コーカデス領から見た王都情勢
コーカデス家の皆が久し振りに集まった。
しかしその場にリリの兄スルトはいるが、スルトの妻フレンは体調が思わしくないとの事で同席していない。
リリの父のコーカデス侯爵リートが口を開く。
「王都の様子を見に行かせた者が帰って来た」
「随分と掛かりましたね」
リリの母セリが無表情でそう言った。
「途中に盗賊が出たりして、行きも帰りも時間が掛かったそうだ」
「イヤだわ、盗賊なんて」
「それで父上?王都の様子は?」
スルトがセリの声に被せる様に、リートに尋ねる。
「邸は焼け落ちていたそうだ」
「邸?コーカデス家の王都邸ですか?」
セリの言葉は早口になっていた。
「邸を守らせていた者達は何をしていたの?」
「死んでいたそうだ」
「え?」
「王都邸に残した使用人の何人かは死んだ事が確認出来たそうだ。残りは行方が分からない。身元不明で埋葬されたのかも知れないし、生き延びているかも知れない」
「行方が分からないなんて、探して来なかったのですか?」
「探し出すのに時間が掛かりそうだから、報告に帰る事を優先したそうだ」
「なんて事なの。焼け落ちたって、邸に残してきた物も駄目になったって事?」
「そうだな」
「宝石やアクセサリーも?」
「焼け跡には残っていなかったらしい」
「なんて事なの」
セリはそう言うと、手で顔を覆った。
スルトがリートに訊く。
「犯人は捕まえているのですか?王都の噂を聞くに、放火ですよね?」
「誰が放火したのか分からんそうだ」
「分からない?放火なのに捜査をしていないのでしょうか?」
「それも分からん。門や玄関を壊したやつは捕まっているそうだ。しかしそいつは食糧を盗んだだけで、殺しも放火もしていないと主張しているとの事だ」
「そんなの、そいつがやったに決まっているわ!」
「その犯人は貴族なのですか?」
「さあな。何故だ?」
「貴族なら家が庇えば、殺人や放火は罪に問えなくなるかも知れません」
「貴族なら食糧を盗んだりせんだろうし、それを認めるとは思えん」
「それもそうですね」
「そいつから宝石を取り返さなければならないわね」
「盗んでから火を着けるだろうから、焼けずにある筈だな」
「ええ」
セリとリートは肯き合った。
スルトがまたリートに訊く。
「王宮の様子は?」
「王宮は警護が堅く、中の様子は分からなかったらしい」
「入れなかったのですか?」
「ああ。伝手を頼る事も出来なかったそうだ」
「コーカデス家の名を遣っても?」
「ああ」
「そんな事、許して良いの?」
「許せんが、王宮内は手が足りてなくて、何をするにも待たされるそうだ」
「手が足りないって、どう言う事なの?」
「言葉通りだ。今回の騒動の後処理も大変らしいが、今も治安が回復していないから仕事は多い。その上、被害に遭った文官もいて、人手が減っているそうだ」
「被害って言っても生きているのでしょう?何で仕事をしないのかしら?」
「分からんな。しかしそれに付け込んで、コーハナル家などが文官を王宮に派遣しているらしい」
「なんだと?」
リリの祖父の前コーカデス侯爵ガットが低い声を出した。
「そんな事を許したら、コーハナル家が国政を好き勝手に出来てしまうではないか?」
「ええ。それなので我が家も王都に戻り、文官を派遣しましょう」
「ああ。私が行こう」
「いえ、父上。私が行きます」
「王都もそこまでの道中も治安が悪いのだろう?お前に何か遭ったらどうするのだ?」
「それは父上もでしょう?」
「私は引退した身。まあ易々と悪人共にやられたりはせんがな」
「いいえ父上。今は止まっている社交が王都で再開されれば、私は王都に戻らねばなりません。それならば先に王都入りして置き、最初から顔を出して貴族界の流れをコントロールします。父上はここに残って、領地を見て下さい」
「確かに社交を考えると、謝意を示して爵位を譲った私より、現侯爵が王都にいた方が良いな」
「ええ。それに今なら、王都に一番に戻った貴族との名誉が手に入ります。王家への忠誠を示す手段に出来るでしょう」
「なるほど。分かった。リートに任せよう」
「ええ。お任せ下さい」
ガットと肯き合ったリートは、視線をセリに向けた。
「セリも一緒だ。社交が始まった時に、いて貰わないと困る」
「そうでしょうね」
リートは視線をチェチェに移す。
「チェチェも一緒に王都に戻るぞ」
「チェチェも?リート、チェチェも社交に出すの?」
「いや、チェチェにはソロン殿下との関係を強めて貰う。食糧を買い占めるなど王都の状況をコントロールして、他の貴族家は帰って来辛くする積もりだ。コウバ公爵家も領地に帰っている。ソロン殿下とニッキ・コウバが離れている隙に、王都でのコーカデス家の評判を上げ、ソロン殿下の婚約者をチェチェに差し替える」
「そんな事、出来るの?」
「可能性はあるだろう?ならやるべきだ」
「そうだな。私もその意見には賛成だ。領都に残る者の事は心配ない。任せろ」
「ええ、お任せします」
リートとガットは強く肯き合った。




