5話
とうとう西の火の山にたどり着いた王子さまがけわしい山道を登り始めると、火の鳥の試練がおそいかかります。
王子さまが西の火の山をのぼりはじめてからしばらく経つと、さっきまできれいに晴れていた空にくろいくもがもくもくとわきあがってきました。くもの作るかげは王子さまとネズミがマゴマゴしているあいだにもどんどん広がっていって、あれよあれよと言う内に雨がザーザーとふってきました。
王子さまがころばないように気をつけながらあまやどりのできる木かげをさがしていると、とつぜんピシャーンという大きな音とともにはげしい光が二人にぶつかってきました。ネズミはびっくりしてしっぽの先までピーンとのばしました。
王子さまはこれはかみなりと言うんだよ、とおしえてネズミをなだめると、かみなりがおちないように木のそばに近づくのをあきらめました。このはげしい雨の中で歩くところんでしまうかもしれない、そう思った王子さまがいったんすすむのをやめて雨がやむのを待とうとかんがえていると、もう一度まるで世界のおわりがやってきたような光と音が西の火の山ぜんぶにひびきわたります。
その光の中に王子さまはしんじられないほど大きな大きな鳥のかげを見つけてしまいました。王子さまはそのかげこそ王子さまが会いにきた西の火の山の鳥だとわかりました。そしてこのかみなりと大雨は火の鳥がおこしていると思いました。
もしもそうならこれも王子さまの勇気をたしかめるためのしれんかもしれない。そう思った王子さまはポケットにネズミがしっかりかくれているのをたしかめました。それでネズミも王子さまがこの大雨の中をまえにすすもうとしているとわかり、あわてて止めようとかみなりや風の音に負けないようにせいいっぱいの大きなこえで王子さま、まってくださいと言いました。
でも王子さまはネズミがよびかけているのが聞こえても知らないふりをしました。本当は王子さまもかみなりがこわかったのです。こんなすごいかみなりをおこす火の鳥がとてもとてもこわかったのです。どうしたらよいかこまってしまった王子さまはフクロウからもらったくびかざりをギュッとにぎりしめました。
すると王子さまの心の中にフクロウのやさしいこえがきこえてきました。きれいなかみの王子さま、とうといお方、とてもこわい時に前に進むことこそ勇気のあかしだよ、と。その言葉を聞いた王子さまはいったん目をとじました。
そうするとかみなりの大きな音とザーザーと雨がふる音がはっきり聞こえます。まぶたのうらにはかみなりのギラギラした光と、その中に見える大きな火の鳥のかげ。王子さまは自分がこわくてこわくて、雨のさむさとはちがうりゆうでふるえていることに気付きます。
だけど聞こえてくる音はそれだけではありませんでした。ポケットの中から自分をしんぱいしてひっしによびかけるネズミの声。そしてさっき聞こえたフクロウのはげましの声。その二つにしゅうちゅうしているとまるで火の鳥のさあどうする?という問いかけも聞こえてくるような気がします。僕は前に進む、そう心の中でへんじをした王子さまは、一歩一歩ぬれてツルツルとすべりそうになるやまみちをしっかりふみしめてのぼっていきました。
王子さまがいっしょうけんめいのぼっていると大きな黒いくもはいつのまにかきえてしまい、太陽が雨でつめたくなった王子さまの体をあたためてくれました。それでも王子さまのはく息は白くくもっていたので、ネズミは王子さま、少しきゅうけいしませんかと言いました。
それで王子さまは自分がいつの間にかヘトヘトにつかれていたことに気がついて、ありがとう、ネズミさんとへんじをしました。そしてとても大きないわをベッドのかわりにしてねころんで目をとじました。
ネズミはポケットからチョロチョロと出てくると王子さまに、あなたがたすけようとしているいもうとのおひめさまはどんな人だったのでしょうとしずかにはなしかけました。
ネズミは王子さまがねむっているあいだのひとり言のつもりでしたが、王子さまはまだおきていていもうとは自分とおなじきんいろのかみと、自分とちがうきれいな青い目をしていることをはなしました。ネズミはちょっとおどろいて王子さま、おこしてごめんなさいとあやまりました。王子さまは笑ってネズミのあたまをなでるといもうとの思い出を話しはじめました。
まだお父さんのかみが少し黒かったころ。おしろの東のとうがよるになると青く光るといううわさがへいたいさんのあいだで広まったことがあったんだ。大きなへいたいさんもしょうぐんさまもみんなこわくてこまってしまった。
あんまりみんながよるブルブルふるえているからお父さんはいっしょうけんめい考えて、おしろの真ん中のとうの東のとうが光る高さにたくさんのかがみをおいて、光のしょうたいをたしかめた。よるになってかがみであつめた東のとうのけしきには泣いている女の人がうつっていたよ。
お父さんはこわがるへいたいさんのせんとうに立って東のとうにのぼって女の人に会いに行った。お父さんがなぜあなたは泣いているの、とたずねると女の人はだいすきな人がほかの女の人とけっこんしてしまってさびしくてさびしくて、びょうきになってしまったからだとこたえたんだって。
お父さんはみずうみの国でいちばんえらいけど、さびしくてかなしくてしんでしまった人をたすけることはどうやってもできなかったんだ。しょうがないから国いちばんのぼくしさまにおねがいして天の国へおくってあげることになった。それは女の人がとてもくるしいやり方だけど、お父さんにもぼくしさまにもほかのほうほうはなかったからしょうがない。
女の人がこわいへいたいさんたちは早くやってほしいとたのんだし、いろんな人をこまらせていることを聞いた女の人もくるしくても天の国につれていってください、と言った。それでその次のよるにぼくしさまが神さまにおいのりして天の国に女の人をつれていくことになった。
みんなそれでひと安心。ぼくもそれが良いことだと思ったよ。だけどおしろの中でたった一人、いもうとだけははなしを聞いてずっとこまったかおをしていた。
次の日のあさ、ごはんをたべてからぼくがいもうとといっしょにおべんきょうをしようと思ったら、いもうとはどこにもいなかった。ぼくもお父さんもへいたいさんもいもうとをあわててさがしたけれど、どうしても見つからなかった。
あんまりたいへんなことになったので女の人を天の国へつれていくおいのりはいもうとが見つかるまでやらないことになった。そして国じゅうの人がいもうとをさがしたけれどいもうとはどこにもいなかった。
太陽と月がさんかいおはようとこんばんはを言ったあとのあさ、いもうとはおしろにかえってきた。いもうとのぼくとそっくりのきんいろのかみもかおもどろだらけだった。そしていもうとのきずだらけの手には小さな白い花が一本だけにぎられていたよ。
ぼくはみんなをしんぱいさせたいもうとにカンカンにおこっていて、いつもはぜったいしないけどいもうとをしかろうとした。だけどお父さんがぼくをとめた。そしていもうとにさぁ、女の人がまっているから東のとうへ行きなさい、とだけいった。みんなふしぎそうにしていたけど、いもうとはだまってコクリとうなずいてとうにのぼっていった。
それからしばらくすると東のとうがパァッとあかるくなって、空からてんしさまが二人やってきて女の人をつれてまた空へもどっていったよ。女の人はとてもしあわせそうなかおで、ちっともくるしそうじゃなかった。
あとでお父さんがいもうとがにぎっていた白い花のひみつをおしえてくれた。ぼくの国には大きなみずうみと小さなみずうみがいくつもあるけれど、たったひとつだけいもうとの青いひとみとそっくり同じ色の水がわきだすみずうみがあるんだ。そのほとりにだけ咲く小さな白い花をけっこんしきでおくられた花よめさんはいつまでもしあわせになれる、そんなお話があるんだって。
そこまで話をだまって聞いていたネズミはその花を女の人におくるためにいもうとのおひめさまはだいぼうけんをしたんですか、と王子さまにたずねました。王子さまはほこらしげにニッコリとわらうだけで何もこたえなかったけれど、ネズミはおひめさまはとってもやさしくて勇気があるんですねと王子さまに言いました。
王子さまはそれをきいてもう一度ほこらしげに笑うとそっと目をとじました。しばらくするとこんどこそ王子さまはしずかにねむってしまいました。ネズミは王子さまとおひめさまがぶじに会うことができますようにといのりながら、王子さまのつかの間のお休みをじゃましないようにしずかにそのねがおを見まもってすごしました。
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