大神殿長側の事情
事情聴取の謁見の召喚対象者にはラーラの名がある。
確かに騒ぎの張本人だ。その様な場を設けるなら、喚ばない訳には行かないだろう。
でも国王は喚びたくなかった。絶対に揉める。ラーラがいて揉めない訳は無い。
自分が出なくても良いならラーラを喚んでも良いと宰相に言ったら、陛下の冗談はセンスがないと返された。本気だからな?
国王は、とばっちりで退位させられでもしたら堪らない、と考えている。
今の局面で王太子に王位を譲れば、無責任の誹りを免れないだろう。
次代の王の治世を自分の代の尻拭いで始めさせるのは、将来語られる王国史を考えてみても、許容出来ない。子孫にダメ王扱いされてしまう。
それに今は王族が挙って事に当たっている。
ここで国王の権力を手放せば、逆に王太子に良い様に使われる。王太子には仕返しとばかりに、扱き使われるだろう。
それなら国王を続けていた方が、何倍もマシだ。
早朝の謁見室のテーブルには、片側に大神殿長と各神殿の神殿長達が並ぶ。
反対側にはコードナ侯爵ゴバ、コードナ侯爵夫人デドラ、ラーラ、バルの母リルデが並んだ。
ラーラの顔を見た国王は、心の中で溜め息を吐く。
宰相が口を開いた。
「今回の一件に付いて、関係者の意見が食い違い過ぎて、中々真相が掴めない。本日は時系列に沿って起こった事を並べ、それぞれの見解を説明して頂く」
国王は目を閉じた。ラーラに搦まれない様に口も開かない積もりだ。
「事の発端は神官の先導でラーラ・コードナ殿の邸に信徒達が集まった事だ。先ずはこの経緯を神殿側に説明して頂く」
「宰相の認識は誤りですね。発端はラーラ・ソウサが神の祝福を受けずに子を生した事です」
大神殿長が発言する。優しく響く、聞き心地の良い声だ。
「それに言及しても意味は無い」
「祝福を受けずに子を生す事は神の御言葉に反します。それが全て。神官として述べられるのはそれで全てですね」
「それなら訊き方を変える。ラーラ・コードナ殿の邸に信徒を集め、何を行う積もりだったのだ?」
「彼女は神に祝福された夫婦であるダンとユーレの子ラーラ・ソウサです」
「・・・それが何か?結婚して今はラーラ・コードナだ」
「宰相は紙の上の文字を優先していますが、そうではありません。たとえ目に映らずとも大切なものはあるのです。感じる事が出来なくとも神の祝福に触れない事は出来ません」
「宰相閣下」
ラーラが口を挟む。
「何だろう、ラーラ・コードナ殿」
「名前だけで結構です。コードナを名乗るのは神殿には関係ありませんので、この場では名前だけをお呼び下さい」
ラーラはそう言ってからゴバとデドラを見た。二人は小さく肯いて返す。
釣られる様に国王も小さく肯いた。話をさっさと進めて、さっさと終わらせて欲しい。
宰相もラーラに肯くと、大神殿長に向き直る。
「ラーラ殿の邸に信徒を集め、神官達は何をなそうとしたのだ?」
「神官はラーラ・ソウサに、神に祝福されない子を生してはならない事を教えようしました。信徒達もそれぞれ同じ事をラーラ・ソウサに教えようとしたのでしょう。神官が信徒を集めた訳ではありません。信徒としてラーラ・ソウサの過ちを見過ごせなかったのでしょう」
「神官が信徒達に命じたのではない、と言う事か?」
「神官は命じません。神官が信徒に対して何かを命じる事はありません」
「それなら掠奪や放火も信徒が勝手にやったのか?」
「信徒はその様な事は行わないでしょう。神は人から物を奪う事も人の物を損ねる事も、意味も無く行ってはならないと教えて下さっています」
「信徒達には意味があったのでは無いのか?」
「信徒ではありませんよ。ラーラ・ソウサのもとを訪れたのは、信徒だけではないでしょう?」
「信徒ではないと言うのは、神殿には関係ないと言う意味か?」
「信徒ではなくとも神殿を訪れる事は出来ます。神殿は誰にでも門を開いています。たとえ神を信じない者でも誤った心を持つ者でも、神殿を訪れて神の祝福に触れる事で、神の御心を感じられる事があるのです」
「邸への侵入と破壊と掠奪と暴行と放火を行ったのは信徒ではないし、神殿には関係ないと言うのだな?」
「信徒ではありませんが、その人が神殿を訪れた事はあるかも知れません。しかしラーラ・ソウサの邸を誰が訪ねるのか、神官が関知する事はありません。そこで何を行うかに付いてもです」
「神官がラーラ殿の邸の敷地内に入ったとの目撃情報があったが、それも神官ではないと言う事か?」
「その目撃情報が本当なのかは分かりません。しかし神官がラーラ・ソウサの邸の敷地内に立ち入った話は聞いています。それが誰だったのかも分かります。そして何故立ち入ったのかも訊いています。全員、人波に押されたからだと証言をしました。それを謝れと言うのならその者達に伝えます」
「その人達の情報を提出して貰えるか?」
「ええ、構いません。手配しておきますから、大神殿に取りに来て下さい」
そう言う話になる事は分かっていたのだろうから、リストを用意して持って来ておけ、と国王は思った。
「大神殿長がコードナ侯爵邸に行ったのは何故だ?」
「神官が放火しているとの連絡を受けて、真偽を確認しに行きました」
「わざわざ大神殿長が確認に?」
「事実を確かめるのに、役職は関係ありません」
「大神殿長が現れなければ、あの場の混乱もあれほど酷くはならなかったとの意見もある」
「そうですか」
「・・・それだけか?」
「それだけとは?その様な意見があるのですよね?しかしその意見が正しかったのかどうかは確かめようがありません。それについて論じるのは無意味です」
「それではあの場の混乱は大神殿長の責任ではないと言うのだな?」
「はい。ラーラ・ソウサが祝福されない子を生さなければ、今回の事件は起こりませんでした」
「ラーラ殿が望まぬ妊娠をしたのがいけないと言うのか?」
「当然ではないですか?宰相はそれを良かったと思っているのですか?」
「いや、そうではないが」
そんな事を言い出せばその通りだ、と国王は思う。しかし論点はそれではない。
だがここで口を出せば巻き込まれるし、話も長くなる。やっぱり黙っていよう。
「王都の惨状に付いて、神殿は一切責任がないと言うのだな?」
「はい。それも当然ですね」
「神官達は破壊も掠奪も放火も暴行も行わなかったし、暴徒を扇動したりもしなかったと?」
「はい」
「信徒達もそれを行わなかったと?」
「もちろんです」
「それらを行っていたのは神官でも信徒でもないと言う事だな?」
「はい」
「では逮捕された者達の処罰に付いては、神殿は一切関知しないな?」
「いいえ。その中の神官や信徒がいれば関わります」
「破壊や放火をしたのは神官でも信徒でもないのだろう?」
「はい。ですけれど無実の罪で捕まった神官はいます。信徒もいるでしょう」
「その神官の無実を神殿が証明すると言う事だな?」
「私は神官の無実を保証します。証明が必要なのでしたら、それは宰相がなさって下さい」
国王はツッコみたかった。でもツッコんだら負けだ。
「証明はしないと言うのだな?」
「はい」
「分かった」
顔には出さないが国王は驚いた。え?良いの?
神官を無罪放免としたら、信徒達もそうする事になりそうだ。そうなると俄信徒が増えて、全員釈放する事にもなりかねない。
大勢の容疑者の所為で財政が予算オーバーになっているからその面では助かるとは言え、そんな事をしたら大問題だ。
大神殿長だけではなく、宰相にもツッコみたい。国王は心底そう思った。
「コードナ卿は神殿側の意見に何かあるか?」
「いいえ」
いいえ?
国王は心の中で首を傾げた。
「ラーラ殿は?」
「いいえ」
いいえだと?
国王はラーラが何を企んでいるのか、不安になる。
問い詰めたい。しかし問い詰めたらラーラに攻撃の足掛りを与える事になると思える。
国王は自分の中のジリジリする思いを懸命に宥めた。




