5/45 動機ーお花畑に咲く花
10日後
神野は倉田をオフィス近くのカフェに呼び出した
「あれ、俺って出禁になっちゃった?
おねーさん、コーヒーください」
来るなり倉田は軽口を叩いた
今日はパーカーにデニムというラフな格好だが、何気にハイブランドだ
「まさか本気でナツを口説いてたなんて思ってないよね」
「思わねーよ、おまえ年上派だろ
それよりこの間の件だが」
神野は少なからずイラっとしたが、それを悟られないように話を変えた
「俺なりにリサーチして気になることがあった」
どうぞ、と言うように倉田は両手を広げた
「まず、おまえの会社、兄さんとこの傘下だな
おまえの兄さんがバカでかい会社を、一代で築いた凄腕だってのは知ってるが
あの人のことずいぶん嫌ってたのに、どういうことだ?」
神野は倉田から兄の悪口を散々聞かされていた
出来が良すぎる兄へのコンプレックスかと思っていたが、家庭の事情が複雑そうなのでそれだけでもないらしい
倉田に言わせると『人の心がない』冷徹な経営者なのだそうだ
起業の苦労を知っている神野は、経営者なんて多かれ少なかれそんなもんだと思っていたが
「いまだってあいつのことは大っ嫌いだけど…背に腹はってやつだよ
でも問題ないだろ、むしろ財務的には安定する」
「ようするに頭下げて譲ってもらったのか?」
「まぁ、そういうことだ
奴は正真正銘のユニコーンだから、サーバ会社くらいすぐに用意してくれたよ」
「そこまでしてやりたいことが『選挙』っていうのが腑に落ちない」
言われた倉田は話しにくそうに口をつぐんだ
「言わなくてもいいけど、俺を巻き込むな
兄さんに選挙PRやってる会社でも買収してもらえ」
「わかった、話すけど笑うなよ」
「笑える話なのか?」
倉田は首を横に振って話し出した
「エナを覚えているか?」
「ああ、前におまえが見せびらかしにきた彼女だろ
ちょっとあり得ないくらい綺麗だったな
可愛らしくて儚げで、それこそ『妖精』みたいな」
「綺麗なだけじゃなく、しっかりと自分を持ってる人だったよ
でも、彼女はもうどこにもいないんだ」
「え? そんな」
「もともと長くは生きられない人だった」
「そうか、すまん、無理に話さなくてもいいぞ」
「彼女が俺の動機だ
重い話ですまないが聞いてくれ」
神野は頷き、倉田は話し始めた
とても静かな口調だった
「エナはね、兄貴の会社のボランティア活動の一環で行った、ある国の難民救済用の病院で出会ったんだ
かなり重い病気でね、父親が日本人でその縁で日本で治療しようと連れて来た
でも手遅れだった」
辛い話だろうに、ほとんど表情を変えずに話し続けている倉田が、神野は少し心配になった
しかし、倉田は淡々と話し続けた
「彼女は日本がとても平和で美しい国だって喜んでた
何より選挙権が国民全員にあるのが素晴らしいって
独裁国家に生まれた彼女は一度も選挙なんて行けてないんだ
俺はちょっと恥ずかしかった
日本の投票率ってかなり低いだろ」
「そうだな」
「そしたらなんだか腹が立って
なんも考えずにぼーっとしてるくせに、文句ばかり言ってるやつらにさ
選挙行くのがカッコ悪いって風潮がいちばん悪いって思ったんだ」
「それで『選挙』なのか?」
「いままでにない『カッコイイ選挙』をやってみたい
神野ならできるんじゃないかって思った
信じなくてもいい
これは俺がエナに勝手に約束したことだから」
ここで倉田が涙でも見せたら神野は信じなかっただろう
ただ、嘘だとは思わなかったが神野の感想は
(イタイ奴だな~)
だった
【余計なお世話書き】
「動機」は倉田くんにとって真剣で、はたから見るとバカバカしいものならなんでもよかったんですか、この人の奇妙な感じを出したかったんで、奇妙な恋バナとなりました。