ザールとカンナの業務
ソウサ家の家族が揃う事は滅多に無かった。
それはソウサ商会の業務が行商を主軸としていて、家族もそれぞれの地方に出向いている時間が長かった為だ。行商を担当している者が王都にいる日は1年の3分の1ほどで、ソウサ邸の自分の部屋で寝るのは4分の1程度だった。
そのソウサ邸に家族が全員揃っての食事会が開かれた。バルとラーラも参加し、ラーラの長兄ザールの婚約者カンナも招待されている。
決して豪華ではないがとても上品な、ソウサ家の料理人達が腕を振るった美味しそうな料理の数々がテーブルに並ぶ。
それを前にしてザールは何度目か分からない溜め息を吐いた。
「まさかラーラが結婚するなんて」
「また言ってんのかい」
ラーラの祖母フェリが呆れた表情でザールに声を掛ける。
「だって急いで帰って来たのに、知らない内にラーラが結婚してたんだよ?ウェディングドレス姿も見れなかったし、家は出て行っちゃってバル様と暮らしてるし」
「バル様の前で良く文句を言えるね」
「文句じゃないだろう?バル様とラーラの結婚は良かったと思ってるよ。ちゃんとおめでとうって言ったじゃないか。そうじゃなくて、ラーラが結婚しても一緒に住む筈だったのに、ウチに帰って来ても中々会えないし、こんなの寂しいじゃないか」
ザールは言葉には出さなかったが、キロとミリの事も思っていた。
「それが文句だって言うのさ。カンナもなんか言ってやんなよ」
「う~ん、ザールは昔っからずっと、ラーラちゃんとずっと一緒に暮らすって言ってたから。私もその積もりだったし、気持ちは分かるの」
「ああそうかい。こんな事言ってくれるのはカンナだけだから、ザールは大切にすんだよ」
言葉上は良い事を言っているけれど、面倒臭くなって来ていたフェリの口調は少し投げ遣りだった。
「もちろんカンナを大切にするけど、仕事を押し付けられて気持ちが荒んでんだから、カンナとラーラで両手に花を望んだって良いだろう?」
ラーラの父ダンが口を挟む。
「みんな、ラーラ様とかコードナ夫人様とか呼ばないとダメだろう?」
「あ」
「そうだわ!」
「いや、大丈夫ですよ。俺の事もバルで良いですし」
バルが笑いながらそう言うと、ラーラも笑って続ける。
「そうよ。バルは友人だからって私に結婚前から呼び捨てにさせていたのだから、バルが良いって言うなら大丈夫よ」
「そうは言っても」
「私もカンナちゃんって呼ぶし。みんなはラーラって呼んで」
「ラーラと結婚して俺も皆さんの家族になった積もりなので、是非バルと呼んで下さい」
「そうかい?分かったよバル」
「母さん。少しは遠慮しなよ」
「そうだよ祖母さん。もう遠慮とか恥じらいとか忘れちまったかも知んないけど」
ラーラの三兄ヤールをフェリは一睨みする。
「ヤール。あんたよりあるよ」
「いや、良いのですよ、ヤールさん。その代わり俺もフェリさんをお義祖母さんと呼ばせて下さいね?」
「構わないよ、バル」
「皆さんも、お義祖父さん、お義父さん、お義母さんで良いですか?お義兄さん達も」
「え?そうか。バル様って弟か」
「ええ。ヤール義兄さん」
「おお。なんか新鮮。本当に呼び捨てて良いんですか?」
「ええ。ソウサ家での俺の立場はラーラと同じですから、ラーラに対してと同じ扱いでお願いします」
「では、じゃあ、呼びますよ?」
「どうぞ」
「バル」
「はい、ヤール義兄さん」
ヤールは顔を仰向け目を瞑り、拳を握った。
「いちいち大袈裟だね」
「でも慣れたら慣れたで、公の場では気を付けなきゃだよ、母さん」
ダンの言葉にフェリは「ふん」と返す。
「そんなの分かってるよ」
「公・・・あの、私はバル様のままでも良いですか?ラーラもコードナ夫人様で。公の場で切り替えられなかったら大変なので」
ラーラの母ユーレが不安そうな表情で言った。
「ご心配なら無理強いはしません。どちらでも結構ですよ、お義母さん」
そう言ってバルはユーレに微笑んだ。ラーラの次兄ワールが「いやいや母さん」と口を挟む。
「俺達が公の場でバル様やラーラと会う事はまずないよ。それに呼び間違うほど緊張する状況なら、他の失敗してるから」
「そうかしら?」
「そうだって。ラーラの旦那様で義理の息子なんだから、呼び捨てさせて貰った方が良い」
「そう?」
「バル様。俺もバルと呼び捨てさせて貰いますね」
「ええ、どうぞ。お義母さんも出来たらバルと。でも無理はしなくて構いませんから」
「無理ではありませんけれど、そうですか。それでは、バル」
「はい」
「ラーラ」
「なに?」
「あ、呼んでみただけ」
「え?私の方はいつも呼んでるのに?」
「そうだけど、なんとなく」
ユーレははにかむ様に微笑んだ。
話が区切れた所でダンが「ところで」と言って話を戻す。
「さっきザールが押し付けられたって言ったけれど、元々ザールに任せる予定だっただろう?少し早まったけれどね」
「でも販路の新規開拓はやはり大変だ。嬉々として新規事業に取り組んでいるワールとザールが羨ましいよ。想定してないトラブルや地元の商会との揉め事も起こるから、一カ所ずつ拡げて行くしか出来ないし」
「それで良いじゃないか。これまでの販路も何代も掛かってるんだし」
「でも早く売上を戻したいからな。ソウサ商会の名前が知られているから、ご先祖達よりは楽だとは思うけど」
「あとラーラちゃんも」
「そうだな」
「え?私がなに?」
「ラーラちゃんとバル様の恋物語が地方でも知られてるからね。ラーラちゃんの話を出せば、みんな興味を持ってくれるから、直ぐに打ち解けてくれるのよ」
「それはあるよな」
「変な事、言ってないわよね?」
「言ってないわよ。普段のラーラちゃんはこうだとか」
「ラーラは昔から可愛かったとか」
「ザール兄さんがそんな事言ったら、みんな引くでしょう?」
「そこは私がフォローしてるから、商売のマイナスにはなってないわよ」
「なら良いけど」
「マイナスになる筈ないだろう?」
「ないな」
「ないね」
ザールの言葉にワールとヤールが相鎚を打ち、ダンとラーラの祖父ドランが何度も肯く。
バルが少し寂しそうな表情をラーラに向けた。
「小さい頃のラーラ、見てみたかったな」
「私も、小さい頃からバルに会いたかった」
ラーラも同じ表情をバルに返すと、そこから少しずつ二人の表情が微笑みに変わって行った。
いつまでも続くその様子から視線を動かし、フェリがザールとカンナに尋ねる。
「撤退した地域には行ってみたかい?」
「ええ」
「そっちでもラーラは人気だった」
「そうかいそうかい、そうじゃなくて」
「みんな困ってはいたけど、暮らせない程じゃないみたい」
「でも今がぎりぎりかもな。ウチから提供してる食材や日用品も仲介を挟むから金額が上がってるし、商人が訪れる頻度が下がってるから買い溜めが起こって品薄になって、全体的に物価が上がってる」
「ウチと同程度の金額だと質が悪いかったりするし」
「高いか悪いか両方かだったな」
「そうでなけりゃウチも商売にならなくて、とっくに撤退してたさ」
「それに特産品の買取も上手く回ってなくて買い叩きが起こってるわ。ウチの買取金額も下がってるし、仕方ないけど」
「仲介してる商会が特産品の扱いに慣れてなくて、どうしても運んでる間に傷んだりするからな。それが生産者の利益を圧迫してる」
「でも他の地方と同じ値段では買い取れないし」
「仲介が入るから、生産者が今までと同じ売上を維持するには、ウチが今までより高く買わないとならないのにな」
「だから他の物を作ろうとしてる人達もいたわ。でも上手く行くのは難しそう」
「地元の役人に特別税の撤廃を働き掛けてる人もいるけど、手応えは悪そうだ」
「そうだろうね」
「ウチからは撤廃をお願いしないのよね?」
カンナの問いにダンが「しないよ」と答えた。
「各領地の領主様とはそれほど取引が無かったから、領主様にはそれほど影響がでてないからね。お願いしたら特別税以上に高くつく。コードナ侯爵閣下とかにお願いしても同じだ。コードナ侯爵家に取って凄く高い物になる」
ドランが「そうだな」と肯いた。
「やっぱり地元の人達に動いて貰うしかない」
「地元の人に働き掛けてはないだろうね?」
フェリの言葉にザールは「もちろん」と返し、カンナが続けた。
「そんな事をしたらそこの領主様からウチが責められて、コードナ侯爵家にも迷惑掛かるのは分かってるもの」
「従業員達にもそれは徹底させてる。協力依頼も持ち込まれない様に注意させてるし、危なそうな話が出たら俺に回す様に言ってるから」
「それなら良いよ」
「利益は慌てなくて大丈夫だ」
ドランの言葉にダンが肯く。
「慌てて変な取引を掴まされたら大変だからね。新規販路の開拓で費用が掛かるのも当然だし、みんなにも焦らない様に伝えて置いて」
「それは大丈夫」
「そうだな。そこはカンナがみんなを上手くフォローしてくれてるから」
「ザールがおおらかに構えて見せてくれてるからね」
「ザール兄さん、家では愚痴ばかりなのに、外では違うからな」
「逆より良いだろう?」
ヤールの言葉におどけた口調でザールが返す。ヤールもおどけて「そりゃね」と返すとワールが肯いた。
「兄さんとカンナさんだから上手く行ってるんだろうな。俺やヤールじゃそうも行かない」
「ワール兄さんだときっちりやり過ぎるし」
「ヤールだときっちり締まらないもんな」
ヤールとワールはお互いにやれやれとの表情を作った。
その二人の様子にザールも同じ表情を作る。
「取り敢えず撤退した地域では、そこでしか手に入らない物は仲介に運搬のコツを教えてでも何とか質をあげて、値段が上がっても量を確保する。それ以外は成り行きに任せる感じだな」
「ああ」
「そうだね」
「それで良いよ」
ザールの纏めにドランとフェリとダンが応え、他の皆も肯いた。




