8話
王子さまはおしろの一番大きなたてもののとびらを力をこめて引っ張りました。とびらはおもかったけれど、音をたてることなくひらきました。王子さまが一歩足をふみいれると、どこからともなく魔女の声が聞こえてきました。
王子さま、お待ちしておりました、わたしはあなたをかんげいしますよ。王子さまが魔女に話しかけるより早く、ネズミが魔女にどなりました。すがたも見せないなんてなんてぶれいなやつめ、どこにいる、ネズミがカンカンになって言うと、魔女がたのしそうにわらうこえがします。
王子さま、小さなおともだちができたのですね、わたしもおひめさまもここでさびしくまっていたのに、そう魔女が言うとろうかの先のとびらがひらきました。王子さま、とびらの先のかいだんを上がってきたら、わたしはそこでまっていますよ、そう言いのこすと魔女の声はきこえなくなりました。
魔女が本当のことを言ったのか王子さまにはわかりません。でも王子さまはまえに歩いていくときめていました。きっと魔女によばれなくても王子さまはかいだんをのぼったにちがいありません。王子さまがとびらをくぐると、たしかにそこには長い長いかいだんがありました。
かいだんは王子さまがふるさとのおしろから見るみずうみや、おひめさまのひとみよりも、もっともっと青いふしぎな色でした。でもなぜか王子さまはその色を知っていました。しばらくかんがえた王子さまはそれが魔女のくびかざりの色だと思い出しました。
このかいだんにも魔女のふしぎな魔法がかかっているかもしれません。そう思った王子さまが少しこまっていると、王子さま、わたしがさきにのぼってます、ネズミがそう言ってかいだんをチョロチョロとかけあがっていきました。
かいだんをあがった先の大きな大きなひろまでまちうける魔女。そのとなりにはやはりうつくしいかがやきの氷にとじこめられたおひめさま。魔女は魔法の力で、ネズミがポケットからとびだして、長い長いかいだんをのぼってくるのを見ると、うっすらとわらいました。
小さなネズミがやっとのことでかいだんをのぼりきって、たどり着いたさきにはなんだかあやしいけむりがたちこめて、ネズミには先を見ることができません。ネズミがこまっているのをみて魔女はたのしそうにこえをかけます。
ネズミさん、わたしはあなたを待ってはいませんよ、大丈夫だからはやく王子さまをつれていらっしゃい、そう魔女が言うと、ネズミはプンプンとおこりましたがどうすることもできずに王子さまのところへもどっていきました。
王子さま、はやくいらっしゃいな、そうしたら全部がおわって全部がはじまるのです、魔女はだれにもきこえないとわかっていて、そうつぶやきました。
ネズミがちょっとしょんぼりしたようすで王子さまのところへもどり、魔女のことばを王子さまへつたえました。ネズミさん、ありがとう、がんばっていっしょにいこう、王子さまはネズミにこたえると勇気を出してかいだんをのぼりはじめました。
王子さまとネズミがかいだんを全部のぼると、そこにはさっきのあやしいけむりはありませんでした。かいだんのむこうにはおおきなひろま。そのまんなかに氷にとざされたおひめさまと、魔女が立っています。
王子さまは剣と盾をかまえてゆっくりとひろまをすすんでいきます。その目はじっと魔女をみつめています。魔女はみずうみの国にやってきた時とおなじきれいな黒いかみとうみの色のくびかざり、そしてとてもたのしそうににこにこわらっています。
王子さまは魔女のそばまで歩いていくと、氷にとじこめられたいもうとのおひめさまを見つめました。そして、魔女さん、いもうとをかえしてください、と言いました。
王子さま、少しおはなしをしましょう、魔女はそうへんじをしました。王子さま、いもうとのおひめさまを、どうしてかえしてほしいのですか、魔女はそうたずねました。王子さまはびっくりしました。いもうとだからです、そう王子さまはこたえました。
でも王子さま、あなたにはおひめさまはいらないでしょう、魔女はことばをつづけました。王子さまには魔女のいいたいことがさっぱりわかりません。王子さま、だってあなたはいもうとがいなくても、りっぱに森のフクロウまでたどりついて、西の山の大きな鳥のしれんをのりこえて、そしてここまでやってくることができました。王子さま、あなたはかしこい王さまにべんきょうをおそわって、りっぱな王子さまになることができるのです。
でも魔女さん、ぼくはいもうとがいないととってもさびしいのです、お父さんもきっとそうです、だから魔女さん、いもうとをかえしてください。王子さまには魔女が言ったことがよくわかりません。だから大きな声でもう一度魔女におねがいしました。
本当ですか、王子さま、魔女はうっすらとわらって聞きました。王子さま、本当にさびしいのですか、今だってあなたのポケットには小さなおともだちがいるでしょう、そう言って魔女はネズミをゆびさします。
王子さまはあんまり怒ってしまって、思わず剣をふりかざしそうになりました。王子さまはネズミがたいせつなともだちだけど、それとおひめさまはちっともかんけいないと思ったのです。でも魔女はかいぶつでもないし、へいたいのように剣をもってはいません。王子さまはがまんしてもう一度さいしょからおねがいしました。
魔女さん、ぼくとネズミさんはともだちだけど、それはいもうとがいなくてもさびしくないとはちがいます、ぼくはいもうとがいないとさびしいのです、そう言って王子さまはおじぎをして魔女におねがいしました。
魔女はなにもこたえないで王子さまをじっと見ています。王子さまは魔女のきもちがかわるまでずぅっとあたまを下げているつもりでいました。
王子さま、かおを見せてくださいな、ところが魔女はそう言いました。王子さまは西の山の大きな鳥のしれんの時を思い出して、魔女をきらきらしたひとみでしっかりと見つめました。王子さまのまっすぐなひとみを魔女は黒い目で見つめかえすと、ゆっくりとはなしだしました。
王子さま、あなたは本当にさびしかったですか、ただおひめさまがいなくなったことにびっくりしただけではありませんか。さびしいということを王子さまはきっと知りません、それはとてもとても心がつめたくなってしまう気持ちなのです。王子さま、おひめさまを閉じこめている氷にさわってくださいな。
魔女に言われて王子さまはすなおに氷にさわりました。それはとてもひんやりしていて、王子さまはブルっとふるえました。
王子さま、その氷はわたしの魔法じゃないのです、おひめさまの心なのです、そう魔女は言いました。王子さま、おひめさまはずっとずっと、お母さんがしんでからさびしかったのです、その氷はおひめさまが心の中にかくしていた気持ちなのです、魔女はそう言って王子さまのとなりに立ちました。
王子さまは妹を閉じこめた氷を見つめるとなみだをこぼしました。すると氷は王子さまのなみだが落ちた所だけ、少しとけたではありませんか。王子さま、王子さまのなみだでこおりが、ネズミはそれに気づいてビックリして大きな声を出しました。
魔女はそっとほほえむと、その通り、おひめさまの心の氷ですから、王子さまがおひめさまを思う気持ちでとけます、といいました。でも王子さま、それはちょっとずつ、ちょっとずつです、何年かかるかしら、魔女は王子さまががっかりしてしまうような言葉をつづけました。
でも王子さま、わたしは王子さまの気持ちを、魔法の力で大きくしてさしあげます、そうすればあっという間に氷はとけるでしょう、魔女はさらにそうつづけました。魔女さん、おねがいします、魔法の力をつかってください、王子さまはもう一度、だけど今までとかわらずとてもしんけんにお願いしました。
王子さま、魔法の力はとてもたいへんなものです、王子さまの今の気持ちではきっとたりません、魔女はそうこたえました。なんでおまえにそんなことがわかる、王子さまのやさしい心がたりないというのか、ネズミはまたカンカンになって魔女に言いました。
王子さま、だっておひめさまはとてもさびしかったのですよ、王子さまがとてもやさしくても、おひめさまはさびしかったのです、王子さまのやさしさはきっとおひめさまを助けるにはたりない、何がたりないのか、王子さま、いっしょうけんめいかんがえてごらんなさい、魔女は王子さまに言いました。
その言葉に王子さまはむかしむかしになくなったお母さんのおうひさまや、森のフクロウの声を思い出しました。そして王子さまは魔女はいじわるで言っているのではないとわかったのです。王子さまはいっしょうけんめい、妹をたすけるための本当のやさしさについてかんがえはじめました。




