干物の想定
「ニダ」
「はい」
呼び掛けられて顔を上げるニダに、ラーラは微笑みを向ける。
「あなたの事はミリから聞いていました。ミリに色々と教えてくれて、ありがとう」
「もったいないお言葉です」
「それに私が連れて来た船員達からも、あなたの干物の評判を聞きました。急な注文に応えてくれて、ありがとう。大変でしたでしょう?」
「いいえ。充分な対価を頂きましたので、こちらこそありがとうございました。それに知り合いが手伝ってくれまして、干物作りで賑わっていた当時を思い出し、懐かしい思いにも浸れました」
「そう。それなら良かったです」
「はい」
肯くニダにラーラも小さく肯き返した。
「今日はあなたにお願いがあって来たのだけれど、話をする時間を貰えますか?」
「はい」
「ありがとう。作業中なのでしたら、そちらが終わってからで結構です」
「ありがとうございます」
「ニダさん。私も手伝うわ」
「いえ、ですが」
ミリの申し出にニダは慌てる。
「構いませんよね?お母様?」
「ええ。ニダ?邪魔ではなければミリに手伝わせて下さい」
「・・・はい。よろしくお願いいたします」
ラーラに微笑まれてミリにも笑顔を向けられたなら、バルが眉を顰めているのは見えたけれど、ニダは受け入れるしかなかった。
けれどミリの様子を見てラーラも手伝い始めた事には、ニダがまた慌ててしまったのは仕方がない。
ニダの作業が一区切りしたところで、ラーラは用件を切り出した。
「既にコーカデス卿とは会話をしているかも知れませんけれど、コーカデス卿は干物をコーカデス領の特産品としたいそうですね?」
「特産品、ですか」
「ええ。ニダが懐かしく思い出した頃の様に、多量の干物を生産する事は可能ですか?」
「それは、人を増やせば生産量を増やす事は可能ですが、買って下さるお客様がいらっしゃらない事には、特産品にする事は難しいかと存じます」
「そうですね」
「それに人を増やすにも、なり手がいるかどうか」
「そう?今回手伝った人達では駄目なのですか?」
「一時的に手伝う事は出来ても、あの者達にも仕事がございます。それに領主様は耕作地を増やすと聞きました。そうなると肥料も以前の様に必要になる筈です。領民が増えれば食料が必要で、その為には農作物の生産を増やす必要があります。干物を作って船員に売るよりは、肥料を作って農産物の収穫を増やした方が、領地の税収も増えるかと存じます」
「確かにコーカデス卿は、耕作地を増やす事の方を優先するでしょう。しかしそちらが一段落したら、干物の生産に力を入れる筈です」
「・・・そうなのですか」
「信じていませんね?」
「・・・申し訳ございませんが私には、にわかには信じかねます」
ニダの率直な意見に、ラーラは微笑む。
「そう。今はそうでしょうね」
そう言うラーラを見ながら、バルは眉根を寄せて、ミリは小首を傾げた。
他国の特徴を持たせたレストランでは、魚料理も出す予定だ。中には干物料理もあるかも知れないし、干物を置くお土産屋も出来るかも知れない。
しかしそれらは主に、他国の船員達がターゲットになる筈だ。港町の本来のターゲットであるこの国の富裕層には、魚食の習慣がない。
ミリは貴族を呼び込む為に、妊娠に良い物を港町で提供する積もりだ。そして国によってはそれに該当する魚料理がある。それらは提供する想定ではあるけれど、注文される事は極めて少ないとミリは考えていた。
バルとミリの様子に気付いたラーラは、二人にも微笑みを向けてから、視線をまたニダに戻す。
「美味しい干物作りには経験が必要だとミリからは聞いていますが、肥料作りもそうなのですか?」
「いいえ。干物程ではないかと存じます」
「それなら、ミリ?」
「はい、お母様」
「人手さえあれば肥料作りが出来るのか、試してみておいた方が良いわね」
「それは、干物作りを経験者に任せてる為に、肥料作りから引き抜く事を考えてですか?」
「ええ」
「お母様はこの国でも、干物を食べる人が増えると考えているのですね?」
「人数は少ないかも知れないけれど、日常的に食べる人が出て来るとは思っているわ」
「そうでしょうか?」
「レント殿はそうなる事を狙うのではないかと思うし、そうなったら私もそれをフォローする積もりだから」
「なぜお母様はそう思うのですか?」
「それは・・・ミリが自分で考えてみた方が良いかも知れないわね」
「・・・わたくしでも分かる理由があると言う事ですね?」
「ええ」
ラーラはミリに微笑みを向けながら、そう言って肯いた。
「分かりました。考えてみます」
そう言って肯くミリに肯き返すと、ラーラは顔をニダに向ける。
「ニダ」
「はい」
「自家製の香辛料を使った干物を作っているそうですね?」
「・・・はい」
「それを食べさせて頂けませんか?」
「えっ?ラーラ?」
慌てて口を挟んだバルに、ラーラは微笑みを一旦向けると、直ぐにニダに視線を戻した。
「どうかしら?」
「あの・・・こちらで作っておりますのは、魚の干物なのですが」
「ええ」
「あの、よろしいのでしょうか?」
ニダはバルに視線を送る。バルは苦い顔をしていた。しかしラーラはニダに肯いて返す。
「ええ。私は神殿から破門されていますから、大丈夫です」
「はあ」
それは大丈夫なのかとニダは思ったけれど、貴族に望まれたなら仕方がない。
「畏まりました。用意致しますのでお待ち下さい」
「香辛料を使っていない干物も頂けますか?」
「はい。ミリ様もお召し上がりになりますか?」
ニダからミリへの問いにバルが口を挟む。
「私も貰おう」
「え?バル?大丈夫?」
「お父様?毒見でしたらわたくしが」
「いや、毒見は私がやるが、そうではなくて、ラーラは干物を食べる必要があると思ったんだろう?」
「え?ええ。港町で売る事になるだろうから、味は確かめておかないと」
「それなら俺も。ラーラもミリも食べるのに家族で俺だけ食べていないなんて、寂しいじゃないか」
「でも、大丈夫?」
「俺も破門されているから、大丈夫だよ」
そう言って笑うバルの顔は、僅かに端の方が引き攣っていた。
回りを囲む護衛達は平静を装っていたけれど、三人が食べるのに毒見をしない訳にはいかないと思い、その顔はバルよりも少し引き攣っていた。
結局バルは護衛達には毒見をさせずに、ミリが焼いた干物をまずバルが食べた。
「・・・魚の生臭さも感じないし・・・美味いな」
独り言の様にそう呟くバルの様子に、ミリとニダは笑顔を交わす。
そして様子を見る為に時間を置きたいバルを説得して、ラーラも冷めない内に干物を口にした。それに続いてミリとニダも食べ始める。
そしてバルとラーラは普通の干物と香辛料ありの物をもう一枚ずつ、今度は自分達で焼いて食べてみるのだった。




