ワールとヤールの業務
2024/03/14に、63話を差し込みました。
ただし話の流れには関係ないので、63話を未読でも変わりません。
「ワールとヤールはどうなんだ?楽しいばかりか?」
ラーラの長兄ザールの言葉に、次兄ワールは苦笑し、三兄ヤールは顔を蹙めた。
「そんな訳ないだろうザール兄さん」
「兄さんだって分かって言ってんだろう?仕事なんだから楽しいばかりじゃないよ」
「まあやり甲斐はあるし、楽しいのはホントだけどな」
「ヤールはそうかもな」
「ザールは違うのか?」
「やり甲斐はあるけど、しんどいよ」
ソウサ商会は新規事業として、犯罪被害者サポートを行っていた。
慰謝料請求代行業務が主軸だが、被害届の提出代行、証拠や証人集めの代行、加害者の有罪が確定したら刑罰選択相談などがある。
ワールが貿易関係の新事業計画を取り止めて、犯罪被害者サポート事業の立ち上げから担当していた。
「犯罪で理不尽な目にあった人の話は、資料として読むだけでも辛い。会って実際に話を聞いたら、本当にしんどい。その分、手助け出来た時は嬉しいけどな」
「結構成果は上がってるのか?」
「いや全然。証拠も証人も中々集まらない。今の所は貴族様相手だとまず無理だ。周囲が犯行に気付かなかったケースも、犯人捜しからだったりするから難しい」
「え?捜査を手伝ってるのか?」
「依頼されればね。こちらも商売だから手数料や相談料は取るけど、なるべく助けにならないと、被害者やその遺族はどこに訴えれば良いかも良く分からないからな」
「確かに、被害に遭う事に慣れてる人は少ないだろうしな」
「それはまずいない。いたら自分でどんどん訴えるんだろうけど」
「そうか。結構な件数があったと思ったけれど、利益は考えない方が良い感じだな」
「犯罪被害なんて、存在しない方が良いわけだし。それに被害者達が声を上げる事で、犯罪抑制も期待出来る。そうなるとこの事業は先細りだ。でも今の所、利益はそこそこ出てるよ」
「被害者から金を吸い上げて?」
「なんだよ、その言い方。規定の手数料は貰うけれど、それじゃあ搾り取ってる様に聞こえるじゃないか。そうじゃなくて、ラーラが相談役をやってるから、ラーラ目当てにカウンセリングを受けに来る人もいて、それが利益の柱として急成長したからな。地方からわざわざ王都に来て、ラーラのカウンセリングを受ける人もいるし」
「なるほど。ラーラ人気か」
「被害者の人達も、ラーラには内心を話し易いみたいだ。ラーラはしんどいだろうけれど」
「大丈夫よ、ワール兄さん。私は何も力になれないから、ただ話を聞くだけだし」
「その話を聞くのがしんどいんだって。それに中にはラーラより自分の方が非道い思いをしたとか、自分も同じ経験をしたのにラーラばかり良い目を見てズルいとか言って来る人もいるじゃないか」
「そんなヤツいるのか?」
「いるよ。分け前寄越せとか、立場を寄越せとか、加害者よりラーラを憎んでるみたいに見える人もいるし」
「そんなの、ラーラが危ないじゃないか」
「ちゃんと護衛は付けてる。最初はガロンが必ず同席するし。様子を見て大丈夫そうならラーラと被害者だけにするけれど、ラーラが直ぐに室外に逃げられる様には工夫してる」
「それなら良いけど」
「最近はガロンがキロとミリの父親だって知られていて、被害者の遺族とかはガロンと話す事を求める時もある。被害者の人達同士で話したい事もあるみたいで、談話室を用意したりして、そこにラーラとガロンが同席する場合も増えている。でもラーラの安全は常に最優先で注意しているから、大丈夫だよ」
ザールは「なら良いか」と肯いた。
「ワールは確かに大変そうだな。それに比べたらヤールは良いよな。行商隊に相乗りで、ただでさえ楽してるのに」
ソウサ商会は新規事業として、就職紹介と人材斡旋を始めていた。見所のありそうな人をスカウトする場合もある。
ヤールが立ち上げから担当し、各地の情報を王都で一括管理する体制を作っている最中だ。
「俺だって大変だよ。行商序でに仕事を探してる人を連れて来て貰ったり、求人してる所の情報を持って来てもらったりしてるけど、それを管理したりマッチングしたりするのは結構苦労すんだから」
「確かにヤールが机仕事してるのは驚いたけど」
「今までだって帳簿つけたり報告書書いたりしてたじゃないか」
「売上はどうなってる?」
「ちゃんと最初から手数料取ってるから、そこそこは。今の所、投資を回収するのは予定より早まりそう」
ザールの質問に、ヤールは得意そうに答えた。しかし途端に心配そうな表情を浮かべる。
「バルに訊きたいんだけれど?」
「なんです?ヤール義兄さん?」
「領主様が人の移動を禁止する事ってあり得る?」
「いえ、そんな法律はないですけれど?」
「無いのは調べて分かってるんだけど、各領地の条例とかでそう言うのを作ったり、あるいは貴族の権限として禁止したりしないかって」
「なるほど」
「それに今はなくてもこれから法律が出来るかどうかって、分かる?」
「可能性はありますけれど、現実感はないですね。領民の移動を禁止する法律を国が承認するとは思えません」
「でも広域事業者特別税は通ったろう?」
「あれはそれなりに筋が通っていましたからね。公爵家の発案だから通った訳ではありません。それに比べて移動を禁止する理由に、何らかの正当性を与えられるとは思えません」
「移動を禁止する既存の法律が使われたりは?」
「感染症対策ですね?発症していなくても疑いがあるとされた人は移動出来ませんが、移動しそうな人を見付けて移動禁止を命じるのは難しいと思います。使うなら、移動されたら困る人に予め感染症の疑いを掛ける方法ですかね?」
「それならは実施可能なのか?」
「疑いが晴れたら移動可能ですから、時間稼ぎにしかなりませんし、使わないんじゃないでしょうか?」
「それもそうか。実は他領で仕事を探す理由に、移動禁止になると困るから取り敢えず他領に出たいって人が何人かいるし、同じ様な問い合わせも受けるんだ」
「俺も耳にしたな」
ザールが行商先で同様の話を聞いた事を伝えた。
それを受けてヤールは眉を顰める。
「面倒臭くなる前に、対応を用意するか」
「具体的には?」
あまり心配してなさそうな軽い雰囲気で、ラーラの父ダンがヤールに尋ねた。
「手数料を取るタイミングかな?他領で働く事を望む人には、話を受け付けた時に半額、領地を出た時に残りの半額を貰う。領地を出られなくても、受け取り済みの半額手数料は返さない。領地を出られないのは、ソウサ商会のミスではないからね」
「2回に分けて手数料を集めるの、却って面倒じゃない?」
ラーラが口を挟んだ。
「でも仕方ないじゃないか」
「今は職業斡旋の依頼を受ける時に手数料を全額貰ってるんでしょう?」
「ああ」
「それなら領地を出られない時には半額返すってしたら?」
「確かにそれなら業務の流れは変わらないし、半額でも返せば納得し易いかもな」
「うん。結果は同じでも私なら、半額払ったのが返って来ないより、全額払って半額返して貰えた方が、仕方ないって諦める気持ちになる切っ掛けに出来るな」
「じゃあそうするわ。ありがとな、ラーラ」
「うん」
ヤールの笑顔にラーラも笑って返した。
ラーラの祖父ドランがヤールに質問する。
「その場合、募集側はどうする?」
「特に何も。人がいたら紹介するって契約だし、雇う事に決まった時に紹介料を貰うから」
「候補者がいた事は伝えてないのか?」
「特には」
「いつまでに人が必要とか、言われないのかい?」
ラーラの祖母フェリがヤールに尋ねる。
「言われるけれど、まだ事業を立ち上げたばかりだから」
「需要はあるんだね?」
「結構あるよ」
「急な求人って、一時的なんじゃないの?」
再びラーラが口を挟む。
「そうだな。確かに今だけでも良いんだとは良く言われる」
ヤールの答を聞いて、ラーラはバルを見た。バルもラーラを見て肯く。
「あの、それは護衛の様に、短期で人を派遣するのはどうです?」
「短期で?」
「ええ。ソウサ商会が雇っている形にして、人が必要になった所に派遣して、用事が済んだら帰って来るのはどうでしょう?」
「それ、利益が出る?必要とされなければ人を遊ばせる事になるよね?」
「その間はソウサ商会の仕事を手伝わせるのでも良いんじゃない?」
ラーラがバルを助ける意見を出す。バルはラーラの言葉に肯いた。
「それに普通に雇うのより割高でも、必要があるなら一時的なら納得して、依頼して来るのではないですか?」
「う~ん、料金を決めるのが難しそうだ」
「そうですね」
「でも需要があるなら試しに近場の王都内だけでも、話を持って行っても良いんじゃない?」
「先ずは人材確保だけれどな。少し考えて見るよ。ありがとな、バル。ラーラも」
ヤールの言葉に、バルとラーラは笑顔を返した。




