毎回毎回、ピクルス抜きで頼むあの子が気になる
誤字脱字ありましたらごめんなさい。
「Aランチセットのピクルス抜き、ドリンクはコーヒー、サイドはポテトでお願いします」
今日もあの子はやって来た。
同じ日、同じ時間、同じオーダー、同じ店員……あ、店員ってのは俺ね。
「今、おすすめのりんごパイ、ナッツとの相性抜群ですよ、いかがですか?」
「あ、結構です。ありがとうございます」
その子は掌をビシッと立てて断る。これも、いつものやり取りだからいいんだけどね。
クラスに絶対いる、不思議ちゃん系のその子。丸い眼鏡に落ち着いた色味の茶髪を後ろで編み込み束ねている。こだわりなのか髪型は変わらないが、留めている髪留めは毎回違う。それが、リボンとか花の飾りではなく、楕円形のバレッタにヨーロッパ風の柄、和風柄、花の刺繍がしてあり様々だ。
ある時、某キャラクターの布でできたそれをしていた時は、つい笑みがこぼれた。ほら、日曜日に放送されているやつ……昔のアニメではよく、お尻を出してふざけてたけど、今は教育上良くないって規制されているんだってさ。子育てって大変だね。
話が逸れたけど、そのバレッタと丸眼鏡が似合っている女の子が、毎回ピクルス抜きのオーダーをしていて。最初は単純にピクルスが苦手なのかなーって思ってたんだけど、その子のセンスを見てると、何か他に理由があるんじゃないかって思ったわけ。
で、そう思ってしまうと、どんどんその子が気になってしまって。え?いや、好きとかそんなんじゃないんだよ、なぞなぞを解き明かしたい、そんな小さい好奇心ってだけ。
「え、そんな子、いるかぁ?」
俺はアルバイト仲間に聞いてみたんだ。
「いるいる、毎回ピクルス抜きオーダーで丸眼鏡の子!分からない?」
「全然」
「えー」
「その子がどうしたんだよ」
「ピクルス抜きの理由が気になりすぎて、答え探しに沼っている」
「はっ、なんだそれ。ただ嫌いってだけよ」
「最初は俺もそう思ってたんだけどなぁ」
「案外、答えは単純かもよ」
「え?」
「アピールだよ、アピール」
「はぁ?何のよ」
「お前に、興味がある」
つまり、惚れられてんじゃねぇ?って俺を指差し、胸の前で小さくハートを作る。楽しんでんな。
いや、その説はないとして。だとしてもだよ?俺はピクルス抜きなのが気になるんだ。
「じゃあ、なんでピクルス抜き?」
「少しでも印象づけるためさ」
「わざわざ、ピクルス抜いて?」
「そこまでしての乙女心さ」
「楽しんでるな」
「そんなに気になるなら聞けばいいだろ」
それが出来たら苦労しないよ、全く。
それから俺はアルバイト仲間から言われてから、もしかしたら本当に俺が好きで?なんて事に支配されてしまって。そうなってしまえば、ピクルスの事より、その子自体が気になり出して、いつもの日、いつもの時間が来るまでそわそわ落ち着かなかったんだ。
そしてその時が来た。
「Aランチセットのピクルス抜き、ドリンクはコーヒー、サイドはポテトでお願いします」
今日もその子はいつもの髪型、バレッタの模様は何だろう。あぁ、今日はワインレッドの布地に白いビーズが飾られて、彼女の落ち着いた茶髪によく映えてるな。
くそっ、あいつのせいでこの子が気になりすぎる。
そんなことを考えていると、その子が俺を見て、にっこり笑ったんだ。
俺がぽかんとしているうちに、その子は席へと移動していった。
まさかな、まさかのまさかか!?
俺は花の大学生、学費のためにアルバイトをしているが、本音を言えば女の子とデートをするため、生活に余裕を持たせるため、だ。
別に恋愛初心者でもないし、それなりに恋愛事も経験してきた。なのに、あのミステリアスなあの子が気になって仕方なくて、ちょっと微笑まれただけで、高揚感半端ないし、このときめきはなんなんだろう。
そして、運の良いことにチャンスが訪れたんだ。その子がドリンクを飲もうとした時、通りがけのふざけていた子供がぶつかりトレー内へ溢れてしまった。
俺はすかさず布巾を持ち向かう。
男は度胸だ。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ぶつかった子供に、「大丈夫?狭いから気をつけてね」なんて言うその子。
めっちゃ良い子やん!
ひとまず、こぼれたコーヒーを拭きつつその子を見る。あ、服にも少し付いちゃってるのね。
「大丈夫ですか?ここ」
「あぁ、大丈夫ですよ。中性洗剤で一発です。お気遣い、ありがとうございます」
その子がにっこりまた笑う。これは、聞くしかない。
「……あの、聞いてもいいですか?」
「はい?」
「その、同じ日に同じ時間にいつも来て、それでピクルス抜きのオーダーをするのは、何か理由があるのかなって」
その子は不思議そうに俺を見る。
「理由、ですか?」
「はい」
「えっと……その、こんなこと言うのは恥ずかしいのですが」
「……」
俺は生唾を飲む。
「私、ピクルスはピクルスで食べたい派なんです」
「えっ?」
恥ずかしそうに口籠る様子を勝手に想像していた俺は、素っ頓狂な声をあげた。
俺の反応にその子は慌てる。
「すすす、すみません。ここで働く方には大変失礼なことかもしれないのですが、ピクルス込みだからきっとこの美味しさが際立つ物なのでしょうけど、私は、どうしてもピクルスはピクルスで食べたいのです」
「は、はぁ……な、なるぼど」
「これを友達に力説しても理解してくれないのです。店員さんもですか?やっぱりピクルス抜きは、店員さん達からしても理解できないですよね?」
俺は非常に恥ずかしくなった。
その子は純粋にここの味が好きで、でもピクルスはピクルスで食べたいだけで、ピクルス抜きにしていただけなのに、俺1人暴走して妄想して、なんて恥ずかしいんだ。
「あ、あの店員さん?」
「あ、あぁ、すみません!いや、その話、理解できなくもないですよ!あれですよね、唐揚げはおつまみであって、ご飯と一緒に食べたくないとか、パインは好きだけど酢豚のパインは許せないとか、そんな感じですよね?」
「そう!!そうなんです!あぁ、分かってくれる方で良かった。私、ピクルスが嫌いではないのです、むしろ大好きなんです、ピクルスが!」
「うん、ピクルスがね!」
「はい、大好きだからこそ、ピクルス本来の味を楽しみたいからピクルス抜きオーダーなんです」
「そっかぁ、なるほど!とても理解できたよ!教えてくれてありがとうね」
その子は、にこにこと目を輝かせて興奮しているが、俺は恥ずかしすぎて早く戻りたい一心で会話の終点を見つけていた。
「ふふっ、店員さん良い方ですね。いつも私がピクルス抜きオーダーをしても嫌な顔せずに対応してくれるから、ついつい、あなたがいる空いている時間に来てしまいます。いつも、ありがとうございます」
そう、その子は言うと機嫌良く片付けてお店を後にした。
「ピクルス好きだから、あえてピクルス抜きオーダー。そして、オーダーしやすかっただけの俺。ちゃんとした理由があるじゃないか」
俺はその後、仕事モードに戻るのにしばらくかかった。
*
「っていう事があったよなぁ」
「おい、毎回毎回、俺と飲む時にピクルス頼むのやめてくれ」
「なんでだよ、でも言うとおり、ピクルスはピクルスで味わうのが一番美味い」
あれから俺たちは大学を卒業し、就職し、こうやって息抜きに飲みに来ている。
「お前が言い出したんだぞ、俺は純粋に理由を知りたかっただけなのに。1人暴走してどれだけ恥ずかしかったことか」
「別にその時に、バレてた訳じゃないだろ、何が恥ずかしいんだよ」
「お前に分かるまい」
俺はピクルスをつまむ。まぁ、確かにこのまま食べるのが美味い。
「まぁ、でも結果オーライだったじゃないか。ほら、来たぞ」
「お疲れ様、2人とも。相変わらず仲良しね」
「凛ちゃん、お疲れ。ピクルス頼んどいたよ」
「え、ありがとう」
その凛ちゃんと呼ばれた彼女こそ、あのピクルス抜きオーダーの子で。
凛は酎ハイを頼み、先にピクルスを一口食べる。
「うーん、やっぱりピクルスはそのまま食べるのが1番だね」
「だよなぁ、ほら、ハンバーガーに入っているピクルスもいいアクセントだけど、このままが1番だよなぁ」
「だよねぇ」
実はあの後も、凛はピクルス抜きオーダーをするために、俺がいる時に毎週通ってて。次第に会話をするようになった俺たちは、友人として会うようになった。
凛はピクルスもだけど、日常生活の中でこだわる部分が強い。それで、彼氏ができても上手くいかないことが多々あったらしいけど、俺はそんなところ、特に気になることもなく、面白いなぁ〜って思っていた。そしたら、凛的にはそれが心地良かったらしく、付き合うようになった。
付き合ってみたら、凛の変わったセンスだとかこだわりというのが俺的に好みで、この不思議ちゃん要素がある凛が、きっと俺的にはクリティカルヒットしていたんだなぁと思う。
「なぁ、お前らの結婚式さ、よくある自己紹介カードの出会いのきっかけのところ。ピクルス抜きオーダーからの出会いって書いてくれよ」
「誰が書くか」
「懐かしいねぇ、ピクルス抜きオーダー!あの時からすでに、しゅう君のこと好きだったんだよね」
さらっと言ってのけた凛。
その事実に驚いた後に、嬉しいやら照れるやら一気に色んな感情が襲う。
あぁ、俺はきっと、凛が隣にいるだけで楽しめるし、一生、凛には敵わないんだろうな。
ピクルス抜きオーダーに乾杯!
意外なところに出会いがあったりなかったり。