プロローグ
早春の薄雲を透かして降り注ぐ光が淡い午後
春疾風が吹き抜ける駅前の小さな広場で、彼は叫んでいた
拡声器を使っても風で声は拡散してしまうが、構わず真っすぐ前を見て、届くと信じて彼は叫んでいた
傍らに置いた自転車に括りつけられたのぼり旗が、強い風に煽られはためいている
旗は鮮やかなエメラルドグリーンで染められていた
初当選以来ずっと使っているイメージカラーで、いま彼が着ているのも同じ色のジャンパーだ
彼の名は『大塚たつや』
この小さな町で4回の当選を果たしている市議会議員
ただし、いつも当落ラインギリギリの無所属議員だ
議会以外のルーティンとして、週に一度は路上演説会や市民交流会を開いているので、その熱心さは評価されているということか
今日の聴衆は5人ほど
大きく腰の曲がった女性
難しい顔をしている50がらみの男性
にこやかに頷く白髪頭の男性
とくにリアクションもなく聞いている若い男性
買い物に行く途中に寄ったママチャリの女性
ここまではいつものメンバーだ
ただその日は、少し離れたバスのロータリーに、こちらを伺う男の姿があった
最初はただバスを待つ客だと思っていたが、バスが来ても乗る様子はなく、彼の話に聴き入っている
黒いスーツを着た長身細身のその男は、春の光の中でひどく場違いなものに見えた
大塚はその男にも届くよう、さらに大きな声で叫ぶ
いつの頃からか、この町の、この国の行く末に対する、漠とした不安が彼を突き動かしていた
黒い染みのように佇む男が、大塚の言葉にできない不安を具現化しているように思えたのだ
やがて彼の話は終わり、聴衆はパラパラと拍手をし、何人かが「がんばってね」と声をかけて去っていった
ひとりひとりに丁寧に頭を下げ、握手を返す大塚に、黒いスーツの男が近づいてきた
「ありがとうございます」
大塚はその男にも深く頭を下げた
男は30歳ほどだろうか、鋭い目つきを隠そうとするかのように笑顔を浮かべている
「お疲れ様です
すみません、私はこの町の有権者ではないんです」
「それなのに、わざわざ聞いてくださったんですか?」
「はい、私、こういうものです」
男は名刺を差し出してきた
「株式会社Linxの代表、神野さん
プロモーション会社の方、ですか?」
(若き起業家ってやつか)
偏見かもしれないが、大塚はこういう横文字職業の起業家は、ギラギラとブランド物で着飾っているものだと思っていた
だが、神野と名乗ったこの男のジャケットの中は白いTシャツで、アクセサリーどころか時計もしていない
革製の薄いブリーフケースを持っているだけだ
「そういったこともやっていますが、WEBプロデュースを得意としています」
神野は大塚が差し出す名刺を受け取りながら言った
「はぁ、なるほど
えっと、私にどのような」
もちろん大塚はこの手のアプローチに慣れていない
泡沫候補の自分にプロデュースなど縁のないものと決め込んでいた
だが、この男が次に発した言葉は、さらに意外なものだった
「大塚さん、次回の市長選、出馬しますよね?」
【余計なお世話書き】
あまり考えずに取り急ぎ書いたので確認のため後書きしています。
邪魔くさければ飛ばしてください。
純文学っぽくカッコよく書こうとして痛々しくなっておりますw。
この調子はここだけです。
ここでのやりとりは後々、出てきますのでちょっと覚えておいていただけたらと思います。