09 交際のすすめ
かなりの経済効果をもたらした交際ブームには、様々な後押しも施された。
しかしその流れに乗らない人々もいる。
侯爵令嬢リリ・コーカデスもそんな一人だった。
「リリ」
「なにかしら?お母様?」
「あなたはまだ、交際練習を始めなくて良いの?」
「まだ?何故そんな質問をするの?」
「だって、あなたの周りの人も皆やっているでしょう?」
「やってない人も結構いるわよ?」
「やってない人って、いつもの人達でしょう?」
「他にもいるわよ」
「他人がどうかは置いておいて、お前はやらなくて良いのか?」
「良いのかってお父様、どう言う意味?」
「どう言うって、やらないと拙くないのかって言う意味だが?」
「同じ事を言い換えただけじゃない。お父様は交際練習にメリットがあると考えているの?」
「それはあるだろう?」
「そうかしら?どの様なメリットなの?」
「チェチェを見てみろ。楽しそうじゃないか」
リリの姉のチェチェも暫く前に交際練習を始めていた。
リリとバルのクラスメイトのパノもだ。
「コーハナル家のパノさんも、かなり一所懸命やっているのでしょう?」
「そうなのか?」
「ええ。パノさんて少し気難しい所があるけれど、最近は邸の中でも朗らかだそうよ」
「ほう、あのパノがね。それは付き合う相手に影響されたのか?」
「どうかしら?交際練習自体が面白くて、夢中なのだとは聞いたけれど」
「まあ自分の娘がお相手に夢中だなんて、事実でも口には出来ないだろうしな。しかしチェチェもそうだが、そんなに面白いのか」
「かなり面白いのでしょうね」
「まあ、面白そうだな」
「ええ、面白くて止められないみたいよね」
「なんとも興味深い」
両親の会話を聞いてリリは、城下町で見た胡散臭い商品の街頭販売を思い出していた。
「始めるのも簡単そうよ?」
「そうだな。チェチェも試しに軽い気持ちで始めたらしいからな」
「ええ。皆さん所詮は練習だからって割り切って、始めたり止めたりしてるのよね」
「一旦別れた相手と、また付き合う事もあるらしいな」
「期限を決めて付き合って、次の人と付き合い始めて、やっぱり前の人ともう少しってなる人もいるらしいわ。そこで今の人との練習を止めて前の人と付き合う人もいれば、今の人と付き合ったまま前の人とも付き合い始めても構わないのですって」
「随分と気軽なんだな」
「曲が変わる度にダンスの相手を替えるのと、何も変わらないわよね」
「気になる相手とは2曲3曲踊るんだな。確かにダンスと変わらない」
「ええ、そうよね。上手な方と踊れば楽しいし、下手な方とでも意外と面白かったりするものね」
「足を踏まれない様に工夫したりな」
「ターンで放り出されてしまったのを誤魔化したりね」
「あれはあれで、後から笑い話になる」
「そうね。いつの間にか良い思い出になったりしているのよね」
「失敗で笑いあったりしてな」
「失敗を通して気心が知れたりするものね」
「そうだな。失敗への対処の仕方で本性が知れる事は良くある」
「それもこれも、体験しないと始まらないのよね」
「そうだな。いつも同じ事ばかりしていたら始まらない」
「ましてや何もしないで時を過ごしていたら、それまでの経験が薄くなるばかりだわ」
「うん?それはどう言う意味だ?」
「どうって、たとえば10年間に経験した事は自分の中に糧となっていても、その後の10年で何も経験してなかったら、経験の濃さは半分になるでしょう?」
「酒を同量の水で薄めるみたいにか?倍にはなるが香りも味も鈍る」
「そうね。それでも良いわ」
「ねえ?お父様とお母様が思い出話をなさるなら、私は部屋に戻るわね」
両親の思惑は分かっているが、それが分かるからこそ自分の気持ちが荒んでいく様に感じたリリは、席を立った。