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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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新入生

 領地に戻った貴族達への王都帰還禁止命令は解除されていない。貴族達が戻って来ればまた、王都が混乱すると王宮が判断しているからだ。

 王都は落ち着きを取り戻して来てはいるが、王宮にはまだ余裕が無い。トラブルが発生すれば直ぐにまた業務が(とどこお)り、それが国政や王都の安定に影響するだろう。



 学院の入学試験に応募した貴族子息令嬢は、その殆どが受験出来なかった。王都に来る事が出来なかったからだ。

 各家から王宮に救済対応が要求されたが、それは却下された。他の事案より優先順位が低いと王宮が判断したからだ。


 ソロン王子が生まれてからチリン王女が生まれるまでは、貴族の出産は減って行った。

 どの家も王子の側近やその配偶者の立場を狙って子供の出産を計画したので、王子が生まれて年月が()てば生まれる子供の数は極端に減る。

 そしてまたチリン王女が生まれて貴族の出産が増えたが、年月と共にまた貴族の出産は減った。


 それなので今年は、入学試験に応募した貴族子息令嬢の人数は去年よりも少ない。来年は更に少なくなる予定だ。

 それなら今年の入学予定だった子供も来年一緒に入学させるのでも構わないだろうと、王宮は判断したのだ。少なくとも今の王都や国政より、優先すべき問題とは捉えられなかった。


 その事を知らされた貴族家側も、それなら一層の事チリン王女と一緒に通学させるのも有りかと考え、すぐに要求を取り下げた。



 学院は貴族の子息令嬢の入学を優先するが、今年入学する貴族家の子供は一人。それ以外は平民の子供達となった。

 学年毎の教室数は変わらない為、大して勉強もせずに記念として受験をした様な平民の子供も合格になる。

 学院の入学金も授業料もとても高いが、子供が合格したのなら家族としては通わせたい。


 こうして今年の学院は、例年とは違うタイプ新入生達を受け入れる事になった。


 そしてたった一人の貴族家の子供はスディオ・コーハナル。コーハナル侯爵の孫で、パノの弟だった。



 スディオはパノが苦手だ。

 嫌いな訳ではない。でも、何をやっても敵わない。自分はコーカデス侯爵家の跡を取ると言われているが、姉の方が優秀に思えて仕方がない。

 姉が男だったら、自分は要らなかっただろう。もしかしたら生まれてさえないかも知れない。

 姉が自分を馬鹿にしたりする事は一切ない。教えを乞えば丁寧に説明してくれる。けれども相手にされていない気もする。


 スディオのパノへの感情は、一種の片想いだった。

 スディオが素直にパノに、もっと構って、と言えれば済んだのかも知れない。

 しかしそうは言えないまま思春期を迎えたので、拗れたと言うか捻れたと言うか、スディオにはパノに対する自分の気持ちがままならなくなっていた。


 そしてパノはラーラ達と一緒に暮らし始める。

 スディオは滅多にパノに会えなくなった。


 たまに会う姉はいつも義理の叔母のラーラと一緒にいる。

 自分よりラーラに姉の関心が向いているとしか思えない。姉はラーラにだんだんと、のめり込んで行っている様にも見える。しかしそんな事を言葉にすれば、ヤキモチを焼いていると思われるに違いない。

 それにしても自分よりパノとラーラの方が本当の姉妹の様に見える、との考えが浮かび、スディオはげんなりとした。


 パノに褒めて貰おうとの思いを否定しながら、スディオは入試に向けて頑張って勉強をしていた。

 貴族子息令嬢向けの試験の受験者がスディオ一人だったが、張り出された試験結果にはわざわざ1位と書いてある。

 それを目にしたスディオは、これが虚しいと言う事か、と一つ学んだ。


 色々とモヤモヤを抱えながらスディオが先日会ったパノは、やはりラーラと一緒だった。パノとラーラに(つい)でにバルも、学院入学を祝ってくれたが、スディオはそれどころではなかった。

 ラーラの目立つ腹部に視線がどうしても吸い寄せられる。しかし見るのは悔しい。見てしまう事は負けを認める事になる様な気がする。

 キョドキョドとしているスディオに、バルは(いぶか)()な視線を向け、パノは苦笑し、ラーラは自分の兄と同じ様なスディオの反応に温かい目を向けた。



 入学初日。


 学院の門前の車寄せで、コードナ侯爵家の馬車を見付けたスディオは挨拶をする為に、パノ達が降りて来るのを少し離れて待とうとした。

 しかしスディオの護衛サグが、コードナ侯爵家の馬車に向かう様に勧める。

 勧められるなら仕方ない。

 スディオが馬車の前に立って声を掛けようとすると馬車の扉が開いて、手を伸ばして来たパノに腕を取られた。パノには引っ張られてサグには押され、スディオがコードナ侯爵家の馬車に乗せられると代わりにバルが馬車を降り、扉が閉められた。


「え?あれ?」


 状況が分からないスディオにラーラが「おはよう」と声を掛ける。


「おはようございます、ラーラ義叔母(おば)様」


 反射的に応えたスディオに、ラーラは微笑みを向けた。


「あの、これは一体?」

「護衛の人達が少し警戒をしていて」

「警戒?」

「ええ」


 窓の外を窺っていたパノがスディオに振り向く。


「見慣れない人達がいるから、念の為ね」

「今日から新学年が始まるのですから、その人達では?」

「生徒はそうだけれど、護衛の(ほう)が気になるのよ。見覚えのない人が多いみたい」


 再び窓の外に目をやるパノに続いて、スディオも外を覗きながら「そうなのですか?」と小首を傾げる。


「新入生に付いている護衛女性はソウサ商会の人だけれど、護衛男性に知らない顔が多いみたいなの」


 パノとスディオの後から、ラーラがそう言った。


「今年の新入生は私以外は平民です。貴族家の護衛が平民の護衛を知らなくても当たり前なのでは?」

「そうね」

「知らなくて当たり前でも、危険がない事にはならないでしょう?」


 パノの言葉にスディオは「うっ」と詰まる。幼い頃にパノから、良く考えてから口に出す様にと言われた記憶が蘇る。

 そう言う記憶はもっと早く思い出せ自分、とスディオは思った。いつもはちゃんと考えているのに、()りに()って姉上の前で。


「パノ。落ち着いて。スディオ君に当たっちゃダメよ」

「当たった積もりはないけれど、言い方がきつかった?ゴメンね、スディオ」

「あ、いえ」


 スディオはラーラに庇われた事が悔しかった。1歳しか違わないのに。庇ってなんて貰わなくたって良かったんだ。


 バルが馬車に戻って来て、見慣れない護衛達は古くから王都にある民間護衛会社の所属だと確認出来た事を伝える。

 念の為に今日は、生徒に付く護衛には盾も持たせる事になった。持たせるのは馬車に付いて来る騎馬の護衛達が普段装備している盾だ。


 スディオの護衛サグも盾を持ち、スディオと共に校舎に入った。

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