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(1) 彼の物語は既に遠く

「……わたしね、あなたに逢えて……良かった。あなたと一緒に旅が出来て……本当に、良かった」


 まるで後生の別れの様に、彼女は俺にそう言った。俺にも彼女にも似合わない明るく眩い日差しの下……彼女は流れる川のせせらぎに耳を傾けながら空を見上げる。

 厚い、とても厚い雲は普段は世界を光から遠ざけようとしているかのようだった。しかし今はまるで彼女の決断を祝福しているかのように、惜しみなく光を降り注がせる。果たしてそれは英断なのか、それとも……。

 俺は何も言わずにじっと彼女の横顔を眺めていた。こうして彼女の事を見つめるようになってどれくらいの時が経っただろうか……。思えば長いようで……短い旅だった。


「二人きりに、なっちゃったね……」


 寂しげな呟き……。そうして彼女は岩と砂だらけの川原に腰を下ろし、長くしなやかな指先で砂に言葉を描き始める。それは彼女がこの旅で学び、出会った人々の名前……。それは単純な作業だった。そして思い出を小瓶に入れて美しいまま閉じ込めるような作業でもあった。

 そうして紡がれる様々な言葉に俺は静かに記憶を遡っていた。そう、彼女はずっと孤独だった……。だが孤独ではあったが、それでも同じ孤独を分け合える仲間達と出逢った。それは仲間と呼ぶのもおこがましいほど、それぞれが身勝手に自分のエゴに振り回される者達だったが……。それでも、“ひとり”を紛らわせるくらいには優しい場所があった。

 何人かの名前を紡ぎ、そして彼女は言葉を止めた。今は……本当の意味で孤独の中に沈んでいる彼女が、どうしようもなく狂おしい寂しさと切なさの中に身を置いている事は俺には直ぐに判った。そうしてどこにいるのかも判らない俺へときょろきょろ視線を向け、微笑む。


「ねえ……? もう、思い出したんでしょ? 教えて欲しいな……。あなたの、名前」


 少し驚いたのは、これだけ一緒に居たというのにまだお互いの名前すら知らなかったと言う事実か……。それとも彼女がそれを知りたがるくらいに成長した事か。あるいは意思疎通の出来るはずのない俺たちが、こうしてさも言葉を交わしているかのように在る事か……。

 いや、恐らくはそのどれもが正解なのだろう。そして俺は彼女の言葉に……存在しない唇で言葉を紡いだ。きっと、それは彼女に届いていたと思う。俺の名前を呼び、そして彼女はゆっくりと歩き出した。


「――行こう。あなたとの約束を……果たさなきゃいけないから……」


 それは……とても長いようであっという間の物語だった。彼女は歩いていく……。愛する全てを失ったとしても、交わしたたった一つの約束を守る為に……。

 最後の旅が始まった。俺は彼女にどこまでもただついていく事しか出来ない。波も、風も、全ては俺ではなく彼女次第……。だが俺はそんな旅がそれなりに気に入っていたのだ。そんな事に、今更になって気づいた。

 始まりは……とても昔の事のように思える。まだそれは俺に肉体が存在していた頃……。“世界の最奥”を目指した一人の愚かな男は、やがて一人の女神に出会った。そしてそれが全ての悲劇と、そして幸福の始まりだった……。




光眼のアジュール




「あなたの……名前は?」


 女神は俺にそう問いかける。俺は手にした剣を降ろし……そして名乗った。神に願い、そして己の存在の過ちを正す為に。

 俺が見た全ての物語を今語ろう。彼女が歩み、そして過ち、血塗られて繰り返してきた、殺戮と懺悔、憎悪と愛の物語を――――。


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