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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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ソロン王子とニッキ王子妃

 ソロン王子が寝室に向かうと、妻のニッキ王子妃と廊下で鉢合わせた。


「お帰りなさいませ、殿下」


 ニッキ王子妃はそう言って腰を折る。


「ああ」


 ソロン王子は疲れ果てていて、口を開くのも億劫だった。


「お食事はなさいました?」

「いや、いらない」


 ソロン王子は顔を僅かに伏せて首を僅かに振った。


「お風呂は?」

「いや、良い」

「まだお仕事をなさるのですか?」


 その言葉にイラッと来て、ニッキ王子妃を睨む。

 一昨日からろくに休まずに学院襲撃の対応を行っていたのだ。それなのにまだ仕事をしろと言うのか?


 しかし驚いた表情のニッキ王子妃の顔が目に入り、ソロン王子の頭がスッと冷えた。

 ソロン王子に睨まれた事で、ニッキ王子妃の顔からは血の気が失せている。


 ソロン王子は目を閉じて深く息を吸い、ゆっくりと吐き出しながら目を開けて、ニッキ王子妃に向けて微笑みを作った。


「いや、今日はもう休む。君は食事は?」

「申し訳ございません。既に頂いてしまいました」

「構わない。いつも一人で食事を摂らせて済まないな」

「いえ。その様な事はございません。殿下は忙しくていらっしゃいますので、仕方のない事でございます」


 ソロン王子は何故かまた少しニッキ王子妃の言葉にイラッとしてしまったが、今度は顔に出さなかった。

 ソロン王子は小さく息を整える。


「今朝も昨日も済まなかった。朝食は一緒に摂る約束なのに」

「いいえ、構いません。わたくしには構わず、お仕事を優先して下さい」


 やはり何か食い違っている、とソロン王子は思った。


 ソロン王子は普段の仕事終わりでもニッキ王子妃の相手はしたくはないし、今は本当に疲れているので直ぐにも寝たい。

 チラリと窓の外を見る。まだ陽が高い。

 明日からも忙しいのに決まっているし、今度はいつ時間を取れるか分からない。

 それまで今感じた食い違いを放置すれば、厄介事が増える様にしかソロン王子には思えなかった。


「これから少し酒を飲もうかと思ったのだが、良ければ付き合わないか?」


 これでニッキ王子妃が面倒臭い事を言い始めたら、今日はもう良い。


「よろしいのですか?」


 嬉しそうに見えるニッキ王子妃の表情に、ソロン王子は不意を突かれた。

 疲労で回らない頭でニッキ王子妃の表情をどう解釈して良いのか分からないまま、ソロン王子は「ああ」と肯きを返す。


「では直ぐに用意いたします」


 ニッキ王子妃はそう言って会釈をすると、離れて行った。

 一緒に部屋に行くかと思っていたソロン王子は、少し面倒臭い予感を持った。



 ソロン王子がソファに背中を預けて待っていると、酒の用意をしたニッキ王子妃が自らワゴンを押して、ソロン王子の寝室に入って来た。

 その姿がソロン王子には違和感がある。


 ニッキ王子妃は王子妃なので、王族となったのだ。

 ソロン王子とは同格なのに、使用人の様な真似をするのは違うのではないか? 


 どう言えばそれがニッキ王子妃にちゃんと伝わるか、ソロン王子は考えるが伝え方が浮かんで来ない。


 使用人がいないわけではない。姿は見えないけれど奥に控えている気配がする。これも疲れている時にはソロン王子をイラつかせた。

 王家の使用人達なら気配を感じさせたりしない。今も控えているはずだ。

 それに引き換え、コウバ公爵家からニッキ王子妃に付いて来た使用人達は、存在感が強い。基本として気配を隠している筈だが、いるのが分かる。

 誰か注意をしないのかと考えて、もしかしたら自分がしなければならないのかと、ソロン王子は思い至った。

 祖母である王妃と母である王太子妃にも実家の公爵家から付いて来た使用人がいるけれど、普段は元から王家に仕える使用人達との差を意識した事はない。昔からそうなのか、何か対策を取ったのか、祖父である国王や父である王太子に訊いてみようとソロン王子は思った。



 ニッキ王子妃が「どうぞ」と酒の入ったグラスをソロン王子の前に置く。ソロン王子は「ありがとう」と言って口を付けた。ニッキ王子妃はツマミを載せた皿もソロン王子の前に置く。

 ソロン王子がグラスから視線を上げると、目の前に座ったニッキ王子妃の前には何も置かれていない。


「君は飲まないのか?」


 そう訊かれたニッキ王子妃は視線を下げて少し思案をしてから、「では少しだけ」と答えて立ち上がり、ワゴン上で自分の酒を用意した。

 グラスを持って座ろうとするニッキ王子妃に、「隣に来ないか?」とソロン王子が声を掛ける。

 ニッキ王子妃は躊躇った後、「では少しだけ」と言ってはにかんで、ソロン王子の隣に腰を下ろした。


 今の照れはなんだ、とソロン王子は思った。躊躇った理由も分からない。

 結婚前なら恥じらうのも分かるが、もう二人は夫婦なのに。


 ニッキ王子妃の手元を見ると、グラスには本当に少しだけ酒が注がれている。


「君は酒が苦手だったか?」

「そうでもないと思いますが、このお酒は強いですから」


 ワゴンを見るとピッチャーが見える。


「水で割ったらどうだ?」

「ええ、そうですね。でもせっかく殿下のお好きなお酒を頂くのですから、先ずは殿下と同じ様に飲んで見ようかと思います」


 そう言ってまたはにかんで、ニッキ王子妃はグラスに口を付けた。


「私がこの酒を好きだと誰かに聞いたのか?」


 好きだと言った覚えはなかった。王族は好き嫌いをしてはならないと教育されていた。

 好きだと言えば、そればかりが献上されるかも知れない。嫌いだと言えば、それは作られなくなってしまうかも知れない。


「いえ。聞いてはおりませんが、お飲みになる姿を拝見して、そうだと思っておりました」


 ニッキ王子妃は小首を傾げながら微笑んで、「合っておりましたか?」とソロン王子に尋ねる。

 見れば皿に載っているツマミも、ソロン王子の好みに合わせてあるのが分かった。

 ソロン王子が「ああ」と言ってまたグラスを傾けると、ニッキ王子妃も少しだけ口を付けた。


 やはりニッキ王子妃は自分が求めている相手とは違う。ソロン王子はそう思った。

 自分のどんな仕草から好き嫌いを見抜いたのかは分からないが、そんな事に気を使ってないで、少しはしっかり政務を(こな)して欲しい。しっかりと王族の役目を果たして欲しい。

 どうしたらそれを上手く伝えられるのだろうか?



 グラスを見詰めていたニッキ王子妃がふいっと顔を上げ、ソロン王子を見詰めた。

 その視線に気付いたソロン王子が「なんだ?」と尋ねる。


「わたくし、一日も早く、殿下のお役に立ちたいと思っています」

「うん?そうか」

「はい。ですので、今回の学院襲撃事件が早く解決されて、殿下が普段のお仕事をなされる様に、祈っております」


 祈ってないで手伝ってくれ、とソロン王子は内心で思った。

 それから首を傾げる。

 何故手伝うとかの言葉が直接出て来ないのだ?

 ニッキ王子妃は瞳を潤ませて、少し恥ずかしそうだし。


「そうか。ありがとう。ところで君は日中、何をしているのだ?祈ってばかりではないだろう?」

「はい。王妃陛下と王太子妃殿下にお茶会にお誘い頂いたりしていますが、それ以外は刺繍や読書ですね」


 読書?政務の勉強ではなく?

 そう言えば王宮が忙し過ぎて、ニッキ王子妃への政務教育はほとんど行われていないと聞いていた。

 いや待て、それ以前に。


 考えてみたら、王妃も王太子妃も、政務にはほとんど携わっていない。

 自分の妃に政務をやらせようと思ったのは、他国に婚活留学する時の婚約者に求める条件が、政務を手伝える姫だったからだ。


 それに気付いたソロン王子は、片手で顔を覆った。


 婚約者時代も結婚してからもニッキ王子妃の教育を人任せにしていたし、結婚の為に学院も退学させていた。

 それなのに教育が進んでいないとか、勝手に思っていた。妃なら手伝ってくれて当たり前だと思っていた。


 チリン王女は政務の勉強もしているので、ソロン王子は妹を基準にしていた。

 政務を手伝える貴族令嬢なんてそんなにいない。ソロン王子が知る限りでは、パノ・コーハナル侯爵令嬢くらいだ。


 ただし手伝えるのと任せられるのは別だ。

 例えるなら、ソロン王子は包み込んで漏らさない様に課題解決をしたいタイプだが、パノは切り取って解決するパターンだ。

 一緒に仕事をすれば()つかり合う事も多いだろう。

 パノが妃なんてゴメンだ、とソロン王子は思った。


 しかしだからと言って、リリの姉のチェチェが良かった訳ではない。チェチェとニッキ王子妃を比べても良いならニッキ王子妃だ。

 幼い頃、自分がチェチェのどこを気に入っていたのか、ソロン王子は思い出せなかった。


 チェチェよりはチェチェの妹のリリの方が良い。リリになら気楽に話せるし、愚痴も零せる。


 それに比べてニッキ王子妃は・・・


 そこまで思ったソロン王子は、ニッキ王子妃は誰かに愚痴を零したり出来るのだろうかと考えた。

 零せるとしたら、コウバ公爵家から連れて来た使用人達だろうか?

 少なくとも、ソロン王子には零せないだろう。


 学院は退学させて、婚約式だけではなく結婚式も披露宴も行わなかった。

 それでもニッキ王子妃は自分には愚痴一つ零さずにいる。


 ソロン王子は披露宴は行う積もりではいた。

 しかし今の情勢ではいつ実現できるのか分からない。放置出来ない問題が次々と発生するからだ。

 それなのでニッキ王子妃にも、いずれ披露宴を行う積もりである事を言えないでいる。期待をさせておいて、長い期間約束を叶えないでいる事は酷に思えた。


 王族として生まれたからには、政務を優先するのは当然だとソロン王子は思っている。

 そしてニッキ王子妃にもそれを当たり前の様に押し付けていたと、ソロン王子は初めて自覚した。



「君は何か、欲しい物はないか?」


 今は時間は作れないが、贈り物なら出来る。けれども、何を贈るか考える時間が取れないのは情けないし申し訳ないと、ソロン王子は思った。思ったけれども、何もしないよりはマシだ。


 ソロン王子の言葉を聞いて、ソロン王子の思いとはかなり温度差のある表情をニッキ王子妃はしていた。


「あるのか?」

「あの、はい」


 ニッキ王子妃は少し顔を伏せて、頬を染める。


「言ってみてくれ」

「はい。あの、今度、いつもくらいのお時間にお帰りになった時に、お願いします」

「うん?今日はいつもより早いが、今日ではダメなのか?」

「あ、はい。今日はちょっと」


 ニッキ王子妃の耳まで朱に染まる。


「しばらくは遅くなると思うが、構わないか?」

「はい。お時間を頂くのは落ち着いてからで構いません」

「時間?私の?」

「あ、はい」

「どこかに出掛ける、と言う訳でもなさそうだな?」

「はい」


 ニッキ王子妃はますます赤くなる。

 目を瞑りそうなほど細めて眉間に皺を寄せて、一所懸命に何の事か考えているソロン王子は、ニッキ王子妃の変化に気が付いていない。


「そう言えば君とは、どこかに出掛けた事もなかった」

「そうですね」

「いつか、半日でも良いから時間が取れたら、少し出掛けるか」

「それでしたらその時は殿下には、ゆっくりとお休み頂きたいです」

「出掛けなくても良いのか?」

「はい」

「あー、念の為に訊くが、私と出掛けたくない訳ではないな?」

「もちろんです。ですがそれはもっと状況が落ち着いてからで構いません」

「分かった。待たせてしまうと思うが、いつか叶えると約束する」

「ありがとうございます」


 そう言って微笑むニッキ王子妃の笑顔をソロン王子は眩しく思った。

 改めて、自分は夫として失格なのではないかと感じる。


「それで?時間を作るのは分かったが、今なにか欲しい物はないのか?」

「それでしたら、あの」

「なんだ?言ってみてくれ」

「その・・・膝枕がしたいのですが・・・」

「え?そんな事で良いのか?」

「はい。恥ずかしながら実は、少し憧れておりまして」

「私とだよな?」

「はい。もちろんです」

「それなら恥ずかしがる事などないだろう?私達は夫婦なのだから」

「そうですが」

「大丈夫だ」


 そう言うとソロン王子はニッキ王子妃の持つグラスを取り、自分のも一緒にテーブルに置いた。


「ほら、おいで」


 ソロン王子が自分の腿をトントンと叩いた。


「え?違います。私が殿下に?殿下を?殿下に横になって頂いて、私の膝を使って頂きたいのです」

「うん?逆ではないのか?それだと君が大変だろう?」

「でも殿下に膝枕をするのは、私の昔からの憧れだったのです」


 ニッキ王子妃はそう言うと胸の前で両手を握り合わせる。その瞳はまた潤んでいた。

 その様子を見てソロン王子は、変なものに憧れるのだな、との言葉は飲み込んだ。多分言ったらダメなやつだ。


「分かった。しかし、疲れたら正直に言う事。約束できるか?」

「はい。分かりました」


 二人は肯き合う。


「では」

「はい」


 ソロン王子はゆっくりと、横向きに横になる。

 耳が腿に着く。

 どれほど重さを掛けて良いのか分からない。


「載せて頂いて、大丈夫ですよ?」

「そうか?」


 ニッキ王子妃の言葉に、ソロン王子は少し体の力を抜いた。


「これは、結構恥ずかしいな」

「先程はわたくしに、恥ずかしがる事はないと仰っていました」

「やってみないと分からないものだ」

「わたくしもそう思います」

「うん?君も恥ずかしいなら止めるか?」

「あ、いえ。思っていたのより嬉しいのです。続けさせて下さい」

「そうか。嬉しいのか」

「はい」

「それは良かった」

「はい」


 ソロン王子はもう少し体の力を抜く。


「あの、殿下?」

「うん?なんだ?」

「あの、御髪(おぐし)に触れてもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない」

「よろしいのですか?では、失礼して」


 ニッキ王子妃の指がそっとソロン王子の髪を撫でる。

 夫婦なのだから失礼と言う事はないのに、とソロン王子は思った。

 そしてニッキ王子妃の指の通り具合に気付いて、ソロン王子はフッと体を起こした。


「済まない」

「あの、殿下?」

一昨日(おととい)から風呂に入っていなかった。君のドレスを汚してしまったろう?」

「いいえ。後で手入れをして貰いますから、構いません。続けさせて下さい」

「しかし君の手も汚れてしまう」

「それこそ構いません。殿下が事態収拾に力を尽くされた結果なのですから、汚れではありません」


 ニッキ王子妃はニッコリと微笑むと、「さあどうぞ」と言ってソロン王子の肩と背中に手を当てて、膝枕に誘う。


「ちょっと待ってくれ」


 ソロン王子はそう言って立ち上がる。そして使用人達が控える奥に進み、使用人達を退室させた。

 膝枕をしてから気配がうるさくて、ソロン王子の気に触っていた。そしてソロン王子が体を起こした時には、明らかに溜め息が聞こえたのだ。


 室内にはソロン王子とニッキ王子妃の二人きりになる。


「続きはベッドでも良いか?」


 ニッキ王子妃の腿の感触も髪をいじられるのもとても気持ち良く、ソロン王子の眠気を誘った。ベッドでやって貰って、そのまま寝てしまおうとソロン王子は思った。


 だがしかし、そのソロン王子の言葉にニッキ王子妃は真っ赤になる。


「でも、ですが殿下は、今日はお疲れなのではありませんか?」


 そう言われてソロン王子はニッキ王子妃が誤解している事に気付く。

 そして、今度普段通りに帰って来た時に、ニッキ王子妃が何をお願いしようとしていたのかもやっと理解した。


 妃に取って一番優先するべきなのは後継ぎを産む事だ。政務を手伝う事ではない。

 ニッキ王子妃がソロン王子の役に立ちたいと言ったのも、その意味だ。


 今日は頑張れるだろうか?


「風呂に入ってないが、構わないか?」

「はい」


 小さな声で恥ずかしそうに肯くニッキ王子妃を見たら、やるしかないとソロン王子は思った。

 頑張れる頑張れないじゃない。やり抜くんだ。


「後で、寝るまででも良いから、また髪を撫でてくれ」


 そう言ってソロン王子はニッキ王子妃に手を差し伸べる。


「はい。喜んで撫でさせて頂きます」

「眠いのを無理しなくても良いからな?」

「あ、でも」

「夫婦の寝室よりベッドは小さいが、朝までここで寝て構わない」

「それでは殿下の疲れが取れないのでは?」

「君が一人でないと寝られないなら、部屋に戻っても構わない。けれども私の隣でも大丈夫なら、朝まで一緒にいてくれ」

「はい。それでは朝まで、殿下の隣にいさせて頂きます」


 ソロン王子の手にニッキ王子妃が手を重ねる。

 手助けを受けて立ち上がり、ニッキ王子妃はベッドまでソロン王子にエスコートされた。


「もう一つ」

「はい。なんでしょうか?」

「プライベートでは私の事を名前で呼んでくれ」

「よろしいのですか?」

「もちろんだ。私と君は夫婦なのだから」

「あの、それでしたら、わたくしも名前で呼んで頂けないでしょうか?」

「うん?呼んでなかったか?」

「はい。いつも君と呼ばれます」

「え?そうか?」

「はい」

「そうだったか。分かった。これからは名前で呼ぶ」

「はい。お願いします」

「ああ」


 二人は見詰め合った。


「なんかこう、改めて呼ぼうとすると難しいな」

「そうですね」

「やはり、少し照れてしまう様だ」

「殿下もですか?」

「君もか?」

「あ、また君と仰いました」

「君も殿下と」

「ほらまた」

「ふっ。確かに。お互いに、今が名前を呼ぶチャンスだったな」

「そうですね」


 二人で苦笑を向け合った。


 ソロン王子が手を伸ばし、ニッキ王子妃の髪を撫でる。


「結婚したばかりなのに色々起こって落ち着かないし、この様子だとまだまだ忙しい日が続くと思うが、よろしく頼む。ニッキ」


 ニッキ王子妃の頬が染めながら肯いた。


「はい。ソロン様」


 二人が微笑みを交わす。

 そこからソロン王子の表情に、(たくら)み顔が少し混ざる。


「様付けが希望だったのだな。失礼した、ニッキ様」

「あ、いえ、ニッキで結構です。ニッキとお呼び下さい」

「それなら私はソロンと呼んで欲しい」

「しかし」

「私を呼び捨てられる人は少ない。そして君はその権利を持っている」

「ですが」

「さあ、ニッキ。ソロンと呼んで」

「でも」

「君が呼び捨てる男性も特別だろう?私に呼び捨てられる権利を与えて欲しい」


 ソロン王子の顔はだんだんいたずらっ子の様な表情になっていった。寝不足の所為か、テンションもおかしくなって来ている。


「そんな」

「ほら、ニッキ。お願いだから。ほら」

「それでは・・・ソロン」

「ありがとう、ニッキ。もう一度呼んで」

「え?はい。ソロン」

「ニッキ、もう一度」

「ソロン」

「ニッキ」

「ソロン」


 ソロン王子に釣られて、ニッキ王子妃のテンションも上がって来る。


 何がおかしいのか、二人はベッドの上でクスクスと笑い合った。

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