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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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移動と卒業と結婚

 王都からの平民の流出は止まらなかった。

 1日当たりでは大した事はないが、毎日続くと累計でかなりの人数になっている。


 神殿の信徒達にも王都から離れる者は増えて行く。神殿には行き場の無い者、動けない者が残された。


 それに引き換え、流入する人数は急速に減少していた。

 他領から移動する人達はいたが、王都を介さずに人気の領地に直接向かう様になっていたからだ。




 王都以外で流出が多いのは治安の悪い領地だ。


 領主の治め方にはそれほど差が無くても、治安の良し悪しには差が付いていた。

 そしてその差は、素行の悪い人間が集まるか近寄らないかによって、生まれていた。


 ソウサ商会の撤退した地域では、犯罪被害者フォロー業務を行う者はいない。それが犯罪者を引き寄せた。

 去勢広場のイメージが付き纏うソウサ商会に、近付きたくない犯罪者は多かった。その為、ソウサ商会の行商が行われている地域から撤退した地域へ、犯罪歴のある者達の流れが出来る。

 これによって一時的に人口が増加するも、被害を恐れる若い女性を中心に流出が始まった。そして若い女性がいなくなれば、それを追う様に若い男性もいなくなる。それに続いたのは子供を持つ家族だった。

 そして犯罪者比率が高まって更に治安が悪くなれば、年齢や性別に関係なく流出が始まる。

 残るのは移動できない人々と犯罪者になる。


 治安の良い領地には人が流入する。

 そして人が増えると、放って置けば治安は悪くなる。

 コードナ侯爵家等の王都に残った貴族家は王都閉鎖の解放時に、治安強化の命令を領地に向けて出していた。この為警備は強化されており、街中の治安は良く、街道にも盗賊が現れる事はなかった。

 ソウサ商会の就職斡旋を利用すれば、仕事にも就き易い。仕事があって収入があれば、悪事を働こうとする人間も少なかった。


 ただしいくらでも勤め先がある訳ではない。

 その為に人余りの領地では、治水工事や街道整備、農地の開拓やそれらに付随した新たな村や町作りを進める事で、余剰人員を吸収した。


 王都に残らなかった貴族家の領地は、ソウサ商会の行商がある地域でも領民の流出が起こる。

 これは単純に景気の良い領へ稼ぎに行く為だった。

 しかし領民流出に危機感を持つ領主もいて、その領地では治安強化の策が取られた。

 治安強化で流出が止まる訳ではなかったが、治安強化は流入の条件にはなる。移動先には治安の良い地域が選ばれ易い。

 それなので人口減少対策として、治安強化を行う領地は増えた。

 それによってソウサ商会の行商が行われない地域は、ますます犯罪者を引き付けた。


 ソウサ商会の行商が行われない地域は、治安強化をしても人が戻って来なかった。

 その為に地域独自の犯罪被害者フォロー業務を行う所も出て来る。

 しかしこれには被害者を装った詐欺や、冤罪を被せる為の偽被害も届けられ、地域の司法を混乱させる結果に繋がった。



 一方王都も王都民の減少は止まらなかったが、警備隊や軍隊はそのまま残っている為、治安は却って良くなって行った。



 ラーラが出産するとの情報が伝わっても地方では王都と違い、ラーラの人気がそれほど落ちていなかった。

 犯罪者の子を産む事に眉を顰める人は多いが、父親の分からない子供に付いては、地方ではそれほど忌避感を持たれなかった。子供に同情する人も多く、産む事に反対する人も子供が幸せになれない事を理由に上げる場合が多い。


 その中で地方の神殿がラーラを悪だとして、ラーラの被害に遭った王都の神殿を救う名目の寄付を求めても、集まりは悪かった。


 王都の神殿は地方の神殿からの援助に何とか支えられていた。

 しかし地方の神殿には王都ほどの寄付は元々集まらない。地方からの援助は先細りになり、やがて途絶える。


 貴族を対象としていた大神殿は、殆どの貴族家が王都を出て行った為、寄付を集められずにいた。


 大神殿はコードナ侯爵家等に、神殿はソウサ家に寄付を求めた事もあった。

 その際にラーラを悪魔呼びする事への謝罪を求められて、神殿側は拒否をしている。そしてその事をラーラに誑かされた者達の神を恐れぬ行為として、神殿が公表していた。

 それらの訂正と謝罪をすれば、コードナ侯爵家やソウサ家から寄付を得られるかも知れない。しかし窮地に陥った今でも、神殿側はそうする事が出来なかった。謝罪をしても寄付を得られる保証がないとの意見もあった。


 大神殿は王宮にも寄付を求めた。

 しかし王都の混乱回復にかなりの金額を費やしてる王宮に、寄付をする様な余裕は無い。

 王家も混乱の原因を作った神殿に、寄付をする事はなかった。

 神殿側は国王が市民を見捨てたとして、王宮からの寄付がなかった事を公表した。それに対して即座に、神殿の信徒だけを特別扱いする事は出来ないと、王宮からも公表された。


 体力のある信徒は王都を出たし、食糧や薬品を強奪して来ていた信徒会の者達は捕まったし、地方神殿からの援助は途絶えたし、寄付は集まらない。

 神殿に頼っていた信徒達は日に日に減って行った。神官も減って行った。



 やがて王都は人口減少が止まった。

 住む所のない人はいなくなり、職のない人も減り、物資も適正な価格で購入出来、治安も問題が無くなった。



 その頃には、ラーラの腹部も目立って来ていた。


 ラーラは学院に通い続けている。もちろんバル達も一緒だ。


「思えば他の生徒達も、結構普通にラーラに接しているわよね?」


 食堂で、パノがラーラの腹に手をそっと当てながら、周囲を見回してそう言った。

 その様子を眺めながら、バルが返す。


「俺達の家の派閥の子が多いからな」

「ラーラのお腹が少しずつ膨らんでいったのを見ているから、平気なのもあるんじゃない?」

「そうかもな」

「生徒数が少ないのも、良かったのかも」


 ラーラの言葉にパノは「そうね」と肯いた。


「一人一人とのコミュニケーションは濃くなるし、生徒達の間で一体感は出ているものね」

「ソロン殿下とニッキ・コウバ殿は別だけどな」

「それは仕方ないわよ」


 王都が落ち着いて来たのに合わせて、ソロン王子も学院に顔を見せる事があった。

 しかしそれはニッキの送り迎えか、ニッキと二人で昼食を摂る為で、授業を受けてはいなかった。


「ソロン殿下はこのまま卒業してしまうのかしら?」

「そうらしいわよ」

「授業に出てないのに大丈夫なのか?」

「大丈夫でしょう?卒業試験に受かれば良いだけだし」

「ねえ?」

「なに?」

「ソロン殿下が学院に来なくなったのって、パノの所為って噂を聞いたのだけれど、どう思う?」

「私も聞いたけれど、それはないでしょう?殿下は忙しくていらっしゃるのよ」

「パノの所為って?」

「私がソロン殿下の婚約者の候補として名前が上がっていたから、これだけ生徒が少ない学院にソロン殿下と私が二人揃って通っていたら、関係を怪しまれるのでそれを避けたんだって噂」

「ソロン殿下の婚約者のニッキ・コウバ殿も通っているのにか?」

「そう。ソロン殿下が登校しない事を利用して、私とかコーハナル侯爵家とかの弱点にしたい人がいる、と言う事ね」

「良く思い付くよな」

「本当よね」

「それでパノはどう思うの?誰が流したかとか、何を狙ってとか、分かる?」

「何で?気になるの?」

「気になるわ。いつもは私が守って貰ってばかりだけれど、パノが攻撃されているなら何とかしたいし」

「攻撃と言うより牽制じゃない?私をソロン殿下に近付けさせないとか、間違っても二人きりにさせないとか」

「それってコウバ公爵家がって事か?」


 バルの言葉にパノは人差し指を唇に当てた。

 そしてバルとラーラにだけ聞こえる様に囁いた。


「王家かも」


 バルは眉根を寄せ、ラーラは視線を斜め下に落とした。


「王家がなぜ、そんな噂を流すんだ?」

「待って、当てさせて」


 バルの質問をラーラが止める。


「パノとコーハナル家がその気になると困るから、ソロン殿下はパノに近付かない様にした。それでいてわざわざ学院に来て、ニッキさんといる時間を作った。これはソロン殿下が、ニッキさんを大切にしていると言うアピールと、パノを婚約者に選ぶ事はないから近付くなって言う牽制?」

「そうね」

「それを利用して、ソロン殿下が学院に来ないのはパノの所為って噂を流した?」

「それだと少し弱いでしょう?ソロン殿下は私を避けていて、それはコーハナル侯爵家の文官達が王宮で政務を手伝っている事を王家が良く思っていないから、と言う事にしたい人達がいる、と言う感じね」

「コーカデス侯爵家か?」


 コーカデスの名に、大切な友だった人の顔がパノの脳裏に浮かんだ。

 ふっと苦笑いが浮かぶ。


「あるいはその噂をコーカデス侯爵家が広めている事にしたい人か」

「なるほど。そう読むのね」

「心当たりはあるのか?」

「一番怪しいのは我がコーハナル家ね」

「何でだよ?」

「被害者を装えるから?」

「そう。コーカデス侯爵家が我が家に罠を仕掛けている様に見せる事が出来るからね」

「本当の心当たりはあるの?」

「分からないみたい。気持ち悪いから引き続き調べるそうよ」

「やっぱり難しいわ。家同士の力量差とかもちゃんと把握していないと、理解出来ないものね」

「大丈夫よ。考え過ぎの時もあるし」

「それは大丈夫って言うのか?」


 バルの言葉にパノは肩を竦め、それを見たラーラは苦笑いを浮かべた。



 学院の卒業式は行われなかった。それは王都の状況を(かんが)みて、派手な催しを避ける王宮からの指示だった。

 登校した卒業生には卒業証書が学院長から手渡された。それが卒業式の代わりだ。

 領地に帰っていた生徒達には、卒業試験の代わりに課題が出されていて、課題を提出して合格した者には卒業証書が送られた。課題の再提出は何回でも許され、最後には全員が卒業出来た。


 在校生も、登校している生徒には進級試験が行われ、領地に帰っている生徒は課題の提出をさせられた。



 そしてソロン殿下の卒業後直ぐに、ニッキ・コウバとの結婚が公表された。

 コウバ公爵家の人達は王都には来ず、時勢を鑑みて式も挙げず、婚姻を届けるだけの結婚だった。


 将来国王となる筈のソロン王子が、神殿で結婚式を挙げなかったのは、関係者に衝撃を与えた。



 ソロン王子の結婚に、大勢の子息令嬢の結婚が続く。バルの兄のラゴとガスも結婚した。

 その殆どが書類手続きだけの結婚となり、結婚式を挙げる場合も領民達へのお披露目の為のパレードだけの式だったりする。

 そもそも貴族家の結婚式は、これまで王都の大神殿で行われて来た。王都に戻れない貴族達は地方神殿で結婚式を挙げる積もりはなかった。

 王都に帰っていた貴族達も、子や孫の結婚式の為に領地に戻った。


 コーカデス侯爵がソロン王子の結婚を知ったのは領地でだった。リリの兄夫妻に男の子が生まれ、それを祝う為に領地に戻っていたのだ。

 チェチェをソロン王子の妃に出来なかったコーカデス侯爵家は、直ぐさまチェチェを婚約させた。相手はチェチェの交際練習相手の伯爵家跡継ぎだった。


 年頃の貴族令嬢の中で婚約をしていないのは、リリ・コーカデス侯爵令嬢とパノ・コーハナル侯爵令嬢、少し年下のミッチ・コウバ公爵令嬢の三人だけになった。



 そしてラーラは2年生に進級した。

 ソロン王子と結婚して王子妃となったニッキは学院を退学した。

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