信仰と思考
レントに睨まれて、村人の代表者は声を震わせながら言い訳をする。
「あの、それは、ほら、ビーニお嬢様の事です」
代表者の言葉に村人達が響めいた。村人達は代表者がミリの事を言っていると思っていたからだ。
その村人達をレントは一睨みして黙らせると、視線を代表者に向けてこちらも睨んだ。
「ビーニ?」
「そうです。ほら、町長の娘の」
「ビーニがどうした」
「え?ええ。その、ほら、ビーニお嬢様が通行税を取ろうとしたのが罪だからって、それでも罰金を払えってなりましたよね?」
代表者はレントとレントの祖父リート・コーカデスとの間で、視線を何度も往復させる。
レントは代表者を睨みながらも、剣から手を放した。それを見て代表者は、はあっと息を吐く。
リートが一瞬眉根を寄せ、代表者に言った。
「剣を向けたのだろう?強盗行為が罰金だけで済んだのは、商会の持ち主であるコードナ侯爵家の御令嬢の御厚情に拠るものだ。本来なら盗賊として、その場で首を刎ねられても仕方がない行いだからな」
「そんな!お嬢様に命令されたからやっただけなんですよ?!」
「それだからビーニと元村長ほど、お前達の罰は重くはなかっただろう?元村長は全財産を没収されたではないか」
「そんな!仕事もなくなったのに!結局は財産を売り払わないと払えません!」
「仕事がない?」
「はい!」
「それは塩の密造に関わっていたからだろう?」
「密造だなんて知らなかったんです!」
「知らなかろうと密造は密造だ。密造ではない、他の仕事をするのだ」
「塩の製造でこの町は潤ってたんです!塩の製造が減ってみんな金回りが悪くなった!他の仕事もなくなったんです!」
「働き手は募集されていた筈だが」
そう言ってリートはレントを見る。レントが肯くのに小さく肯き返して、リートは代表者に視線を戻した。
「応募はしなかったのか?」
「・・・ですが・・・」
「うん?募集されていたのに、応募しなかったのだな?」
「・・・ですが、あの、貴族のお嬢様が募集してたんです」
レントの眉根が寄る。リートも眉間に皺を寄せた。
「だからどうしたと言うのだ」
「だって、神殿から破門される様なお嬢様なんですよ?ほいほい付いて行ったら、何をされるか分からないじゃないですか?」
リートの眉間の皺が深くなる。
「お前が言っているのがもしコードナ侯爵家の御令嬢の事なら、そもそも神殿の信徒ではないのだから破門になどなってはおらん」
「信徒になれなかったんですよね?破門と同じ、って言うか、破門より悪いじゃないですか?」
「御本人は神殿の信徒になる積もりなどないだろう」
「それってつまり、その貴族のお嬢様のお母様が、その、あれだからですよね?」
リートもレントも代表者を睨むが、バルは特に表情を表さなかった。
リートは声を低くする。
「良いか?今のこの地の領主も、神殿の信徒ではない」
「だからですよ!」
「なに?だからだと?」
「だからこの町が、その貴族のお嬢様に好い様にされてるんじゃないんですか?」
そう言うと代表者はレントに視線を向けた。他の村人達もレントを見る。
「私も神殿の信徒を止めた」
低い声でそう言ったリートに、代表者も村人達も驚きの表情を向けた。バルも目を見開いてリートを見る。
代表者は声を震わせた。
「そんな・・・リート様?リート様も、貴族のお嬢様の、仲間になってしまったんですか?」
リートは小さく首を左右に振る。
「仲間と言っては語弊がある。コーカデス子爵家はコードナ侯爵家の配下として頂いたが、それは私の信仰とは関係のない話だ」
代表者も村人達も、困惑の表情を浮かべた。
「そんな・・・リート様もスルト様も、神殿から破門されたんですか?」
「破門された訳ではないが、そうだな。私が止めたと知れば、神殿は破門したと公表するかも知れん。まあ、どちらでも同じだ」
「ですが何故です?なんで神殿から破門されてまで、あの貴族のお嬢様の味方をするんですか?」
リートは大きく息を吐き、そして大きく息を吸うと、言葉をゆっくりと口にする。
「神殿は信徒達が、コードナ侯爵家の御婦人を悪魔と呼んでいる事に付いて、長い事、放置しておる」
「放置じゃなくて、本当に」
「黙れ」
低い声でそう言うと、リートは代表者を睨み付けた。
「彼の方の事を私もそう呼んでしまっていたから、領民のお前達を好い気にさせてしまっていた。これは私の罪だ。私はこの罪を認め、自分への罰として、お前達の考えを改めさせる事にした。その為には神殿にも働き掛けるが、信徒の立場では神殿を充分に批判出来ない」
「だからって・・・」
代表者が独り言の様に小声で呟く。
「それに私は、コードナ侯爵令嬢の協力を頂いてコーカデス領の領主が進める領地の再開発に力を注ぐ。その再開発事業の一つに魚の干物を特産品にする事が予定されている」
「魚の干物?」
代表者が目を大きく見開いた。村人達も響めく。
「正気ですか?魚の干物なんて、買う人いませんよ?」
「コードナ侯爵令嬢と領主には、アイデアがあるのだろう。神殿の信者を止めれば、魚を食べるのも恐ろしくはない」
「恐ろしくないって、リート様?魚、食べる気なんですか?」
「まあ、そうだな」
「いや、ですけど、魚の魂は格が低いから食べるなって、神様が言ってるんですよ?」
「それは神官が言っているのだ」
「教典に書いてあるの、知らないんですか?」
「教典には確かに魂の格の話は載っているが、魚を食べるなとは書かれていない」
「え?・・・ですけど神官様が」
「だから神官が言っているだけで、神が仰った訳ではないのだ」
「いや・・・でも・・・」
「お前達も干物を食べろなどとは言う積もりはない。神殿の信徒を止めろとも言わない。だが、神も、誤りに気付いたなら、それを正す様に仰っているではないか。私は神殿のあり方に誤りがあると思っているのだ。それだから神殿の信徒である事を止めたのだ」
「・・・神様は信じているのですね?」
「・・・自分の信仰を見つめ直そうとは思っているがな」
「そんな・・・」
代表者も村人達も静まった。
しばらく遠くに波の音だけが聞こえる中、レントが口を開く。
「お祖父様?本当に干物を食べるお積もりですか?」
「うん?ああ、まあ、その積もりだ」
「それでしたら今、焼いて参ります」
「なに?」
目を見開くリートに微笑みを向けてから、レントは元村長宅に入って行った。




