風向き
ラーラの妊娠が公表されると、貴族界に緊張が走った。
風向きが変わる事をどの家も理解したからだ。
まず中立派が距離を取った。しかしそれ以降は推移を見守る事に専念し、特に動きは見せなかった。
コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家の派閥を名乗って擦り寄っていた貴族家は、手のひらを返した様に両家を批判する。
昔から両家の配下だった家々は両家に続いて遺憾を表明し、その後も両家の側に立った。
そして侯爵七家の内の四家も遺憾の表明を行った後は、コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家と変わらぬ距離を保った。
学院では大勢の生徒達がラーラ達と距離を取る様になる。
しかし一方で、家は距離を取ったのに学院ではラーラの傍に立つ生徒もいた。ただしその数は少なく、そして日に日に減って行く。だがゼロにはならなかった。
公爵三家派の生徒達は、学院内で声高にラーラを非難した。
しかし公爵三家とその配下の家は、直ぐには態度を表明しない。それまで通りなので、コードナ侯爵家ともコーハナル侯爵家ともそれなりの距離は開いていたが、非難の声は上げなかった。
コウゾ公爵家とコウグ公爵家はコウバ公爵家が声を上げたら便乗しようとしていた。
コウバ公爵派の生徒達は学院でもっとも過激にラーラ達を非難していたが、コウバ公爵家とその配下の家は不思議なくらい静かだった。
コーカデス侯爵家は、ラーラを貴族として認められないと改めて国に訴えたが、それ以外の行動は起こさなかった。
学院でのコーカデス侯爵派の生徒達も、今まで通りにラーラ達に近付かないでいるだけだ。
王都の城下街では、平民達からラーラを非難する声が上がった。
声を上げたのは王都民の100分の1程度ではあったが、それ以外の人達の中にもラーラへの共感や同情や支持を示す人はいなかった。
そしてラーラ達の人気は急速に落ちて行く。
恋物語の劇は上演を終了し、劇場では別の演目が行われた。
バル監修のスィーツも、商品名からバルとラーラの名前が外される。ただし名前を外してからも売上はそこそこあったので、販売は続けられた。
王都の城下街には神殿が点在している。
それらは平民の為のもので、貴族達は王都の大神殿を利用していた。
神殿では出産と結婚を神の名の下に祝福し、葬儀を通して死者の魂を神の御許に導くとされた。大神殿は貴族に対してそれらを行っている。
そして大神殿は、王国中の神殿を統べる存在でもあった。
その大神殿のトップ、つまり国中の神官の頂点に立つ大神殿長が、ラーラの妊娠を祝福しないと述べた事が噂として広がる。
そしてそれを裏付けるかの様に、神殿で結婚を祝福されていない男女の間に生まれた子供を祝福してはならないとの通達が、大神殿から国中の神殿にもたらされた。
コウバ公爵家はそれを待ってラーラ非難の声を上げ、ラーラを貴族として認める事は神も許さない行為と位置付け、ラーラの婚姻と養子縁組を取り消す様に国に訴えた。
それにコウバ公爵派以外からも同調する貴族家が出た。
コウゾ公爵家とコウグ公爵家はこれに続こうとする。
しかしコウバ公爵家が非難を上げるタイミングが想定とは異なっていたので、両家が少しもたついている間に、国王がコウバ公爵家の訴えを退ける事を発表した。
その上コウバ公爵家には、ラーラ誘拐犯の捜査協力の進展状況を報告する様にとの命令が下る。
またしても王家は予め、今回の事態に対しての用意をしていたのだ。
そして王家からコウバ公爵家に密使が遣わされた。
ソロン王子の婚約者、ニッキ・コウバだ。
ニッキはコウバ公爵邸に久し振りに足を踏み入れた。王宮に部屋を用意されてからは、一度も邸に帰って来てはいなかった。
使用人が居間に案内しようとするのをニッキは断り、応接室での会話を望む。そして準備が出来るまで、馬車で待つと言うのだ。
それを聞いたコウバ公爵家の皆は首を捻ったが、応接室に歓待の用意を至急する様に使用人に命じた。
応接室の準備が出来て、家族全員笑顔でニッキを迎える。
対するニッキの表情は引き締められていた。
挨拶もせずにニッキはコウバ公爵と二人だけの話し合いを要望し、それ以外の人間の退室を求める。
コウバ公爵家の一同は、ニッキのその硬い雰囲気に押し出される様に、応接室に二人だけを残して退室した。
二人きりになった室内で、コウバ公爵は改めてニッキに席を勧める。
ニッキは要望を受け入れて貰えた事への感謝を口にした。そして他には特に前置きなど置かずに、要件に付いて話し始める。
その際に孫であるニッキに「公爵閣下」と呼ばれ、コウバ公爵は眉を顰めた。
「国王陛下はコウバ公爵家とコウバ公爵閣下に対して、非常にご立腹なさっていらっしゃいます」
「は?何故だ?捜査に付いてか?それならこれから確認して報告する。そう伝えて置いてくれ。そもそも協力するとは言ったが、コードナからは何の協力要請も来ておらん筈だ。それでは協力など出来んだろう?」
「いいえ。ラーラ・コードナに手出しをする事に付いて、国王陛下から禁じられていた筈です」
「禁じるも何も、陛下は事情をご存知無いのか?ラーラ・ソウサはバル・コードナ以外の男との間に出来た子を産むと言っているのだぞ?どう考えたって貴族を名乗らせる訳にはいかんだろう?まさかお前もそれを知らんのか?」
「存じております」
「なら何故陛下にお教えしないのだ?」
「陛下もご存知でいらっしゃいます」
「それなら何故、我等の訴えを却下するのだ?矛盾しておろうが?」
「ラーラをコーハナル侯爵家の養女とする事も、コードナ侯爵家の嫁とする事も、法的に問題ないと陛下は何度も仰っているではありませんか」
「貴族の常識や矜恃に背くであろうが?ラーラを養女にするなどあってはならないしあり得ない。あり得ないから法で制限しておらんのだ。流行遅れの装いをしてはならん、などと法で禁じなくとも誰もせんだろう?貴族に限った事ではない。平民だって腐った物を食べてはならん、などと禁止しなくても誰も食わん。それが常識だからだ」
「しかし禁じてはいないのですから、国から咎める事は出来ません」
「何を言っている?そんな事を言い出せば大変な事になるではないか?手掴みで物を食べるなとか、トイレで用を足せとか、夫以外の男と夜のベッドを共にするなとか、ソファなら言い訳じゃないとか、夜ではなくてもいかんとか、いちいち事細かに明文化せんとならなくなるだろうが?」
「それは別問題です」
「はあ?何を言っておる?まさにそれが問題なのではないか?」
「いいえ違います。陛下が問題となさっているのは、コウバ公爵家が何度も陛下の禁止命令を破る事です」
「命令と考えればそうとも取れるが、破っているのではなく、陛下の忠臣として進言しておるのだ。状況が変われば前言を撤回して頂かないと、国が回らなくなる」
「それでは公爵閣下は今後も変わらずに、陛下のご命令を無視するのですね?」
「無視はしておらんだろう?命令を破ってもおらん。国の為、陛下の為の進言だ」
ニッキは視線を下げて「そうですか」と、辛うじてコウバ公爵の耳に届く声で呟いた。
「コーカデス侯爵家が財務状況の付いての査察を受けた事はご存知ですか?」
「それはしばらく前のやつか?ガットが引退して大変な時に、コードナが言い出して滅茶苦茶にしたやつだな?」
「はい。引退の前でしたがそれです。国王陛下は私に、ソロン殿下との婚約を続けるか、解消するかを選べと仰いました」
「は?何の話だ?」
「私はソロン殿下の婚約者である事を選びました。そうしたら次にはコウバ公爵と縁を切るか、縁を持ち続けるか選べと仰いました」
「何で縁を切るなどと言われなくてはならないのだ?」
「このままならコウバ公爵に財務状況の査察が入るからです」
「なに?何故そんな話になる?」
「私が持ち帰る答によっては私が戻ると同時に、コウバ公爵家にラーラ誘拐の容疑で捜査が入る事になります。その捜査の一環で財務状況も調べられ、誘拐犯達への資金供与やコーカデス侯爵家の元使用人の買収の有無が確認されます」
「は?な?」
「この事は公爵閣下のみになら伝えても構わないと仰いました。それはつまり公爵閣下が何かを隠せる程の時間も作らせずに、直ぐにでも取り掛かる用意が出来ていると言う事だと思います」
「何故?何故そうなるのだ?」
「私がコウバ公爵家との縁を持ったままでも良いとも仰いました」
「あ、当たり前ではないか」
「その場合はソロン殿下の王位継承権は返上させるそうです」
「はあ?何故だ?」
「妻となる私の実家が、度々王国と国王と王家の意思に背くからです」
「そんな筋が通らん事が、出来る筈がない」
「王位はチリン殿下が継承し、ソロン殿下は宰相として国を支える事になるでしょう」
「はあ?あり得んだろう?」
「あり得るかどうかは公爵閣下とコウバ公爵家と私の選択次第です」
「そんな・・・」
「チリン殿下の婿を用意しようとしても無駄ですよ?私がソロン殿下の婚約者に残るので、コウバ公爵家以外の派閥から選ばれますから」
「お前とソロン殿下の婚約を解消したらどうなる?」
「その場合も私から婚約解消を申し出る形を取らさられますので、コウバ公爵家以外から探すでしょう」
「まさかパノ・コーハナルか?」
「決まってはいないと仰っています。しかし国内でソロン殿下の婚約者になれるのはパノだけですね」
「ハッカ・コウゾはタラン・コウグと婚約したしな」
「ええ。後はチリン殿下の世代とか、他国から招くとかですね。どちらにしてもコウバ公爵家の者ではありません」
「しかしお前が王妃となりさえすれば、我が家が巻き返す事は可能だ」
「そう考える人もいるでしょう。ですのでそうなった場合には、私とソロン殿下は結婚させないそうです」
「え?どう言う事だ?」
「一生、婚約者のままですね。コウバ公爵家と縁を切るなら、私は殿下と結婚出来ますけれど」
「縁を切るのにか?」
「縁を切るなら、どこかの貴族家の養女とされるそうです」
「どこの養女だ?」
「決まってはいないと仰っていました。しかしコウバ公爵家派の家ではないでしょう。経緯を考えるとコウバ公爵家を抑え付ける為に、コードナ侯爵家かコーハナル侯爵家が選ばれる可能性は高いのではないでしょうか」
「もしかして、チリン殿下の婿候補にスディオ・コーハナルが上げられているのか?」
「それも決まってはいないでしょうけれど、あり得るでしょうね」
顔を赤くしたコウバ公爵が、テーブルに拳を打ち付けた。
「何故だ?何故陛下はそんなにラーラを庇うのだ?」
「庇ってはいらっしゃらない様です」
「何だ?それならデドラかピナか?陛下はデトラが苦手で、婚約者にするのを避けたがっていた筈だ。ピナは逆に、陛下の婚約者になる事から逃げ回っていた筈だ。その時にどちらかに、何か弱味を握られたか?あるいは両方か?どうなんだ?何か気付かなかったか?」
「陛下はラーラを近寄らせたくないと仰っていました。嫌っていらっしゃる様に窺えます」
「嫌い?嫌いなのに庇うのか?」
「嫌いなのでラーラの事など考えたくはないのでしょう。名前も耳にしたくはないと仰いました。それなのに周りがラーラを排除しようと騒ぐから、ラーラに絡んだ話が持ち上がって、ただでも忙しいのに仕事が回らなくなると仰せでした」
「我が家の用意した宰相補佐を解任したりするからじゃないか」
「いいえ。今の宰相の方が仕事が出来ると評価されています。コウバ公爵閣下が宰相補佐に余計な事を命じていた事も、陛下から伺いました」
「いや、それは、いろいろあって」
「そのいろいろも陛下はご存知のご様子です」
コウバ公爵の顔色が、今度は少しずつ悪くなる。
「しかし、しかしだな、嫌いなら何故、陛下はラーラを排除しないのだ?」
「優先順序に従って国政を動かしていらっしゃいますので、嫌いだから排除勧告するとは中々ならないと思います」
「それならいつかは排除するのだな?」
「どうでしょう?これまでの国王や王国の対応が、公爵閣下も誤解なさった様にラーラを庇う様な動きになってしいましたので、今後排除に動くなら、それなりの理由が必要になるでしょう」
「だからこそ、今がそのチャンスなのではないか!犯罪者の子供を産もうとしておるのだぞ?!到底貴族として許される事ではない!」
「ですから優先順序の問題です。そして今回コウバ公爵家がそれを国に訴えて、国王がそれを諫めましたので、今後国王はラーラが犯罪人の子を産む事に付いて、ラーラもコードナ侯爵家もコーハナル侯爵家も咎める事が難しくなりました」
「え?いや、だからこそ、我々と一緒に協力して、ラーラ排除に動けば良いではないか?」
「国王陛下も王太子殿下も、犯罪者の子供を産むくらいではラーラを排除出来ないと考えていらっしゃいます」
「産むくらい?犯罪者の子供を産む事が、くらいだと?」
「ええ。ラーラに下手に手を出すと退位する事になるかも知れないと陛下は考えていらっしゃいます。王太子殿下にもソロン殿下にもラーラに近寄らせないのは、王位継承権を放棄させられでもしたら堪らないからとの事です。私も絶対にラーラには手を出すなと、国王陛下から厳命を受けました」
「何故そんなに恐れるのだ?」
「生家は大商会ですし、学院での成績は優秀ですが、ラーラは取り立てて目立つ少女ではありませんでした。それなのにほんの数ヶ月で侯爵二家を始め硬派な貴族家からの支持を受け、国王陛下に謁見しても臆する事なく発言して異論も唱え、前宰相と前コーカデス侯爵を引退に追い込んだのです」
「二人の引退は事故とされただろう?」
「そうです。しかしラーラがいなければ起こらなかったのは確かです。それにあの事故に付いてもラーラの所為だと責める声が上がってしまったから、国王陛下がそれを利用する事が出来なくなったのです」
「陛下は利用する積もりだったのか?」
「明言はなさいませんでしたが、小出しに使われるので溜まらないとは仰いました。それなので各家にラーラには関わるなと言っているのです。コーカデス侯爵家の様に抗議を上げるだけで何もしないなら良いのです。後から王国や国王陛下がその抗議を調査すると言って、利用する事が出来るのですから」
「陛下はコーカデス侯爵家と同じ役割を我が家に求めていると言う事か」
「違います。そうではありません。コウバ公爵家は何もするなと仰っているのです。配下にも何もさせるなと」
「何故だ?」
「それは国王陛下がコウバ公爵家を信用していないからです」
「そんな」
「王国の為と言いながら、国政の邪魔ばかりしているコウバ公爵家に付いて、陛下は本当にご立腹です。陛下はコウバ公爵家がその配下も抑えて、何もしない事を望んでいらっしゃいます。ミッチも学院でラーラに手を出していますが、あれも直ぐに止めさせて下さい。ミッチがラーラを攻めれば攻めるほど、ラーラに同情が集まります。それが切っ掛けになって、風向きが変わってしまうかも知れません」
「ミッチがやる事なんて高が知れているのにか?所詮は子供のやる事ではないか?」
「ラーラはミッチと同い年ですよ?それに二人は同じクラス。接触回数が多ければ、そよ風と思っていたのに嵐に発達するかも知れません」
「何故そんなに警戒するのだ?あんな子供に」
「それはラーラと話した事があるからです。国王陛下も私も」
「そうなのか?」
「話してみようなどとは考えないで下さいね?国王陛下のご命令は、ラーラ・コードナには手を出すな構うな近付くな、ですので」
「しかしミッチはそんな事を何も言っておらんかったぞ?」
「私が何故王宮に部屋を宛がわれているのか、公爵閣下は気付いて無いのですか?」
「何故も何も、王子妃教育の為ではないか」
「ミッチと距離を置かせる為です。ミッチの傍にいると私が共倒れするからなのです。私をソロン殿下の婚約者にした時には、王家はミッチの事を見誤っていた様なのです。婚約直前まで私もミッチも休学していましたから、ミッチがラーラに執拗に絡むとは思われていませんでした」
「そんな!非道いではないか!」
「王家が見誤っていたと判断したのはミッチだけではなく、私に対してもですし、コウバ公爵閣下とコウバ公爵家とコウバ公爵派貴族家もです」
「何だと?」
「公爵閣下。いえ、お祖父様。お願いですから、私にコウバ家を捨てる選択を取らせないで下さい」
ニッキは立ち上がってテーブルを回り込み、コウバ公爵の足下に跪いた。
コウバ公爵の手をニッキが両手で掴む。
「どうか、お願いします」
そう言って、ニッキは頭を下げた。
「しかし」
「今ならまだ間に合うんです」
ニッキは顔を上げて、コウバ公爵の腿に体を乗り上げる様にして顔を近付ける。
「大神殿に多額の寄付をして、大神殿長にラーラを攻撃させるのでしょう?」
「何故それを?!」
「王家はその情報も掴んでいます。財務状況の調査も名目とするだけで、実態は把握されていると思います。今ならまだ大神殿に泥を被って貰えば、コウバ公爵家は国王陛下の追及を受けずに済むのです。私はその為の使者なのです。お祖父様。お願いします。国王陛下のご命令を守って下さい。守ってさえ下されば、王家の味方の立場に立てるのです」
「それなら何故、この話を皆に聞かせなかったのだ?」
「それだけ国王陛下はコウバ公爵家を信じていないのです。陛下がラーラを嫌っているなどと騒がれて、ラーラ側に何か対策を取られる事を危惧なさっているのだと思います。ミッチは直ぐに口にするでしょうし。それにお祖父様の手腕にも疑問を持たれているのかも知れません。配下に好き勝手にされているとの印象を陛下はお持ちの様です。ですのでお祖父様がコウバ公爵家も配下も、きっちりと抑えられるか試そうとなさっているのだと思います」
「陛下は私を信じていないと言う事か」
「ラーラがいなければ、そんな事はお思いにならなかったでしょう。そう言う意味では、コウバ公爵家もお祖父様も、ラーラの所為で信頼を傷付けられているのです。しかし今はまだ、やり返す時ではありません。国政が落ち着いて王家に余裕が出来て、反撃の準備が出来るまでは我慢して頂かなくてはなりません」
「税もか?」
「税?」
「広域事業者特別税も控えた方が良いのか?」
「それは何も聞いていませんが、これまでに国王陛下から何か指示がありましたか?」
「いや。ない」
「それならこれまで通りでも良いのではないですか?」
「陛下に尋ねてみてくれ」
「それは無理です。私は陛下にお目に掛かる事は滅多にありません。今回の事では直接お言葉を頂きましたが、王宮内でも内密とされています。今日の件の報告もお祖父様がどの選択をして、それで私が何を選択するか伝えて貰うだけです。ソロン殿下にも漏らさない様に言われましたので、ソロン殿下経由でも尋ねるのは難しいでしょう」
「何故そんな事になっているのだ?」
「多分、今日の話がどこかに漏れるとしたら、お祖父様か私からしか有り得ない事にして置けば、どこを切り捨てれば良いか、直ぐに判断して実行出来るからだと思います」
「そんな、我が家だけでなく、ニッキは殿下の婚約者なのにそんな扱いを受けているのか?」
「私がコウバ公爵家を見捨てたなら、扱いを良くして頂けるでしょうけれど」
「それは我が家の所為で、お前に肩身の狭い思いをさせていると言う事なのだな」
「でもまだ今なら大丈夫ですし、今ならまだ私もお祖父様もコウバ公爵家も見捨てられていないのですから」
「そうか。わかった」
「本当ですか?分かって頂けました?」
「ああ。だが大神殿の方はどうしたら良いのだ?」
「何もしないで下さい。大神殿はこのまま放って置いて頂ければ良いそうです。必要があれば王家の方で対処するか、コウバ公爵家に指示をするそうです」
「そうか。それなら私は家族にも使用人にも配下の家にも、何もさせない事だけすれば良いのだな?」
「はい。その通りです」
「分かった」
「ありがとうございます。いろいろ言ってしまいましたが、私はお祖父様を信じておりますので」
「そうか」
そう言ってコウバ公爵はニッキの頭を撫でた。
ニッキは心底嬉しそうに目を細めて「はい」と応えた。
帰りの馬車の中。
ニッキは侍女に首尾を尋ねられて答えた。
「陛下に言われた通りにはやれました」
「それはよろしゅう御座いました」
「そう報告して置いて下さい」
「畏まりました」
座席に座ったままそう言って、侍女はニッキに向けて頭を下げる。
そのまま黙っていると、ニッキは少しずつ不安になって来た。
コウバ公爵がミスをして代替わりなどとなれば、配下の抑えが緩むだろう。そうなったら降爵もあり得る。
ミッチも何かやらかすかも知れない。学院を休ませる様にしっかりと伝えるべきだっただろうか?
国王に言われた通りに上手くやれたと言っても、安心は出来ない。
それに国王からは褒美が貰える訳でもない。報告が届いても、誉め言葉もないだろう。敢えて言えば、コウバ公爵家を切り捨てないのが褒美なのだ。
自分が今日どこに何をしに出掛けたのかソロン王子は知らないけれど、お茶の時間にでも褒め言葉を強請ってみようか?
事情を伝えなくても、誉めてと言えば誉めてくれそうに思う。
コウバ公爵家の人間としてではなく、ソロン王子の婚約者としての立場で頑張ったのだから、それくらいして貰えても良い筈。
そう考えると、ニッキの気持ちは少し上向いた。




