干物の味
村人達は独り言を呟いたり、回りの者とひそひそと話したり、だんだんと騒がしくなる。
レントが元村長宅に入って少しすると、代わりにレントの祖母セリ・コーカデスが姿を見せた。
「・・・リート」
セリはレントの祖父リート・コーカデスに近付き、その二の腕に触れながら囁く。
「本当に食べるの?レントが焼いてきたら、引っ込みが付かなくなるわよ?」
レントから事情を聞いて心配そうな表情を見せるセリに、リートはセリを安心させる為に微笑みを向ける。引き攣って見えない様に、リートは丁寧に表情を作った。
「レントの話では美味いらしいじゃないか」
リートが本気で干物を食べそうだと感じて、セリの眉尻と口角が下がる。
「でも・・・その様な無理をしなくても」
「無理ではないさ。必要な事だ。レントが領地の特産品にしようとしているのだ。食べた事もなくて、レントのフォローは出来ないだろう?」
そう言って微笑むリートに、セリは掛ける言葉が見付けられない。
しばらくしてレントが戻って来た。
「お待たせしました」
リートの顔が僅かに引き攣る。レントの持つ皿には、二種類の干物が載っていた。どちらも食べ易い様に骨を外されて解されている。
「二種類も?」
「もしかしたらこちらの普通の方が食べ易いかも知れませんが、臭いが気になる様でしたら、こちらの香辛料付きの方が良いかも知れません」
「ああ、香辛料か。なるほど」
リートはレントから皿を受け取り、香辛料付きの方の臭いを嗅いで、付いてない方の臭いも嗅ぐ。
「・・・どちらも、生臭くはないな」
「そうなの?」
尋ねるセリに、リートは皿を差し出した。セリは一瞬体を引いたが、顔を皿に少しずつ近付けて、その臭いを確認する。
「・・・あら?・・・本当ね。あの臭いがしないわ」
「ああ」
「毒見を致しますね」
そう言って手を伸ばすレントから、リートは皿を遠ざけた。
「いや待て。お前が毒見をしてどうする?」
「そうよレント。毒に中ったらどうするのよ?」
伸ばし掛けていたレントの手をセリが握る。
「ですがお祖母様。これはわたくしが焼きましたので」
「毒見でしたら私が致します」
いつもレントに付いている護衛の一人が前に出た。レントにいつも付いているもう一人の護衛も前に出ようとしていたが、先を越されて蹈鞴を踏む。そして何事もなかった様に、足を戻した。
「ええ、お願い」
セリはレントから手を放し、リートの手から皿を取ると護衛に差し出す。護衛は皿を受け取って焼いた干物を摘まむと、それを躊躇無く口に入れた。
その様子を見た村人達が響めく。
護衛は味わう様に、ゆっくりと咀嚼した。そして惜しむかの様に飲み込む。
その様子を村人達は顔を蹙めて見ていた。口や胸を押さえる者や、二の腕を擦る者もいる。
コーカデス家の他の護衛達は、表情に出すのは堪えていたけれど、体には力が入っていた。一方でコードナ家の護衛達は、バルとラーラが干物を食べているのを何度も見ていたからかなり慣れてはいて、表情にも体制にも動揺を見せない。
干物を食べた護衛に対し、少し顔色を悪くしたセリが心配そうに尋ねる。
「大丈夫?」
「はい」
「美味いのか?」
「はい」
尋ねたリートに護衛は笑顔で返した。
リートは護衛から皿を受け取り、香辛料付きの干物を手に取る。そして手を止める事なく干物を口に入れた。
それを見た村人達は護衛が食べた時より驚いて、大きく目と口を開けて固まる。まだ心の準備が出来ていなかったセリも目を見開いた。
「え?リート?大丈夫?」
この国の貴族は相手が何か口に入れている時には、話し掛けてはいけない。セリは思わずそのマナーを破っていた。
リートは驚いてセリを見て、そして少しずつ咀嚼を始める。やがて普通に噛み出すと、一瞬口の動きを止めてから、口の中の物を飲み込んだ。
「大丈夫だ。美味いな」
そう言うとリートは、今度は香辛料が付いていない方の干物を口に入れる。そして今度は最初から普通に咀嚼をした。
「なるほど。こちらの方が干物の味が良く分かるのだな」
今度は普通に飲み込んだリートは、肯きながらそう言う。そのリートの二の腕にセリがまた触れた。
「大丈夫?」
少し落ち着きを取り戻したセリの再度の問いに、リートは微笑みを向ける。
「ああ、大丈夫だ」
「美味しいの?」
「ああ、美味い。他の魚料理は分からんが、船乗り達がコーカデス領の干物を買っていたと言うのは、分かる気がする」
そう言うとリートはレントに顔を向けた。
「レントが食べ続けているのも、当然なのだな」
その言葉にセリも村人達もレントに視線を向ける。
「ええ。栄養もありますし、わたくしは干物のお陰で体調がかなり良いです」
「そうか」
「はい」
肯くレントに肯き返したリートは、香辛料が付いていない干物をもう一口食べた。
それをレントは微笑んで、セリは少し心配そうに、村人達は顔を蹙めながら見守る。
そしてリートが両種類の干物を一つまた一つと口にする様子を見て、いつもレントに付いている二人の護衛の内、先程毒見をしなかった方の護衛が思わず唾を飲んで喉を鳴らした。




