が無意味』」


(あすか、四人を見渡してから、カメラに向かって微笑む)


あすか:「さあ、ここから本格的な知の戦いが始まります。ラウンド1のテーマは『同一性とは何か?』」


(背景に「ROUND 1」の文字が浮かび上がる)


あすか:「2500年の時を超えた哲学バトル、開幕です!」

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