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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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妊娠の報告

「私、妊娠したみたい」


 ベッド上で上半身を起こしたラーラのその言葉に、バルは固まる。

 バルのその様子を見てラーラは、哀しみの混ざった微笑みをバルに向けた。


「言っていた通り、私は赤ちゃんを産むから」


 息を忘れたバルは、声を出せなかった。


 ラーラが体調を崩した理由として、バルの脳裏にも妊娠の事は(よぎ)っていた。そしてラーラが妊娠した時にどうするかも、バルは予め決めていた。

 しかしいざその場に立たされると、頭は真っ白になってしまい、バルは何も考えられなかった。


 ラーラはベッドに横になる。体を起こしたままだとバルの言葉を催促している様で、気が引けたからだ。

 バルは声が出なくても仕方がない。


 結婚してから今日まで、バルとは色々な話をした。仕事の事も、新居の事も、休みの予定も、勉強の事も、将来の事も。

 しかしバルの口からは、妊娠と出産に付いては一言もなかった。子供が生まれたら一緒に育てると言ってくれたのに、あれきり何の会話もない。

 ラーラはバルを責めている訳ではない。ラーラだって話題に出来なかったのだから。


 それに覚悟もしていた積もりだ。


 新居に二人きりで住むと言うのはラーラの提案だった。犯人達からの慰謝料を使って、ラーラの名義で家を買う積もりだったのだ。

 それはバルと二人きりの甘い生活を考えたからではなく、子供が生まれた時にバルがいない事を考えての選択だった。


 バルの気持ちを信じていない訳ではなかった。

 けれど人の気持ちは変わるものだと、ラーラは考えていた。



 最初の予定より広い邸になったけれど、この家はラーラの名義になっていた。不動産屋が格安で売ってくれたので、当初の予算と変わらない値段で手に入れる事が出来たのだ。

 格安なのは不動産屋がラーラのファンだから、と言う理由ではない。周辺の家をバルとラーラの家の近所だとして高く売る事で、不動産屋は多額の利益を上げていた。

 それなので子供と二人で暮らす事になるなら、今ならこの新居は買値より高く売れる。


 しかし最初の予定より広い邸になったのは、ラーラに油断があったからでもある。


 妊娠初期の症状を月のものかも知れないとラーラは思っていた。いつもとは違ったけれど、ショックの所為でそうなったのかも知れないと考えた。


 ラーラが広い邸の購入に賛成したのは、もしかしたら妊娠していないかも知れないと、都合良く考えたからだった。


 ラーラ専属メイドのミリがいれば、普段との違いに気付いただろう。けれども変わったばかりの専属メイドのマイは、違いに気付く事がなかった。

 月のものがあったので妊娠していないとのマイからの報告は、ラーラの祖母フェリが口止めしていた。違ったら問題になるから、もうしばらく様子を見るように決断したのだ。

 そしてラーラの母ユーレは、却って妊娠を疑っていた。自分がラーラを妊娠した時も、最初は勘違いしていたからだ。



 妊娠していないかも知れない。

 そう考えた時にラーラは希望を感じていた。

 そして希望を感じた事に対し、罪悪感も感じていた。

 妊娠していた事が分かった今、ラーラはまた罪を積み重ねたと思った。



 バルが離れて行ったとしても、自分には責める資格はない。


 貴族では、妻が夫以外の男性の子供を妊娠したら、死を求められる。

 子供の本当の父親が賠償金を支払って、妻とお(なか)の子を引き取る事もなくはない。しかし大抵は不義を働いた妻を助ける者はなく、夫と妻の実家の名誉の為に死を迫られる。


 バルもコードナ侯爵家も一旦は事情に納得した訳だし、ラーラに死を求める事はないだろう。

 しかし方針を変えて、子供を産む事は許さないとなるかも知れない。少なくとも生まれて来た子供に、コードナ姓を名乗らせる事はないだろう。


 バルが子供を育てる事を拒否するのも仕方がないし、コードナ侯爵家が子供を認知させない事も仕方がないのだから、自分がバルと別れなければならない事も仕方がないのだ。



 そしてラーラは、自分が幸せに出来ないバルの姿を見なくても済む様になる事に、安堵を感じていた。

 そしてまたその事にも罪悪感を感じていた。



「ラーラ」


 背を向けて横たわるラーラに、バルがやっと声を掛けた。


 ラーラは一呼吸置いてから、バルの方を振り返る。

 バルがラーラのマットレスに手を伏せて置いた。


 ラーラはまた一呼吸置いて、バルの手の甲に手のひらを重ねた。


「おめでとう」


 重ねた手を見ていたラーラは、驚いてバルの顔に視線を向けた。


「直ぐに喜んで上げられなくて、ごめん。正直、頭が真っ白になって、言葉も感想も何も浮かばなかった」


 バルが作る微笑みは、先程ラーラがバルに向けたのと同様に、哀しみの混じったものだった。


「これからの事を色々と決めなくてはいけないよね。学院の事とか、仕事の事とか、社交の事とか」

「え?産んで良いの?」

「産むんだろう?もちろん良いよ」

「バル、分かってる?私がバルのではない子を産むなんて、バルの名誉を傷付けるのよ?」

「分かってる」

「コードナ家の名誉もよ?」

「それも分かってるし、皆もちゃんと理解しているよ。コーハナル侯爵家の方達(かたたち)もね」


 ラーラは上半身を起こした。


「今、私の味方をしてくれている人達も手のひらを返して、バルの敵になるわ」

「全員が敵にはならないよ」

「大半がなるわよ」

「そうかもな」

「そうかも、じゃないでしょう?」

「そしてその敵の中に必ず、誘拐事件の主犯や黒幕がいる筈だよな?」

「え?」

「いや、もしかしたら、味方の振りをして近付いて来るかも知れない」

「黒幕が?」

「そう。君に出産させるのが目的だと、あいつらは言っていたんだろう?それなら何か動きを見せるかも知れない」

「それは、どうかしら」

「ラーラは気にしなくて良いよ。そっちは俺やコードナ家やコーハナル侯爵家やソウサ家でやって置く。敵が増える事自体も気にしなくて良い。身の安全には注意して欲しいけれどね。体に気を付けて、無事に出産する事を第一に考える事。良いね?」

「良いの?」

「ああ。もちろん」


 バルは指を広げた。ラーラはバルの指の間に指を差し入れる。


「俺の返事が遅れた所為で、不安にさせてごめん」

「ううん」

「ラーラ、愛しているよ」

「バル」

「無事に出産出来る様に、ラーラの事を守るから」

「本当に、私と別れなくて良いの?」

「もちろん。俺はラーラの傍から離れないよ」

「バル」

「でも、譲れない事が一つある」

「譲れない事?」

「出産では妊婦の命が危なくなる事がある。その場合はラーラが何と言っても、出産を諦めて貰う」

「そんなのダメよ!」

「いやダメじゃない。ラーラの命を救う為なら、俺は胎児を殺す」

「そんなの絶対にイヤ!絶対に許さない!」

「ラーラに嫌われても良いと言っていただろう?ラーラに恨まれても俺は構わない。ラーラの気持ちが俺から離れて行っても良い。俺の我が儘だ。俺はいくらでも罰を受ける。でもラーラには生きて貰う」

「そんな・・・」

「もちろんそうならない様に俺も気を配る。ソウサ家にもコードナ家にも協力して貰うし、コーハナル侯爵家にも助けて貰おう。ラーラもお腹の子が大切なら、自分の健康にも気を付けて」

「お腹の子はバルには殺させないわ」

「そうか」

「私、バルの事を愛してるのよ?愛してるバルにそんな罪を犯させない」

「俺を恨もうが憎もうが、ラーラが傍にいてくれる為なら、俺はどんな罪でも犯すさ」

「いいえ、犯させない」

「それなら無事に出産してくれ」


 バルをじっと見詰めていたラーラは、ゆっくりと肯いた。


「そうね。分かったわ」


 その言葉を聞いてバルは、安心した様に微笑んだ。


「信じるているよ、ラーラ」

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