親睦を深めて
仮設桟橋の上で手を振るミリに、ラーラは手を振り返し、バルは手を挙げて応える。
「ミリ!」
「お母様!お父様!」
非日常的な船旅に、行商をしていた頃の記憶も思い出してテンションが高いラーラの声に、ミリもテンション高く返した。ラーラの隣に立つバルは、ミリの姿と声に胸が熱くなって声が出ない。
周囲にいた人達は、その三人の様子をほのぼのと見ていた。
けれどレントはどぎまぎしている。ミリもラーラもバルも、レントには見覚えがない様子を見せているからだ。
船から降りたラーラがミリを抱き締める。
「ミリ!」
これに驚いたミリのテンションは通常に戻った。それと共にラーラの今の行動が、ラーラの父やラーラの兄達に似ている事にミリは気付く。
「あの、お母様?人前ですので」
「あ、ああ、ええ。ごめんなさい」
ラーラはミリの背中から放した手をミリの両肩に置くと、ミリから体を離してレントを見た。
「こんにちは、レント殿」
「コーカデス領にようこそ、ラーラ様、バル様」
「ああ。しばらく滞在させて貰うからよろしく」
ミリの頭に手を伸ばして撫でながらのバルの言葉に、レントは頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いいたします、バル様、ラーラ様」
「私からも、よろしくお願いします」
レントは一旦顔を上げて、そう言うラーラに向けてもう一度頭を下げた。
ミリはバルを見上げ、続いてラーラを見上げながら尋ねる。
「船旅は大丈夫でしたか?」
バルとラーラはレントからミリに視線を移した。
「ええ。楽しかったわ」
船酔いを心配していたミリに、ラーラは笑顔を返す。
ミリはラーラにそっくりだと言われているので、ラーラも船に酔うだろうとミリは考えていた。しかしその様な様子は全くラーラの表情に表れていない。その事にミリは小首を傾げ、バルに顔を向けた。
「お父様も大丈夫でしたか?」
「ああ。思った以上に楽しかったよ」
「そうですか」
バルの言葉と表情に、ミリの顔が愛想笑いの様になる。
「でも出発時刻は考えた方が良いかもね」
そのラーラの言葉にミリはまたラーラに視線を向けた。
「出発時刻ですか?」
「ええ」
「それは何故でしょう?」
「出発が朝早いのは慌ただしいし、こうやって到着してももう日が暮れるから、今日は大した事は出来ないでしょう?それなら夕方に出発して、船上で二泊して、朝に着く方が気楽だし、退屈もし難いと思うわ」
「なるほど。ですがそれですと、灯台が必要な位置が増えますね」
「けれど、不測の事態を考えたら、航路沿いにはもっと灯台を置くべきだと思うわよ?」
「ちょっと待って、二人とも」
議論を始めるミリとラーラをバルが止める。
「そう言う話は落ち着いてからにしよう」
「そうでした」
「そうね」
「では、お父様、お母様。泊まる所に案内しますので」
「ああ」
「ええ、お願い」
そう言って先導するミリの後に、バルとラーラが並んで進んだ。レントはその後ろに付いて行く。そしてその顔は、少し心配そうだった。
ミリはバルとラーラを仮設で建てられた宿舎に案内する。
「泊まって頂くのはこちらになります」
「ほう」
「そうなのね」
「あの、バル様、ラーラ様。申し訳ございません」
宿舎の前でレントが頭を下げた。
「お二人に泊まって頂くには相応しくない建物ですが、現在、この付近には、他に泊まって頂ける施設は用意できてないのです」
「いいえ。構いませんよ?」
「そうだね。ミリからはここの話は聞いていたし」
「想像していたよりは立派だわ」
「そうだな」
「そう仰って頂いて、ありがとうございます」
「私は行商で野宿とかも経験していますし」
「私も訓練で野営したりするからね。問題ないよ」
「しかし、貴族であるお二人に泊まって頂くには」
「レント殿も泊まっているのでしょう?」
「はい」
「ミリもだよね?」
「はい、お父様」
「分かって来ているのだから、レント殿。問題ない」
「ありがとうございます」
そう言ってまた頭を下げるレントに、バルは肯いて返す。ただラーラは、自分とバルとミリは大丈夫だけれど、身の回りの世話をする為に傍に付いて来てくれた人達の方が、戸惑うかも知れないと思っていた。
仮設宿舎には広間もある。食事時にはその広間が食堂になった。
その広間に、設計士達関係者が集まる。その前にラーラとバルが立ち、隣に立ったミリが二人を紹介した。
「こちらはバル・コードナ侯爵令息とその妻ラーラ・コードナ夫人です。ラーラ・コードナ夫人は、この港町の運営を行っていきます。二人は港町が完成するまで、基本的にはこちらに滞在します」
「ラーラ・コードナです。コーカデス商会より、港町運営の責任者を任されました。レストランやホテルの建設も主導していきますので、よろしくお願いします」
そう言って微笑みを浮かべるラーラに、設計士達は戸惑いながらも頭を下げると、声を揃えて返す。
「よろしくお願いいたします、ラーラ・コードナ様」
その様子を見回してから、今度はバルが口を開いた。
「コードナ侯爵ガダの三男であり、このミリの父親バルだ」
そう言うとバルはミリの肩を抱き寄せる。そして反対の手でラーラも抱き寄せた。
「ラーラの夫ではあるが、ここでの職務はラーラの護衛を務める。よろしく」
「よろしくお願いいたします、バル・コードナ様」
そう言って頭を下げて返す人達に、バルは肯いて返す。
ミリは傍に控える一団を手で示した。
「港町には異国風の建物や店を作りますが、この方達はそのアドバイスをして下さる為に来てくれています。この国の言葉を聞き取れる人も話せる人もいますが、わたくしとコードナ夫人が通訳をしますので、設計等に関わる話の時には、わたくしかコードナ夫人を同席させて下さい」
そう言うとミリは見回して、技術者達が肯いているのを確かめる。
「他国の方達はこの後もこちらを訪れますが、港町の完成まで滞在して貰える訳ではありません。御自分達の都合で帰ってしまいます。完成が近くなったら仕上げの確認の為に、また来て頂く予定ではありますが、それから手直しなどをする様では大変ですので、訊きたい事などは聞き漏らさない様にして下さい。また、手配できたら、それぞれの国の設計士や建築家に来て頂くかも知れません。その事も予め心に留めておいて下さい」
再び技術者達が肯いている事をミリは確認した。
「これよりパーティーを行いますが、お互いに親睦を深めて頂ければと思います」
そう言うとミリは、各自にグラスを持つ事を促す。
「それではコーカデス子爵閣下に、乾杯の音頭を取って頂きます。コーカデス閣下。よろしくお願いいたします」
ミリに卿ではなく閣下と呼ばれて頭を下げられて、レントは少し慌てたけれど、直ぐに気を取り直してグラスを掲げた。
「それでは港町建設の成功と、事故が起こらない事と、全員の健康と無事を祈って、乾杯!」
「乾杯!」
全員が声を揃え、他国の人々もこの国の言葉で、乾杯を復唱するとグラスを傾ける。そして飲み干すとグラスを頭上に掲げた。
テーブルの上には食事とつまみと酒が用意され、皆がお互いに酒を注ぎ合う。酒が飲めない人向けにはジュースも用意されていた。ミリとレントもジュースだ。
少しするとバルとラーラは退席した。バルが傍にいても、多少は緊張してしまうラーラを気遣ったのもあるが、貴族が同席すると技術者達の方も緊張するからだ。
ミリとレントも貴族ではあるけれど、二人とはこの日までに交流があった為、二人になら技術者達もそれほど緊張はしなくなっている。
そしてミリは他国の人達に、レントの事を紹介していった。中にはレントがコーカデス家の人間だからと固い態度を見せる人もいたけれど、ミリが会話を回す事で、その様な人達もだんだんとレントと打ち解けていった。
その後、酔いが回って来ると、他国の人達と技術者達が、言葉が通じなくても身振り手振りで会話を始めたりする。笑い声もあちらこちらで上がる様になっていった。
そうすると中には、技術的な話を始める人達も出て来る。そうなれば専門用語を通訳をして貰う為に、あちらこちらからひっきりなしに、ミリを呼ぶ声が上がる事になった。
その様子を眺めるレントには、改めてミリへの感謝と尊敬の念が心に浮かんでいたし、また自分への不甲斐なさも感じる。
港と港町を作るなら、領地開発が成功すれば、この先も他国の人との交流は増えていく。
そう考えてレントは、一つずつで良いから、喋れる言葉を増やしていこうと、人々の中心になって笑い合うミリを見ながら決意を固めていた。




