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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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ラーラ側の事情

「ラーラ殿は当日、何故都合良く邸にいなかったのだ?」

「それまでに私宛に大量の脅迫状が届いておりました」

「誰が送った物か分かるか?」

「差出人の名はありました。しかし見知らぬ名ばかりなので、誰なのかは分かりません」

「その名前は提出出来るか?」

「脅迫事件として届け出ております。その届出の情報はこちらです」


 そう言ってラーラは紙を示す。

 国王の従者がそれを受け取って国王に渡し、国王は宰相に回した。

 宰相はそれを見て肯くと、副官から資料を受け取って国王に示す。


「こちらがコードナ侯爵家から上がった脅迫事件の訴状です」


 国王は声を出さずに肯いた。

 コードナ家にしろ宰相にしろ、準備が良い様で何よりだ。

 しかしその準備の良さが、自作自演なのではないかとの憶測を呼ぶのだ。


「その訴状にあります通り、送り主は神殿の信徒である事が脅迫状には書かれておりました」

「信徒を疑う事は許せません」


 ラーラの説明に大神殿長が意見する。

 国王は、とうとう始まった、と思った。これから屁理屈同士が長々と()つかると思うとウンザリする。結果だけ後で教えてくれれば充分なのに。


「疑ってはおりません」


 ほら来た。信徒だと疑いようがないとか?信徒である証拠がこちらにとか?


「脅迫状に信徒であると示されているだけで、それが真実である事は示されてはおりません」


 あれ?


「国王陛下。よろしければその訴状をそちらの(かた)に見せて差し上げて下さい。脅迫状の文面が載っております」


 ラーラの言葉に国王は資料を(めく)り、文面を確認した。神殿の信徒だと確かに自称している。

 国王から資料を受け取った従者が、それを大神殿長に渡した。

 大神殿長がそれに目を通すのを見て、宰相はラーラに話の続きを促した。


「それで?」

「神殿の信徒を名乗っていましたので神殿の様子を確認した所、我が家に抗議に来る話を知りました。命の危険を感じたのですが、我が家では防ぎきれない事を危惧し、使用人も連れてコードナ邸に避難したのです。それなので当日は邸に誰もおりませんでした」


 そうなのだ。

 国王は内心で肯いた。

 コードナ侯爵家もその他の王都に残った貴族家もソウサ家も、使用人を含め誰一人として暴徒の被害に遭っていない。

 そして上手く立ち回る事で、王都民の評判を上げている。ラーラの妊娠前ほどではないが、王都全体でなら評判は上位だ。

 替わりの様に王家と王宮は評判を落としているが、まあ神殿ほどではない。


 それに今はまだ王都民の間で、王都から逃げ出した貴族達の話題は上がっていない。忘れられている。しかし誰かが王都に帰って来たら、王都民はその瞬間に逃げた貴族達を思い出す。

 思い出せば、王都民からの評価は大きく下げられるだろう。信用に値しないとの意味では、今の神殿と同じ程度の評価を付けられるに違いない。

 逃げ出した貴族の評価が下がれば、逃げ出さなかった貴族の評価が相対的に上がる。


 評判の落ちたラーラとコードナ家が評価を取り戻そうと筋を書き、自作自演をして王都に被害を出したと言う話も納得できる。

 これがラーラ達の自作自演ではないとは、(にわか)には信じ難い。

 国王はそう思うが、しかし自作自演ではないと考えていた。自作自演ではないから恐ろしいのだと。


「今回の件、ラーラ殿達の自作自演との意見もあるが?」


 宰相のその言葉を国王は()めたかった。

 誰もがラーラ達の自作自演を思い付くだろう。けれどもラーラ達が本当に自作自演をするなら、誰にも気付かせない様にするのではないか?少なくとも証拠を隠す様な動きを見せる筈だ。だから逆説的に自作自演ではないに違いない。

 そして自作自演に見える状況が意図せず自然に作られたものだとしても、それは罠なのだ。それに触れれば囚われてしまう。


「それは食糧を蓄えていたり、食糧集めに人を送っていたりした事を言われているのだと思います。私が脅迫された事で、ソウサ家も狙われる事を考えていました。そうなれば店舗や倉庫が襲われるでしょう。それですので親交のある貴族家にお願いして、食糧を保管して頂いていました」

「たまたまではないと?」

「はい。どの様な被害を受けるかは分かりませんでしたが、取り得る手段の中で最高の対処を選びました」

「港の倉庫はそのままだった様だが?」

「あそこは船の出入りの度に食品が必要になります。それなので倉庫を空にしてしまうと、お客様に迷惑を掛けます」

「他の倉庫は迷惑にはならないのか?」

「そちらは王都が籠城する時を想定した物なので」

「籠城?王都が?」


 国王は危なかった。宰相の言葉が少しでも遅ければ、自分が口を開いてしまう所だった。


「戦争ではなくても災害などで、王都への物流が止まる事は想定出来ます。ソウサ商会は王都に物が入って来なければ、王都民は直ぐに飢えると考えていましたので、自分達で出来る備えをしていたのです」

「自分達だけ助かる様にか?」

「もちろん自分達が助かる事は第一です。何故なら、流通が回復したら物品を至急に王都へ運び込まなくてはなりません。そしてそれを担うのは自分達なのですから」

「随分と凄い自負だな」

「お客様の求める物を提供するのがソウサ商会の理念です。物流が止まれば食糧や日用品は不足します。入手に不安があれば買い占めも起きるでしょう。それを防ぐ為には安定した流通と、それを支える為の在庫が必要です。食糧があっても流通しなければ、餓死者が出ます」

「今回はまさにそれだな。しかし結果として、貴族家による買い占めをさせていたのはソウサ商会ではないか?」

「各家は暴徒の侵入を防ぐ為に、守りを固めていました。門を閉ざしたまま売り買いは出来ませんし、塀の上から食糧を撒いたりすれば更なる混乱を生みます」

「それはソウサ商会にも各貴族家にも、何ら責任はないと言う事か?」

「責任を問うのでしたらこの場ではなく、法廷でどうぞ」

「国と争うと言うのか?」

「わたくしにはどなたとも争う気は御座いません。しかし争いを仕掛けられるのでしたら戦います」


 そう言ってラーラは宰相から視線を移し、国王を見詰めた。


 ラーラは睨んではいない。しかしその目は不敬だぞ。国王はそう思った。

 もう目を逸らしたい。でも逸らしたら負けだし、そうなったら何をさせられるか想像が付かない。何も無ければそれはそれで、ずっと気掛かりとして心に残りそうで怖い。


 国王は感情を載せない視線をただラーラに返す。

 ホント、勘弁してくれ。


 宰相が「なるほど」と言うと、ラーラは視線をそちらに向けた。


「大神殿長。コードナ侯爵家の言い(ぶん)に何か意見はあるか?」

「神は真実を見ています。そして嘘を許さないでしょう。罪は本人が償わなくてはなりません。そして過ちに力を貸す者達もです。たとえそれが(たぶら)かされた結果だとしても」


 そう言うと大神殿長は脅迫事件の訴状を指差した。


「これを脅迫状等と(いつわ)って人々を惑わすのは、罪を重ねる事になります」

「脅迫ではないと?」


 宰相の言葉に、大神殿長は不思議そうな表情を浮かべる。


「事実を述べる事が何故脅迫になるのですか?どの文面もラーラ・ソウサとバル・コードナ殿の罪を指摘し、受けるべき罰を教えています。そしてその後に取るべき正しい道を説いている。どこの部分を拾って脅迫などと言っているのか分かりません。これらを書いたのは敬虔な信徒でしょう。神の御心に沿ったこの人達を訴えると言うのなら、訴えられたその人達こそ被害者と呼べます。私は神の御心に沿ってその人達に力を貸します」


 そう言って大神殿長は静かにラーラを見詰めた。他の神殿長達もラーラを見詰める。

 ラーラは大神殿長を見詰め返し、ゴバもデドラもリルデも大神殿長を見詰めた。


「脅迫であるかないかは法廷での判断になる」


 余計な事を言うな宰相!

 国王は叫びそうになるのを何とか(こら)えた。


 宰相の言葉は、大神殿長達の相手は国だ、と言っているのだ。

 脅迫かどうかは国が決め、脅迫だと決まれば手紙を送った人間は有罪になる。その後で刑罰の選択や慰謝料の受け取りになるので、ラーラの出番はそこからだ。


 ラーラ達は納得している模様だが、大神殿長達は(いぶか)しんでいる表情を宰相に向けていた。

 宰相が何故その様な分かり切った事を敢えて言ったのかと大神殿長達は思い、宰相の言葉の真意は伝わっていなかった。


 しかしその後も大神殿長達から特に意見は上がらず、謁見は終了した。



 謁見が終わると国王は即座に謁見室を出て、執務室に向かった。

 前回の様にゴタゴタが起こっても、巻き込まれたくはなかったからだ。


 執務室に戻って自分の椅子に座り、国王は初めて自分が息を()めていた事に気付いた。

 深く息を吐き出す。


 大神殿長とラーラの論戦が起こらなかったのは、国王には想定外だった。

 思えばラーラは大神殿長達に興味がなさそうだった。コードナ侯爵家もだ。

 邸や店舗を襲った暴徒が信徒だっただけで、神殿は関係ないと結論付けていたのだろうか?大神殿長は信徒でもないと言っていたが。


 大神殿長もあんな人間だっただろうか?

 もっと優しい雰囲気を持っていた筈だが、ラーラの事を突き放している様に見えた。ラーラを信徒ではないと断じたのだとしても、信徒以外にも物腰が柔らかいとの評判だった筈が、そうは見えなかった。それとも神敵扱いか?


 大神殿長は怪我をしているし、ラーラも体調が良くない筈だから、お互いに早く謁見を終わらせたくて、言葉を控えたのかも知れない。


 そう思い至った国王は肩の力を抜いた。謁見が想定外に穏やかに済んだ事を思うと、安堵の笑いが浮かぶ。


「終わって良かった」


 そう呟いた国王に、遅れて執務室に入って来た宰相が「今日の分の執務はまだ始まっておりません」と応えた。


 宰相からは黙って座っていただけに見えただろうけれど、既に疲れ切っている国王の執務はこれからだ

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