置いて行かれる寂しさ
元王女チリン・コーハナルが息子のディリオを昼寝させて、後は使用人に任せて居室に戻って来た。
お茶が淹れ直されて、チリンも会話に加わる。
「コーカデス領の事はもう話題に出ました?」
「いいえ」
チリンの問いにパノが答えた。
「まだ私の留学に付いてだけ、話をしていたわ」
「留学、急ですよね?」
ラーラに向けて同意を求めるチリンの言葉に、ラーラは肯きながらも苦笑が少し漏れる。ラーラとしては寂しいけれど、パノの思いに付いては先程納得していたからだ。
パノも苦笑を浮かべながらチリンに向けた。
「留学するとは前から言っていたでしょう?」
「でもまだ先かと思っていたから、心の準備が出来ていません」
「それっきり会えない訳ではなくて、何年かしたら帰って来るのだから」
「つまり何年も会えないのではありませんか?ねえラーラさん?お義姉様って冷たいですよね?」
拗ねた様にそう言うチリンに、ラーラは先程と同じ様に少しの苦笑を返したが、今度は肯きはしない。
パノが聞こえる様にはあっと溜め息を吐いた。
「ラーラを味方にしようとしても無駄よ。ラーラは納得してくれたのだから」
そう言うパノに、納得しただけではないラーラが言う。
「パノのやりたい事には納得したけれど、置いて行かれるのは寂しいわよ?」
ラーラが自分側に付いたと思って、チリンの声が弾んだ。
「そうですよね?ほらお義姉様?ラーラさんもこう言っているではありませんか」
「寂しがって貰えるのは嬉しいけれど、それよりは応援して貰える方が嬉しいな」
「それはもちろん、お義姉様の夢は応援しますけれど」
「それに置いて行かれるのは私の方よ。ラーラはコーカデス領で港町を作るんでしょう?大事業だし、やりがいもあって充実した日々を送っているのではないの?」
「それは、でも、ミリに言われてやっているだけだから。もちろんミリの助けが出来るのは嬉しいし、私も楽しんでもいるけれど、自分の夢を実現しようとするのとは違うわ」
夢と言うキーワードで、話は行き詰まり会話が途切れる。
この国の貴族女性には、結婚して子供を産む事が求められている。若い貴族女性に取っての夢とは、家格が高くて経済力もある家に嫁に行く事だ。夫となる人の性格が良かったり、容姿が優れていたりすればなお良い。
それなのでパノも昔は、自分が結婚をせずに子供も産まないであろう事など想像していなかった。
パノが医師になりたい女性を手助けする事を考えている事を知って感動していたラーラは、パノの夢を素晴らしいとただ言いたいだけだった。しかしラーラは言葉を続ける事が出来ない。それはやはり、貴族女性は結婚と子供を産む事が求められていると言う事が、ラーラの頭にあるからだ。ラーラ自身がそれをどう思っているかではなく、パノがどう思っているかを考えてしまって、ラーラは続きの言葉が出なかった。
それはチリンも同じだった。パノの夢を壊したい訳ではもちろんないが、パノの留学を寂しがってしまった。これ以上引き留める様な事を言えば、パノに貴族女性としての常識を押し付ける事になってしまうかも知れない。そう考えてしまえば、チリンにはもうこれ以上、パノの留学に関して口を出す事は出来なかった。
そしてミリは、自分も結婚はしないけれど、自分は平民になるから結婚しなくても許されるのであって、自分が今好き勝手に出来ている事とパノが夢を追う事では重みが違うと感じて、パノに何か言える立場ではないと思っていた。
パノの母ナンテ・コーハナルは、パノが結婚しない事に納得していたから、パノが夢を持ってそれに挑む事は喜んでいた。しかし今この場で何か言うべき言葉をナンテは持っていない。夢を応援はしているけれど、それを応援される事がパノへのプレッシャーになっても困る。それにパノの夢はパノの為のものだから、もしパノが止めたくなった時に、親に応援されているから止められないなどとなっては、もっと困るのだった。
バルは、割と自分の好き勝手に生きて来たし、それを自覚してもいたので、パノに対して敢えて言う言葉はなかった。やりたいなら頑張れ、くらいだ。しかし今のこの場の状況では、その言葉は軽すぎて、嫌味の様に響きそうな事はバルにも分かる。それとバルは、自分の言葉がミリの将来に大きく影響する事に付いて、最近ずっと悩んでいる事もあり、人の将来とか夢とかに口を出す事に慎重になっているのもあった。
そしてなんとなくそれらを察し、パノは自分が出せる話題を出す事にする。
「それで?その港町の開発は順調なの?」
そうパノに尋ねられ、ラーラは知らずに入っていた体の力をふっと抜いた。
「予定通りには進んでいるけれど、まだ設計に取り掛かったばかりだし、各国の設計者とか技術者とかは、これから集まる予定だから」
「え?いつ頃完成する予定なの?」
「まだ設計していないのよ?完成予定なんて、設計してみなければ分からないわ」
肩を竦めてみせるラーラに、パノはふうっと溜め息を付いてみせる。
「私が帰って来た時に、まだ出来ていないかも知れないって事ね?」
「その可能性はあるわ」
「でも妊娠に良いものとか、各国から集めるのでしょう?」
パノの言葉にラーラは答えを躊躇った。また貴族女性の常識とかに触れる話題に戻る様に思える。
それに気付いたパノは手を伸ばし、ラーラの腕に触れた。




