プロローグ
戦争は終わった、と人は言う。
終わったという言葉だけが、瓦礫の上を歩いている。
東京は未だ東京の形をしている。 高層ビルは空を指し、道路は線として残り、駅名のプレートも読める。
ただ、そこに意味はない。
人がいなくなった場所に名前だけが残るのは、ある意味墓標に近い。
朝、決まった時間に目を覚ます。 爆音で起きることはもうない。 それでも身体は勝手に身構える。
戦争が終わっても、体は戦争の中に置き去りにされたままだ。 窓の外を見る。 雲は低く、空は鈍い。 光はあるが、明るくはない。 照らすための光ではなく、確認するための光だ。
街を歩くと、あちこちに痕跡がある。
壁に残った焦げ、意味を失った検問所、途中で放棄されたバリケード。 誰が守り、誰が攻めたのかなんていうのはもう判別できない。 ただ壊れたという事実だけが、平等に残っている。
政府は「戦後復興」という言葉を使う。 僕はその言葉を信用していない。 復興とは、元に戻すことだ。 でも、この街は元から壊れていた。 戦争は、それを露出させただけだ。 僕は手帳を持ち歩いている。 今日見たもの、聞いた音、感じた匂い。
生き延びた理由がわからないから、せめて記録する。 記録は、まだ世界と接続している証拠になる。 銃声はもう聞こえない。
それでも、静けさが不穏なのは変わらない。 戦争が終わったからではない。 次の形をした何かが、まだ名前を与えられていないだけだ。 これは、英雄の話じゃない。 正義の物語でもない。 ただ、戦争のあとに残された時間についての記録だ。
ポスト・ベルムーー
戦後と呼ばれた時代の戦争の記録である。




