閉鎖と解放と再燃
いいわけ回です。
後書きに粗筋を書きます。
正確に何が起こるか予測出来た者はいなかったが、何かが起こると考えて用意していた者達はいた。
王家は神殿と信徒達の動向を予め把握していた。
コードナ侯爵家へ周囲の騒動を治める命令は王宮が独断で出したものだったが、その後の軍隊出動は王家が念の為に準備していたものだった。
ソウサ商会では、港町の倉庫はそのままだったがそれ以外の王都各所の倉庫内の食糧は全て、コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家と味方する四侯爵家とその配下の貴族家の邸に運び込んでいた。
それはラーラの祖父母のドランとフェリの指示で行われた。二人は昔、地方で発生した暴動で倉庫を襲撃された経験を持つ。そしてラーラを敵視するなら、ソウサ商会もターゲットにされるに違いないと考えた。
また、王都外縁部で火災が起こると直ぐに、ラーラの父ダンはラーラの兄達三人を含む従業員達に対し、食糧と薬品と日用品の買い付けに各地に向かう事を命じた。
王宮は王都を閉鎖した。王都全体の状況を把握するより前にだ。
軍の兵士が王都を囲み、港からの船の出航も禁止された。それは暴動を起こした犯人達を逃がさない為に取られた措置だった。
そして貴族だけが王都から移動する事を許される。ただし事情聴取の必要があるため、コードナ侯爵家は王都に残る事を命じられた。
貴族達は次々と王都を出て自領に向かう。公爵三家とコーカデス侯爵家もだ。
王都には王家と、コーカデス侯爵家以外の六侯爵家と、それに与する家が残る。
ソロン王子の婚約者ニッキ・コウバ公爵令嬢も王宮に残った。
王都には多くの死者が出ていた。
殴られた者。切られた者。炎に巻かれた者。水に沈んだ者。
そしてその数は増えていく。それは亡くなっているのが発見されるだけではなく、医師と薬品の不足も原因になっていた。
王宮は警備隊に死者の弔いを主導させたが、圧倒的に手が足りない。身元確認もままならず、死者数の把握も出来ていないので、いつ終わるか先の見えない状況だった。
暴徒を恐れた商人は店を閉め、王都民の間に品不足を懸念する声が広がった。
直ぐに店舗や倉庫が襲われ始めた。
ソウサ商会は全ての倉庫の扉を開いていた。中には食糧がなく、他の物も大した量は残っていなかったので、倉庫が壊されるより物品が持ち去られる事を選んだ。
その為に倉庫自体は無事だったが、事務所と店舗は荒らされた。
暴徒は食糧などを隠し持っていそうな店舗を荒らして回る。
しかし軍の兵士は王都への出入りを防ぐ為に出払っているし、警備隊は死者の弔いに出払っている。王宮の衛兵は王宮を離れない。
暴徒を止める者はいない。
店は営業しておらず、暴徒に加わらなければ食糧が手に入らない。
暴徒の数は増えて行くが、そうなると暴徒になっても食糧を手に出来るチャンスは減っていく。
そして体力を失くした者が暴徒から抜けて行った。
暴徒の勢いは落ち始めると急速に規模を縮小した。
やがて住民側の自衛力が暴徒の暴力を上回ると、暴徒は現れなくなった。
暴徒の数の減少に比例する様に、王都には餓死者が増えて行った。
犯罪者を逃がさない為に王都からの出る事が禁じられたが、王都に入る事も禁じられていた。
食糧や薬品が届いても王都内に運べない。それは暴徒に奪われる事を王宮が警戒したからだった。
そして食糧や薬品は王宮が徴取した。料金は後から支払うとされたが、替わりに渡された支払確約書には金額の記載はない。物品の明細もない。
商人は当然抗ったが王宮の役人は非常時だからと、軍の兵士に命じて力尽くで取り上げた。
取り上げた物品は兵士が警護して王宮に運び込まれる。
王都民はそれを見ているだけだった。
物品が無理矢理取り上げられた事は、商人達の間に噂として瞬く間に広がる。
それはソウサ商会の従業員の耳にも入り、買い集めた商品は王都周辺の街の倉庫に運ばれる。
他の商人達も同様で、王都まで運ばれる物品は無くなった。
王都に残った貴族家やソウサ商会の様な大商会宛てに、王宮から食糧の供出を命じる使者が送られた。
しかしどの家も門扉を固く閉ざし、使者の訪問に応えない。
業を煮やした使者の中には、王都に食糧がないのは貴族家や大商会が買い占めている所為だと、邸の前で名指しで非難の声を上げる者もいた。
それが新たな騒ぎを起こす。
貴族家や大商会を営む家の邸の前に人々が集まり、口々に食糧を求める声を上げた。
そして塀を乗り越える者も現れるが、乗り越えれば中の護衛に捕まる。
護衛は門を開けずに塀を乗り越えて、捕まえた侵入犯を警備隊に引き渡し、また塀を越えて中に戻った。
王都を脱出した貴族の邸も襲われ、留守居をしている使用人が守る食糧を巡って戦いとなる。
これによる死者も出た。
食糧を奪われた使用人達は王宮に訴え出ようとするが、衛兵に阻まれて門前払いをされた。
死者を弔う警備隊から、餓死者を見掛けるとの報告が王宮にも届き始めるが、発見死者数は日々それほど変わらない。
警備隊には余裕がなく、見つけ出すのも弔うのも限界だった。
港町には食糧が残っていた。
そしてそれを船員達が暴徒から守っていた。
新たな船が到着しても港に入れないので沖に停泊するが、食糧や水を渡さなければ船員達が生きて行けない。他の港に移動出来るほど食糧に余裕がある船は稀だった。小舟を使い、日々の食糧を足りない分だけ受け渡す。
沖に停泊する船が増えるだけ、港町に残された食糧の減り具合は加速する。このままなら出港が許可されても、航海する為の食糧を積み込めず、港からは出られない。
現在の状況と今後の見通しの説明を求める船長達に、食糧がないのはソウサ商会が買い占めているからだと説明した役人は、船長達から罵声を浴びせられた。
流通を止めているヤツが犯人なのだから、そいつをここに連れて来いと脅される。
犯人の代わりに連れて来た上司が同じ事を口にすれば、上司を人質にして船員達も連れて、船長達は王宮へと抗議に向かった。
海賊相手に戦う事もある船員達が、王宮の出入りを遮る。
王宮の衛兵に加えて軍の兵士も船員達を取り囲み、場の緊張は次第に高まって行った。
そこに王宮側から、話を聞くとの譲歩が入った。
船長達だけ王宮内に入り、宰相相手に港町の現状と船の窮状が伝えられる。
翌日、王都の封鎖は解かれた。
暴徒の罪を問われる事を恐れた者達が、早速王都から出て行く。まだ王都から出て行けるだけの体力を残していたのは、食糧を上手く奪っていた者達だ。
王都に残っていた貴族家はそれぞれの領地に報せを出し、王都の現状を伝えると共に、暴徒が領地に流入する事への警戒と対応を命じた。
ソウサ商会が各貴族家に預けてあった食糧は、各家が望むなら売り渡した。
ソウサ商会は王都近郊に待機していた食糧をまず港町に運ぶ。出港出来る船には港を出て行かせ、沖に待機している船を入港させた。
取引先の貴族が王都におらず、運んで来た品の買取をソウサ商会に打診する船もある。ソウサ商会は他の商会を紹介してその類の商談には関わらず、本業とする食糧や日用品の販売に専念した。
この間に神殿内でのラーラの評価は、悪女から悪魔になっていた。
暴徒を避ける為に多くの信徒が神殿に避難していたが、神殿内の食糧も薬品も極度に不足していた。死者も出ている。
敬虔な信徒達には、今回の火事も暴動も食糧不足も、それらによって人が亡くなるのも、全てラーラ・ソウサの所為だとしか考えられなかった。
そして今もソウサ商会は売り惜しみをして物価を吊り上げ、人々の弱味に付け込んで金を毟り取っている。
城下街のソウサ商会の店舗は荒らされたままなので、敬虔で行動力のある信徒達は港町に押し寄せた。
そこで港の店舗を守る船員達と対峙する。
敬虔な信徒達は船員達に、ラーラ・ソウサがいかに悪か、その手下であるソウサ商会がいかに非道い事を行っているかを訴えた。
しかし船員の半分はこの国の言葉が通じないし、船員の多くは違う宗教を信仰していた。それなので船員達は説明の途中で平気で守りの役目を交替するし、そうなると信徒達はまた一から相手に通じていない説明を繰り返さなければならなかった。
王都が解放されて治安が大分落ち着くと、王都に残った貴族家も行動を起こし始める。
コーハナル侯爵家を中心に王宮に文官を送り、滞っている業務を手伝わせた。
コードナ侯爵家を中心に護衛達に命じて、王都内の情報を集めた。
まず食糧や薬品が不足している事が正確に把握されて行く。
その中で生命に危険がある人が次々に発見されて行った。
貴族家から派遣された護衛達はまず、その人達に選択を迫る。
神殿はラーラを悪魔と呼んでいるので、助けを受け取ると神殿から罪を問われるかも知れない。それでも助けられたいか、あるいは助けを拒むかと。
今回の騒乱をラーラの所為だと敬虔な信徒達が声高に叫ぶので、各貴族家は神殿に不快感を覚えていたし、怒りを感じている者達もいた。それなので皆、ラーラを悪し様に貶す相手を助ける必要はないと考えていた。
助けを拒む人もいるので、その人達の事は最寄りの神殿に連絡して後は任せる。
助けを求める人には食事を与え、必要なら薬を与えた。ソウサ商会に連絡をして、日用品を買える手配も行った。
望まれれば妊婦や幼児は邸に保護をする。親を亡くしたり親が見付からない子供達も保護をした。
それらの情報はコーハナル侯爵家を通して王宮にも伝えられた。
そして王都近隣のソウサ商会の倉庫の在庫や、今回買い集めた物品が次々と王都に届き、空だった王都の倉庫が埋まって行く。
荒らされた店舗を片付けて、ソウサ商会は営業を再開した。
直ぐに敬虔な信徒達がソウサ商会の店舗に押し寄せて、商品を奪おうとした。
それを警戒して集められていた護衛に阻まれ、信徒は捕まって警備隊に引き渡される。
信徒達は連行されながら、ラーラは悪であり悪魔に違いない事を口々に叫ぶ。そしてラーラの所為で今も神殿で人が死んでいっていると訴えた。
それに同調する者もいるが、多くの王都民は冷めた目で見ていた。
中には大切な人を返せと信徒に掴み掛かる者もいたが、警備隊員に妨げられる。それに対して信徒達は、大切な人を奪ったのはラーラであり大切な人を奪われたのはあなた一人ではない、と憐れみの籠もった声と視線を返した。
骨折と捻挫とその後の発熱でベッドから出られなかった大神殿長には、王都の現状は隠されていた。
本当の事を伝えれば、また大神殿を飛び出して行ってしまう事が懸念されたからだ。
幸い熱が下がっても、骨折と捻挫の為に大神殿長は出歩けない。大神殿長を部屋に閉じ込める事で、大神殿長への情報封鎖は問題なく行えた。
大神殿長の容態を正しく伝えると、各神殿から面会依頼が絶えないだろうと、大神殿の神官は考えていた。
面会を許せば王都の情報が大神殿長に伝わり、大神殿長は飛び出して行くだろう。
それを防ぐ為、大神殿長の容態に付いての情報は、大神殿の一部の神官以外には一切伝えられなかった。
各神殿の神官達は不安な心理状態で、頼るべき大神殿長の容態を悪い方に考え、最悪の事態を想像していた。
信徒達がラーラを悪魔と呼ぶ事を最初は諫めていた神官達も、毎日何人もの信徒に繰り返されればラーラが悪である事に真実味が感じられる様になる。大神殿長の容態を悪化させているのがラーラの呪いだと言う言葉を否定する証拠も、その神官達には見付ける事が出来なかった。
そして各神殿は協調して、ラーラが悪である事は疑いないとの見解を出した。更に悪魔の可能性があると表明し、大神殿長に呪いを掛けていないか確かめるには、ラーラの死を以て証明するしかないと発表した。
ラーラが死んで大神殿長が快復すれば、ラーラは悪魔だったのだ。
神殿からの発表を受けて、敬虔なる信徒達は興奮に染まった。
しかしここまでの状況を知っている信徒の中には、神殿の発表を真に受けない人達もいた。だがその人達は声を上げない。敬虔なる信徒達の意見を否定すれば、自分が悪魔とされる事を理解しているからだ。それなので冷静な信徒達は、ただ、神殿と距離を置くだけにした。
大神殿は慌てて各神殿に発表を取り下げる様に通達を出す。
そして大神殿はラーラを悪魔とは認めていないとの発表をした。
ただし大神殿は普段は貴族家を相手にしている為、平民への直接の影響力は弱かった。また明示的にラーラは悪魔ではないと否定しなかった事も、大神殿からの発表の効果を弱めた。
そして一般の王都民達の中には、神殿への反発を表明してしまう人達もいた。
それは暴動の起こりを知っていて、その後の神殿の対応を知っていて、現在の王都での神殿の置かれている立場を知っていれば、どう考えても罪をラーラに押し付けて、責任逃れをしている様にしか思えなかったからだ。
その事を口にした人達は悪魔の手先として、敬虔なる信徒達に神罰を下されて行った。
ラーラが居場所を偽る為に、わざと警備の薄い邸にいるとの情報が、敬虔なる信徒達の間に流れる。
その場所は下級貴族の邸で、コードナ侯爵家ともコーハナル侯爵家とも縁遠い。しかし表には護衛がそれほどいないのに、邸内には結構な人数が過ごしている様に思える。
出入りを見張る信徒から、明らかに邸の規模を越える量の食糧が運び込まれたとの連絡が入った。
誰かがそこにラーラ・ソウサがいると口にする。
その言葉を聞いた信徒達の脳裏には、ラーラがいなくても食糧が手に入るとの考えが浮かんでいた。
そして不法侵入で大勢の信徒達が捕まった。コードナ侯爵家が仕掛けた罠だった。
調書を取ると信徒達は、それぞれの信念をなに恥じる事なく述べる。
ラーラは悪魔であり、死を与えるのは神の祝福である。
ラーラに誑かされている者達の目を覚まさせる必要がある。
ラーラの集めた食糧は、神殿で祝福を行いこの世から消し去らなければならない。
そんな教義があるのかと、調書を取っている人間が首を捻る言い分もあった。
捕まった信徒達は調書を添えて、警備隊に引き渡された。
警備隊の留置場は既に一杯なので、信徒達は王宮の拘置所に調書と共に届けられた。
王宮が徴取した食糧のうちの少なくない量が、今回の一連の騒動で捕まった犯罪者達と容疑者達の胃袋に消えて行った。
今回新たにラーラ殺人未遂の容疑者として届けられた多数の信徒達が、更に食糧事情を圧迫する。
軽微な罪で検挙された犯罪者には特赦が与えられて牢から出されたが、牢の中なら食事の心配がいらないからと、罪を犯して舞い戻って来る者も多かった。その者達は、罪が確定するまでは拘置所で食事が出される。罪が決定すれば刑務所で食事にありつけた。
王都の出入りを解放したので食糧は手に入れ易くなって来ているが、犯罪者の為の予算が無限にある訳ではない。
王宮としては早く罪を確定し、懲役が必要なら早く服役させて、そして早く出所して欲しかった。
しかし今回の一連の騒動に付いては、事情聴取では中々真相が分からなかった。
誰が被害者なのかさえ、様々な主張がなされる。
自分達こそ被害者だと訴える容疑者の声に耳を傾けるなら、留置すべき容疑者は更に増える。
そこで素早い問題解決の為に宰相が提案した対応策を実施する事に、国王はしぶしぶと了承した。
宰相はコードナ侯爵達と大神殿長達を呼び、関係者の認識を合わせる事を提案したのだ。
国王は、本当にやりたくなかった。
王都が封鎖されて物流が滞り、食糧の強奪が行われる。
神殿信徒によるラーラ非難は高まり、その声に反論した王都民は神殿信徒から攻撃された。




