妹に手柄を奪われ婚約破棄されましたが、私の淹れた『出がらし茶』がないと王城は不眠地獄に落ちるようですね? ~氷の宰相閣下に拾われて、極上の安眠と溺愛をご提供します~
「リリィ・アンスロット。君との婚約は、今この時をもって破棄する!」
王宮の夜会、その煌びやかな大広間の中心で、第二王子エドワード様の声が響き渡った。
音楽が止まり、貴族たちの視線が一斉に突き刺さる。
私の隣に立つエドワード様は、私の妹であるマリアの腰を抱き寄せ、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「……殿下。理由は、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「理由だと? 君が一番よくわかっているはずだ。その地味な見た目、陰気な性格! そして何より、私の疲れを癒やす『聖女の茶』を淹れられない無能さだ!」
ざわり、と会場がどよめく。
聖女の茶。それは最近、王宮で流行している特殊なハーブティーのことだ。飲むだけで魔力の昂りを鎮め、深い安眠をもたらす奇跡の茶。
それを淹れていたのは――私だ。
「お姉様、ごめんなさいねぇ。エドワード様ったら、私の淹れたお茶じゃないと、もう眠れないとおっしゃるの」
マリアが扇で口元を隠し、嘲笑うように私を見た。
亜麻色の地味な髪の私とは違い、マリアは愛らしいピンクブロンド。見た目も華やかで、両親にも溺愛されている。
彼女は私が調合した茶葉を厨房から盗み、さも自分が淹れたかのように振る舞っていただけだ。
「マリア、それは違います。あのお茶は私が……」
「嘘をつくな!」
エドワード様が怒鳴り声を上げ、私の言葉を遮った。
「マリアの献身的な愛が、茶に魔法をかけているのだ。魔力鑑定でも『誰の魔力か不明だが、高い鎮静効果がある』と出ている。君のような魔力の少ない女に、あんな芸当ができるわけがないだろう!」
ああ、そうだ。
私は魔力量が少ない。だから、少しでも役に立ちたくて、薬草学を死に物狂いで学んだ。
私の魔力は「放出量」は少ないが、「質」が特異で、植物と共鳴しやすい。その特性を活かして、一晩じっくりと魔力を練り込んだ茶葉を作っていたのだ。
それを、愛だと? マリアの愛だと言うのですか?
(……もう、いいか)
ふと、私の中で張り詰めていた糸が切れた。
毎日、睡眠時間を削って茶葉を選別し、エドワード様の顔色を伺い、公務の補佐をしてきた。
けれど彼は、その成果をすべてマリアのものだと信じ込んでいる。
これ以上、何を言っても無駄だ。
「わかりました。婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「ふん、やっと認めたか。衛兵! この女を会場からつまみ出せ! 顔も見たくない!」
衛兵たちが躊躇いがちに近づいてくる。
私は淑女の礼を深く行い、顔を上げた。
「エドワード様。最後に一つだけ」
「なんだ、命乞いか?」
「いいえ。――今夜からは、どうぞご自身の力で眠ってくださいませ」
それだけ言い残し、私は背を向けた。
背後で「負け惜しみを!」という嘲笑が聞こえる。
いいえ、負け惜しみではありません。
あれは、ただの事実。
私の魔力が籠もっていない茶葉など、ただの枯れ草と同じなのですから。
◇
王宮の回廊を、一人で歩く。
実家に戻っても、マリアを溺愛する両親に責められるだけだろう。修道院へ行くべきか、それとも街で薬師として働くか。
コツ、コツ、とヒールの音が虚しく響く。
その時だった。
「――おい」
地を這うような低い声が、廊下の陰から聞こえた。
ビクリと肩を震わせて振り返る。
そこに立っていたのは、漆黒の髪に、凍てつくような蒼い瞳を持つ長身の男。
王国の行政を一手に担う『氷の宰相』、クラウス・フォン・ユグドラシル公爵閣下だった。
「か、閣下……? 夜会には参加されないと伺っておりましたが」
「うるさいのが嫌いだ。……それより、匂うな」
クラウス様は無愛想にそう言うと、ずいっと私に顔を近づけた。
整いすぎた顔立ちが目の前に迫り、思わず後ずさる。
彼の目の下には、濃い隈があった。
「に、匂い、ですか? お酒臭かったでしょうか……」
「違う。……ラベンダーと、カモミール。それから、希少な『月の雫草』の香りだ」
私は息を呑んだ。
『月の雫草』は、私が独自に配合している隠し味だ。誰にも教えていない。
「お前だろ。第二王子に茶を淹れていたのは」
「え……」
「妹の茶からは、ただの香水の臭いしかしなかった。だが、お前からは『あの茶』と同じ、鎮静の魔力を感じる」
クラウス様は私の手首を掴み、ぐい、と引き寄せた。
冷たい指先。けれど、その瞳は熱っぽいほどに私を捕らえていた。
「俺は、三日寝ていない」
「さ、三日!?」
「限界だ。……お前が本物なら、俺を眠らせてみろ」
「は、はい?」
「俺の屋敷に来い。給金は弾む。衣食住も保証する。もし俺を眠らせることができたら、望むものをすべてくれてやる」
それは、あまりにも強引な勧誘だった。
けれど、掴まれた手首から伝わる彼の魔力は、悲鳴を上げるほど乱れていた。過労と魔力過多による自律神経の崩壊。このままでは命に関わる。
薬師としての血が騒いだ。
「……わかりました。ですが、条件があります」
「言え」
「お茶を淹れる道具と、静かな場所をください。それと……私のことは、使用人として扱ってください」
「却下だ」
「へ?」
クラウス様は、私の体をふわりと横抱きにした。
いわゆる、お姫様抱っこだ。
「きゃっ!?」
「使用人にはしない。俺の『専属』だ。……暴れるな、落とすぞ」
「お、落とさないでください!」
こうして私は、婚約破棄されたその足で、氷の宰相閣下にお持ち帰りされてしまったのだった。
◇
公爵邸に到着すると、すぐに湯を沸かし、私は手持ちのハーブポーチから茶葉を取り出した。
クラウス様の体質に合わせて、配合を変える。
彼はソファに深く沈み込み、気だるげに目を閉じていた。
(魔力循環が滞っているわ。これじゃあ、体が痛くて眠れないはず)
私は丁寧に淹れた琥珀色の紅茶を、サイドテーブルに置いた。
「閣下、できました」
「……あぁ」
クラウス様がカップを手に取り、一口含む。
その瞬間、彼の眉間の皺が、すぅっと消えた。
「……これだ」
「お口に合いましたか?」
「あぁ……体が、解けていくようだ……」
ほう、と長い息を吐く。
それだけで終わらなかった。
彼はカップを置くと、私の手を掴み、自分の頬に押し当てたのだ。
「か、閣下!?」
「手もだ」
「はい?」
「茶だけじゃない。お前の手からも、同じ波動が出ている。……冷たくて、気持ちいい」
クラウス様は私の手を枕にするようにして、ソファに倒れ込んだ。
大きな体が、子供のように丸まる。
そして、数秒もしないうちに、安らかな寝息が聞こえてきた。
(……本当に、限界だったのね)
私は動くに動けず、彼の頬に手を添えたまま、その寝顔を見つめた。
起きている時は恐ろしい形相の『氷の宰相』も、寝顔はあどけない。
エドワード様には「地味だ」「つまらない」と言われ続けた私の手。
それを、この人は「気持ちいい」と言ってくれた。
胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。
◇
翌朝。
クラウス様が目覚めた時、事態は急変した。
彼は十時間も爆睡し、長年の隈が嘘のように消え、肌がツヤツヤになっていたのだ。
「……十年ぶりに、朝まで寝た」
「それは良かったです」
「リリィ。結婚しよう」
「飛躍しすぎです!」
朝食の席でプロポーズされた。
断ろうとしたが、彼は食い下がる。
「俺にはお前が必要だ。お前がいないと、もう生きていけない体になった」
「言い方が誤解を招きます!」
「金も権力も、この国での地位も、すべてお前にやる。だから俺の側にいろ」
その瞳は、獲物を狙う肉食獣のように爛々と輝いていた。
氷の宰相どころか、これでは炎の宰相だ。
そんな平和(?)な朝を過ごしていると、公爵邸に王宮からの急使が飛び込んできた。
顔面蒼白の使者は、クラウス様に縋り付いた。
「た、大変です宰相閣下! 第二王子殿下が倒れられました!」
「……ほう?」
クラウス様が優雅に紅茶を飲む手が止まる。
けれど、その表情は楽しげですらあった。
「昨晩、マリア嬢が淹れたお茶を飲んだところ、全身に蕁麻疹が出て、高熱と幻覚にうなされ……『眠れない、悪夢だ!』と叫び回っておられます!」
「へえ」
「さらに、マリア嬢も『私のせいじゃない』と泣き叫び、収拾がつきません! 至急、王宮へお戻りください!」
私は思わず口元を押さえた。
マリアが使った茶葉は、私がストックしておいたもののはず。だが、あの茶葉は「私の魔力」を通して抽出しないと、ただの苦い薬草だ。しかも、素人が適当に混ぜると、素材同士が喧嘩して軽い毒になることもある。
(……忠告は、したはずよ)
「断る」
クラウス様が短く切り捨てた。
「は?」
「俺は今、休暇中だ。リリィとの新婚生活の準備で忙しい」
「し、新婚……!? しかし、殿下の命が!」
「自業自得だ。本物の宝石をドブに捨て、泥団子を拾った愚か者の末路など、知ったことではない」
クラウス様は立ち上がり、私の肩を抱いた。
「それに、リリィは俺のものだ。王家だろうが何だろうが、二度と渡さん」
「閣下……」
「行くぞ、リリィ。今日は街へ出て、君に似合うドレスを買い占める。全部だ」
「ぜ、全部はいりません!」
使者を置き去りにして、私たちは部屋を出た。
その後、エドワード様は三日三晩苦しみ、ようやく回復した頃には王位継承権を剥奪されたと聞いた。原因不明の病(実際はただの食あたりと睡眠不足)により、公務に耐えられないと判断されたのだ。
マリアも「王族に毒を盛った」という疑惑をかけられ、生家は没落。修道院へ送られたらしい。
王宮からは何度も「リリィ嬢を返してほしい」という手紙が届いたが、そのすべてをクラウス様が握りつぶした(物理的に燃やした)。
「リリィ、今日のお茶は少し甘めがいい」
「はい、蜂蜜を多めに入れますね」
「……口移しなら、もっと甘いんだが」
「……寝言は寝てから言ってください」
「なら、今から寝室へ行こうか」
「まだ昼です!」
氷の宰相は、どうやら私限定で甘味王子になってしまったのだった。
地味で退屈だった私の毎日は、この過保護で独占欲の強い旦那様のおかげで、今は少しだけ騒がしく、そしてとびきり甘い。
最後までお読みいただきありがとうございます!
「スカッとした!」「宰相の溺愛っぷりが良い!」と思っていただけましたら、
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