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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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バルの業務

「バルの事業はどうなんです?」


 ラーラの長兄ザールがバルに訊く。


「事業って、俺のじゃなく、お義父(とう)さんの事業ですけれど」

「今は護衛の育成しかしてないからね。バルさんの事業でも間違いじゃないよ」

「いや、間違いですよ?」


 ラーラの父ダンの言葉にバルは、手を左右に振って否定する。


 ソウサ商会のもう一つの新規事業は職業訓練と人材育成だった。

 ザールがバルに尋ねる。


「バルが実際に教えてないんだろう?」

「ええ。引退した護衛や騎士に声を掛けて、護衛の教官をして貰っています」

「女性の護衛の育成だけやってるんだって?」

「今はそうですね。普段から護衛を付ける貴族女性が急に増えましたし、それが貴族以外にも広がっています。急造でも女性の場合は、護衛としての役目を(こな)せますから」

「女性の場合?」

「はい。護衛女性は護衛対象の女性に、どこにでも付いて行けます。それが護衛女性を求める1番の理由ですよね?そしてトラブルが起こった時には、護衛男性が応援に来るまでの時間稼ぎが出来れば良いので、必要とされる知識や技量はそれほど高くなく、少しの訓練で最低限の要求を満たす事が出来ます」

「その何を最低限身に付けるかとか、項目とか評価の仕方とか、バルが考えたと聞いたけど、それってバルは経営側だって事だろう?」

「既にある基準を流用したり、教官達からアイデアを貰ったりしましたから」

「でも父さんよりバルの方が、事業の進め方を決めてるよね?」

「いえ、お義父さんに色々やらせて貰っていますが、それはお義父さんがしっかりと見張ってくれているので、安心してやれているだけです」

「私が見てるからって言うけど、私は人材育成も職業訓練も護衛業務も素人だから、バルさんが間違った事をしてても気付かないよ?」

「え?お義父さん?」

「だからバルさんは、ちゃんと自分で考えて、責任を持ってやって下さい」

「はい。それはもちろんです」

「と言う事はつまり、少なくとも護衛育成はバルの事業と言う訳だな?」

「そうだね。責任に見合った給料もバルさんに支払ってるしね」

「確かに結構な金額を頂いています」

「護衛女性の育成は立ち上げに費用もそれほど掛かってない。短期の訓練で人を送り出せて、結婚や出産で仕事を離れても、直ぐに復帰が叶う。護衛として必要な事がリスト化されていて、誰がどれだけ出来るのか分かり易くなっているから、お客様からの予算の相談にも応じやすい。足りてない部分は本人にも分かり易いから、キャリアアップもし易い。それで希望者もお客様も集めやすい。バルさんの目の付け所が良かったよね」

「それと教官達もだよ」

「教官がなに?」


 ラーラの祖母フェリの言葉に、ザールは首を少し傾げた。


「子や孫ほどの女達に囲まれて、爺さん連中がやる気を見せてるのさ。男って何歳になっても変わらないからね。バルは良い所を狙ったよ」

「いや、それは狙ってないですよ?偶然です」

「そうかい?でも結果は上々だね」


 フェリはそう言うと「はっ」と一声笑う。

 ザールはバルに顔を向けた。


「バルは騎士にはならずに、このままソウサ商会の仕事をして行くのか?」

「ええ」

「ラーラも良いのか?」

「うん」

「バルに騎士になって貰うって、結婚する時に譲らなかったんじゃないのか?」

「あの時はそう言ったけれど」

「俺が騎士になると、どうしてもラーラと一緒にいる時間は減ります。ソウサ商会の仕事なら、ラーラが同席しても許されますし。それなので、学院の卒業後もソウサ商会で働かせて貰える様に、お願いしました」

「そうですか」


 ザールは惚気が始まるかと警戒し、表情を消した顔を少し引いた。その様子を皆が苦笑して見ている。

 やはり苦笑しながら、ダンがバルに訊く。


「新居はどうするんです?収入の目処が立ったし、コードナ侯爵邸を出る為に、物件を探し始めたと聞きましたが?」

「ええ。条件はラーラと話し合って決めたので、良い所があれば直ぐにでも引っ越そうと思っています」

「直ぐに?」


 フェリが眉を(ひそ)める。


「その条件って?」

「取り敢えず二人で暮らせれば良いので、最低限の部屋数があって、家で茶会も行うので応接室か広間が付いている所ですね」

「二人?二人って二人っきりって事かい?」

「ええ」

「使用人は?」

「雇う余裕はありますが、先ずは二人で暮らそうかと」

「甘い」

「え?」

「二人きりで暮らせる訳ないじゃないか。ラーラは身の回りの事は出来るけど、掃除も洗濯もやらないよ?料理だって最低限だ」

「ちゃんと覚えるしやるわよ」

「そんなの、まともに出来る様になるまで、バルに我慢させんのかい?良いかいラーラ?バル?あんた達は料理人のいる家で育ってる。プロの作る食事と素人ラーラの失敗した料理。直ぐにラーラの心は折れるよ」

「なんで失敗って決めつけるのよ!」

「そうですよ。俺も手伝いますし」

「あのね、衣食住って言葉を知ってるかい?」

「ええ」

「もちろん知ってるわよ」

「衣食住って言葉があるって事は、それだけ食事が大切だって事さ。(ないがし)ろにして体を壊す頃には、心も(すさ)んじまうからね?ちゃんと料理人を雇いな。自分達も料理したいなら、休みの日に少しずつ練習すりゃ良い。そうすりゃ料理人に改めて感謝もする事だろうよ」


 バルとラーラは反論出来なかった。


「それにラーラ。バルに歩いて通学や通勤をさせる気かい?家を出てもバルもラーラも貴族だ。コードナ侯爵家が(あなど)られる様な事は()めな。馬車か乗馬馬が必要だよ」

「え?でもそれはいらないって」

「コードナ侯爵家に訊いてみな。二人が用意しないなら、コードナ侯爵家で用意するって言われるよ。馬の為に馭者や厩番も雇わなきゃだね。それに護衛。ガロンを連れて行くんだろう?通わせる気かい?部屋を用意してやらないとダメだよ。ガロンも若いわけじゃない。夜遅く帰って朝早く出勤させてたら、直ぐにガタが来る」


 バルとラーラはお互いに困った顔を見せ合った。


「それに侍女。貴族夫人なら侍女は必要だろう?お茶会を主催するなら、侍女なしでは格好が付かないよ。メイドもいた方が良いんじゃないか?ガロンを一緒に住まわすなら、マイもメイドとして雇ってやったらどうだい?ラーラもマイがいれば気楽だろ?」

「それはそうだけど」

「二人は劇の収入もあるんだろ?」


 バルとラーラには権利料として、二人の恋物語の劇の入場料の一部と、二人の名前を使ったスイーツの売上の一部が支払われ、二人の収入となっていた。

 スイーツはバルが監修をした事も、ソウサ商会が仕入れた高品質な食材が使われている事も、アピールになっていた。ちょっと苦みがある中で甘さが隠れているのも、目新しくも美味しくてポイントが高かった。


「でもそれはいつなくなるか分からないから、当てにするのは止めようって決めたの」

「でも二人がそれで儲けてるのは知られてる。だからそれなりの体面を調えないと、二人だけじゃなく、コードナ侯爵家にも恥を掻かすよ。収入が途絶えたら止めりゃ良いんだ。劇からの収入がなくなるって事は、二人が話題にされる事もなくなってるって事だから、手仕舞いしても構わないさ」

「手仕舞いって、商売じゃないんだから」

「良いんだよ。貴族様に取っては見栄を張ったりするのも家業だろう?どうしても二人で暮らしたいんなら、それまでに料理を覚えたり、馬の世話を覚えたり、護身術を身に付けたりすれば良いのさ。一つずつ出来る事を増やして行けば良い」


 バルとラーラはまた顔を見合わせた。


 二人がイメージしていたのは、騎士の新婚家庭だ。

 騎士は非常時に備える為に、下っ端の内は寮暮らしだ。

 家族向けの寮では騎士の妻達が助け合って暮らしている。家事が出来ない新妻も、先輩妻に鍛えられて覚えて行く。料理に失敗しても、周りからお裾分けして貰えたりして助かる。先輩妻も後輩騎士が食うや食わずでヘロヘロだと、自分の夫が迷惑を掛けられるから、新妻が一人前になるまでしっかりと教育していた。

 馬の世話などは寮に配属された厩番が面倒を見てくれる。

 寮の警備には護衛兵が配置される。


 騎士寮に入る訳ではないのだから、フェリの言う通りに自分達で一から準備しなければならない。


 バルとラーラが周りを見ると、呆れた表情が二人に向けられていた。皆、フェリと同意見の様だ。

 ヤールだけはバルとラーラに同意して「大丈夫だろ?」などと言ったけれど、ヤールに同意された事に不安を感じた二人は、フェリの意見に基づいて考え直す事にした。



 そしてバルとラーラは新居を決めた。

 学院にほど近く、周囲の邸に比べればこぢんまりしているが、実はそこそこの広さがある。

 それは一緒に住む使用人の数を考えたら仕方のない事だ。

 執事一人、侍女一人、料理人一人、馭者兼厩番一人、護衛一人、メイド三人の計八人。

 護衛はガロンだし、メイドの一人はマイだ。実は他の六人も、子供が自立した3組の夫婦だった。



 ラーラには収入として、誘拐犯達からの慰謝料もあった。

 慰謝料請求権を債権として、満額の7割の金額でソウサ商会に売り渡した。犯罪被害者サポート事業を利用したのだ。手に入る金額は減ったけれど、後の徴収はソウサ商会が行うので気楽だった。



 因みに、ラーラの誘拐犯達は慰謝料の支払いの為に、ソウサ商会から仕事を紹介されている。

 船の雑用をする為の乗組員になって、航海に出て行っているのだ。

 海の上なら逃げ出せない。寄港先で逃げようにも、他国で着の身着のまま一文無しでは生命の危険がある。大人しく働いていれば慰謝料支払い完了の目処も立っている。

 あるいは乗組員が(しょう)に合えば、そのまま正規船員としての就職の道も提示されていた。

 航海から戻って来た時に誘拐犯達がどうなっているかの賭けが行われていて、賭けの胴元の儲けも慰謝料支払いに回されていた。



 ラーラは慰謝料や劇の収入から、キロとミリの取り分として二人の両親のガロンとマイにお金を渡そうとした。

 しかしガロンとマイはそれを断る。

 二人に「ラーラも自分達の子供だし、キロとミリはラーラの兄姉だから、ラーラが貰って置きなさい」と言われたら、ラーラは引き下がるしかなかった。

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