パノからの報せ
ソウサ商会の船は、王都とコーカデス領を休みなく往き来していた。
船の運航にはラーラの提案が採用され、昼から夕方に掛けて出発し、翌日丸一日海を進み、三日目の朝から昼に掛けて到着する。そして人や荷物を降ろすと折り返す為にまた、その日の昼から夕方に掛けて出発していた。
コーカデス領から王都に運ぶ物はまだ殆どないが、空荷で返すのはもったいない。それなのでレントはコーカデス商会を通して、これまで陸路で運んでいた塩をソウサ商会に売る事にした。漁村で魚から作っている肥料も、コーカデス商会として買い取れた分はソウサ商会に売って、船で運ぶ。
そして王都からコーカデス領へは、建設資材と食材や薬品、日用品などが運ばれて来た。コーカデス商会で職に就こうと応募する人達も、王都からの船に乗って来る。
その船で、王都のパノからコーカデス領のラーラに宛てて、一通の手紙が運ばれて来た。それを代わりに受け取ったミリがラーラの下に運ぶ。
「パノから手紙?」
「はい、お母様。こちらがそうです」
ソファでバルと並んで寛いでいたラーラに、ミリは手紙を差し出した。
ラーラが手紙を受け取ると、ミリは続けてペーパーナイフもラーラに手渡す。そちらも受け取って、ラーラはその場で手紙の封を開けた。
「王都で何かあったのか?」
便箋を広げようとするラーラにバルが尋ねる。その問いにミリが答えた。
「私の方には何の連絡も来ていませんので、パノ姉様からお母様への個人的なお話なのではないでしょうか?」
手紙を覗き込もうとラーラに体を寄せていたけれど、ミリにそう言われてバルは体を戻して座り直す。
「何ですって?」
手紙の文面に目を向けたラーラは立ち上がった。バルとミリがラーラを見上げる。
「何かあったのか?」
そのバルの言葉に答えずに、ラーラはもう一度文面を読み直した。そしてバルに顔を向けて便箋を差し出す。バルが便箋を受け取ると、ラーラはミリに顔を向けた。
「パノの留学先が決まって、出発をするのですって」
「そうなのですね」
そう言いながらミリは小首を傾げる。留学が決まる前に試験を受ける筈だし、その試験をしてくれる学校が決まったと言う事かとミリは解釈した。しかしそうだとしたら、ラーラの様子がそぐわない。
「え?」
ラーラの隣でバルも立ち上がった。
「直ぐに?」
「ね?」
何が直ぐにで何がねなのか分からないミリは、二人を見上げながらまた小首を傾げる。
「お父様?何が直ぐなのですか?」
そう問われてバルは、ミリに便箋を差し出した。ミリはそれを受け取ろうと手を伸ばす。
「直ぐにも留学に行くから、お別れだと書いてある」
「え?」
便箋を受け取ったミリは文面を目で追った。
それまでに聞いていた話では、医者になる為の学校に入るには試験があり、パノはその試験を受けさせてくれる学校を探していた筈だ。そしてその国に出向いて試験を受けて、この国に戻って結果を待つ。もし試験に受かったら、その国に住む準備をしっかりと整えてから、改めてその国に渡る予定の筈だった。
しかしその文面には、入学を受け入れて貰えたので、留学先に向かうとあった。
その手紙を運んで来たソウサ商会の船が折り返して王都に戻るのに乗り込んで、ラーラとミリは直ぐに王都に戻った。ラーラが戻るのでバルも一緒だ。
王都のコードナ邸に着くと直ぐに、訪ねて行って良いかの伺いをコーハナル侯爵邸に出す。その遣いはミリが務めた。
コーハナル侯爵邸に着いたミリは、馬を降りて邸の中を進む。
ミリの来訪が伝えられて廊下に出て来たパノを見掛けると、ミリはパノに駆け寄った。
「パノ姉様!」
「あの?ミリ?コーカデス領から帰って来たの?」
「もちろんです!留学先が決まった事、なんで教えて下さらなかったのですか?」
「それが、急に決まったのよ」
「それも直ぐに出立だなんて」
「受け入れの連絡を届けてくれた船が帰るところに、便乗せて貰える事になったから」
「それだからと言って、あんな、お別れみたいな手紙を送られても」
「ラーラもミリもコーカデス領の事で忙しいのは知っていたから、会うチャンスもないと思って」
「取り敢えず、お母様もパノ姉様に会いたがっていますから、連れて来て良いですよね?」
「え?ラーラも帰って来ているの?」
「当たり前ではないですか」
「もちろん良いわよ。それなら私がラーラの所に行こうか」
「待ってお義姉様」
パノの後から出て来ていた元王女チリン・コーハナルが口を挟む。ミリとパノとの話を遮らない様に控えていたが、これは黙っていられない。
「ラーラさんには私も会いたいです。ディリオを連れて行く訳にはまだいかないのですから、ミリちゃん?ラーラさんに来て頂くのでも構わない?」
「ええ、チリン姉様。もちろんです。母もその積もりでしたので」
「ではラーラさんに来て頂くのでもよろしいですわよね?お義姉様?」
「ええ、もちろんよ」
「分かりました。早速お母様を喚んで来ます」
ミリは二人に会釈をして体を翻し、数歩進んで足を止めた。そして二人を振り返る。
「お父様も付いて来ると思いますけれど、よろしいですか?」
もしかして女同士の話になるかと考えて、ミリは念の為にパノに尋ねた。パノは少し眉を上げてから微笑み、チリンはくすくすと笑いを漏らす。
「もちろん良いわよ」
「バルさんも一緒に帰って来たのね」
「はい」
「バルがラーラを一人で帰す訳がないものね」
「バルさん一人を見掛ける事はあっても、ラーラさん一人を見掛ける事はないですものね」
チリンの言葉にミリは一瞬小首を傾げたけれど、確かに家の外ではラーラが一人になる事はないと思って小さく肯いた。
「では、二人を喚んで参ります」
「よろしく」
「はい」
ミリはパノに肯いて返すと、チリンにも会釈をする。そしてもう一度二人に背を向けた。
コーハナル侯爵邸にラーラ達が訪ねるのをパノが出迎える。そのパノに乗馬服姿のラーラが駆け寄ると、両手でパノの両肩を押さえた。
「パノ!」
パノはラーラの様子に少し驚く。ラーラからパノに触れて来る事など滅多になく、この様に強く触れられたのは初めてだった。
「いらっしゃい、ラーラ」
「留学先が決まった事、なんで教えてくれなかったの?」
先程のミリと同じ様な顔で同じ様な事を訊くラーラに、パノはくすりと笑う。
「何を笑っているのよ」
眉を顰めて不服げなラーラの様子に、パノはふふっと声を漏らした。
「先程ミリに説明をしたのだけれど」
「直ぐに出て来たから、ミリからは何も説明を受けていないわ」
「その格好、馬車でもないのね」
「そうよ。急いで来たのだから」
「取り敢えず皆が待っているから、こちらへ。バルとミリも」
「ああ」
「はい」
パノとラーラの後ろをバルとミリが付いて行く。ラーラからパノと腕を組み、ミリは初めて見るその様子に目を見張り、バルは苦笑を浮かべていた。




