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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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コーカデス領のリリ

 コーカデス領に避難してから、リリも他の女性達も外出が禁じられていた。

 王都の不安定な情勢が、いつこの地方に影響を与えるかも知れなかったからだ。

 領地にはリリの兄スルトと共に兄嫁フレンもいた。しかしフレンは妊娠中なので、もともとあまり出歩けない。


 話した事さえあまりないスルトに、リリはフレンの事を頼まれた。リリに取ってはスルトよりも、フレンとの方が話した事があるかも知れない。

 しかし頼まれた所で、何をすれば良いのか分からない。


 フレンの身の回りの事は侍女がする。何か注意すべき事があるのだろうけれど、リリには妊娠の経験がないから良く分からない。

 体を冷やさないとかだろうか?それらも侍女達が気を配っている。

 良く分からないけれどリリはフレンに気を遣う。そして自分が傍にいるとフレンにも気を遣わせている気がして、リリは落ち着かなかった。



 フレンは伯爵家の出なので、結婚前に会った時には侯爵令嬢のリリに気を遣っていた部分があった。

 しかし今のフレンはリリより立場が上だ。義理の姉だし、フレンは侯爵家の夫人でリリは侯爵令嬢。結婚の前後で地位の上下が入れ替わっている。


 リリはふと、ラーラが自分は侯爵家の夫人だからと、ミッチ・コウバ公爵令嬢に対等の立場を取っていた事を思い出す。

 ミッチはラーラがバルと結婚した事を認めず、コーハナル侯爵家の養女である事も認めず、平民として扱っていた。


 学院でラーラと接触をしたら、リリはやはりミッチと同じ様にラーラを平民扱いしなければならない。それはコーカデス侯爵家が、ラーラが貴族である事を認めていないからだ。

 しかしラーラはリリの上位者としての立場で接して来るだろう。以前に王宮で話し掛けて来た時の様にだ。

 リリは幸い学院では、ラーラと接触した事がない。考えてみると同じクラスのバルもだ。

 もしかして向こうも自分を避けていたのだろうか?


 いつかコーカデス侯爵家がラーラの婚姻を認めたら、リリはラーラを上位者として接しなければならない。そんな事が起こるかどうかは分からないけれど。

 リリの嫁ぎ先がラーラを認めている場合にも、リリの結婚相手が伯爵家の人間ならラーラは上位者だし、侯爵家なら同格だし、公爵家ならリリが上位だ。

 そう考えるとリリには、格による上下の区別が色褪せて思えた。リリに決定権が与えられていない。


 ラーラとの関係はあやふやだが、しかしフレンはそうではない。

 コーカデス侯爵の爵位はいずれスルトが継ぐのだから、フレンは未来の侯爵夫人だ。

 しっかりとリリの上位に立って貰わなければ、スルトもコーカデス侯爵家も困る。


 もしかしたらそう言う所を身に付けさせる事も含めて、兄は自分にフレンを頼むと言ったのかも知れない。


 それなら今のままではダメだ。

 先ずは意見の遣り取りを出来るくらいに親しくならないと、リリの言う通りになるだけではフレンは変われない。



 取り敢えずリリは、フレンの散歩に同行した。先ずはリリが傍にいる事に、フレンに少しずつ慣れて貰う事にする。


 フレンは散歩で、コーカデス侯爵家の領都邸の庭の決まったコースを歩く。

 毎日だし1日2回以上の事もあるので、庭の様子は変わらない。そうなるとリリとフレンの間で会話が弾む切っ掛けもない。

 会話の話題を探すのがストレスになると、お(なか)の子に悪い影響を与えるかも知れない。

 それなのでリリは少し(うしろ)から、フレンに付いて歩く事にした。フレンが振り返らなければ、リリの事は視界に入らない。

 最初はリリを振り返っていたフレンも、やがては後を気にしなくなった。そうなってからリリは少しずつフレンとの距離を縮めて行った。



 毎日同じコースを歩くのは飽きるけれど、考えてみたら通学でも一緒だ。


 リリは学院の授業を楽しいと思う事は滅多になかった。それこそ退屈だとさえ思う事があった。しかし今は少し恋しく思う。

 ここ最近の生徒達との遣り取りは煩わしかったが、領都邸に閉じ籠もった生活を送っていると、それさえ懐かしく感じてしまう。

 ラーラの姿を思わず見掛ける事も、単調な生活のスパイスになっていた様に思えて来る。


 今は安全確保の為、他家を訪ねる事も人を招く事も出来ない。


 散歩に限らず、領都邸での生活はリリには退屈なものだった。



 毎日様子の変わらない庭も、変化が全くない訳ではない。

 昨日は咲いていなかった花が咲いていれば、フレンは足を止める。リリが足を止めなければ自然と二人の距離は近付く。近付いたリリに気が付けば、フレンは花が咲いた事をリリに教える。そこで一言二言言葉を交わし、またフレンが先を行く。


 それを何回か繰り返す内に、無言で傍にいてもお互いあまり気にならない関係に二人はなっていた。



 フレンは時間があると、生まれてくる子供の為に編み物をしている。

 その場にリリも同席して、編み物をフレンに教わる様になった。

 編み物に集中していれば会話がなくても構わない。教わる時にはリリから声を掛け、指摘や提案がある時はフレンから声を掛ける。


 フレンが教師でリリが生徒となる編み物は、フレンがリリの上位に立つ事の訓練にもなっていた。



 リリはふと、ラーラも編み物をしているのだろうかと思った。

 ラーラは刺繍をする筈だ。しかし下手だとの噂だった。職人にやらせて自分が刺した事にしているとの話も聞いたので、本当は刺繍をしないのかも知れない。

 編み物はどうだろう?お腹の子供の為に下手でも編むのだろうか?自分で刺繍も編み物もしない平民女性もいると聞くから、ラーラもそうなのかも知れない。


 リリはいつの間にか自分の手が止まっている事に気付いた。

 顔を上げるとフレンと目が合う。

 フレンはリリに微笑みを向けると、視線を手元に落とした。



 同じ邸に暮らしていながら、フレンとフレン以外のコーカデス侯爵家の人々とは、一緒に食事を摂らないし、一緒にお茶も飲まない。

 フレンはつわりが酷くて、特定の料理や飲み物以外の臭いで体調が悪くなると、スルトから説明があった。


 しかしつわりの所為だけではなく、急に一緒に暮らす事になったコーカデス侯爵家の面々に、フレンが気を遣うとお腹の子にも影響するからかも知れないと、リリは思う。



 男性は皆執務に忙しい。お茶も食事も女性達だけで、男性達はお茶も食事も執務室で摂っていた。


 その女性達だけのお茶や食事の場で、話題に上がるのは王都の事だ。

 封鎖が解かれてからは王都の話もコーカデス侯爵領にも届くが、暗い話ばかりだ。それも噂として届くから、耳にする度に話が膨らんでいたりする。

 それを話題としても、不安が募るばかりだ。

 祖母や母や姉が良くも毎日不安を煽るだけで結果の出ない話を繰り返していると思うと、その事自体でもリリの気分が下がった。


 その席にフレンが参加しないのは、お腹の子に(さわ)るからかも知れない。

 フレンの傍にいればリリも、暗い話を耳にしないで済む。


 リリは編み物をしながら、フレンとお茶を飲む様になった。お茶も茶菓子もフレンと同じ物を出して貰う。

 妊婦とお腹の子供に良い物は、リリが口にしても問題ない筈だ。

 少し味気なかったり味が偏っていたりするけれど、リリも問題なく飲んだり食べたり出来た。


 食事はそうはいかなかった。

 フレンは体調によって食べられたり食べられなかったりする。それなので食べられそうだと思ったら、時間構わず食事を摂っていた。

 睡眠もそうだ。眠くなったら無理せずに眠る。


 リリは散歩と編み物には付き合えたが、食事と睡眠はフレンには合わせられなかった。



 ラーラもフレンの様な、リズムの狂った生活をしているのだろうかと、リリの頭に疑問が浮かぶ。


 ラーラは妊娠中も学院に通うと言っていたらしい。

 休み時間に食べたり寝たりする積もりなのだろうか?寝るなら保健室のベッドだが、休み時間の度に教室と保健室を往復する積もりだったのだろうか?

 それともそんな事は考えもしないで言っていたのだろうか?

 あるいは貴族と平民では、妊婦の生活の仕方が違うのだろうか?違うのは当然だけれど、フレンの様子を見ていると、不規則に眠ったり食べたりするのは仕方なく思える。これには身分の差は無いのではないかと、リリには思えた。

 でもラーラなら何とかしてしまうかも知れない。



 リリはコーカデス領に来てから良く、ふとした弾みでラーラの事を思い出していた。

 同じ妊婦のフレンから連想してしまう所為だろう。


 しかしフレンはコーカデス侯爵家の直系を産む。産まれてくるのが男の子なら跡継ぎだし、女の子でも皆から祝福されるだろう。


 それに対して出産の意志を表した途端に、王都でのラーラ人気は廃れた。

 大勢の人々に反感を買ったのだ。誰だか分からない犯罪者の子供を産む事に、共感出来る人はいるのだろうか?少なくとも自分には出来ないとリリは思う。


 そもそも自分なら、誘拐された時点で死を選ぶだろう。純潔を疑われながら生きて行くのは考えられない。まして本当に純潔を奪われたなら。


 何故ラーラは生きているのだろう?

 何故ラーラは産もうと思うのだろう?


 コーカデス侯爵領に来てから何度となく頭に浮かぶ、答の出ないそれらの疑問に、リリはまたお茶を飲む手を止めていた。


 ふと顔を上げるとフレンと目が合う。

 フレンはリリに微笑みを向けると、視線をカップに落とした。

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