変わらぬ態度
漁村の入口には確かにバリケードが作られていた。そのバリケードの前にミリの手配した馬車が並び、その馬車をUターンさせない様に何人もの男達が剣を向けて威嚇をしている。その傍では確かに女達も子供達も、男達の味方をする様に振る舞っていた。
レント達は海岸側から砂地を通り、バリケードを回り込んで馬車に近付く。それに気付いた者達が、今度はレント達に剣を向けた。
「なんだお前ら!」
「剣を下ろせ!」
レントの護衛が声を張る。
「こちらにいらっしゃるのはコーカデス閣下だ!この地の領主に剣を向けるとは!盗賊と言うのはお前達か!」
護衛の言葉に馬車を囲む者達は動揺した。
「悪いのはアイツらだ!」
そう言って前に出たのはこの村の村長の娘で、ここではお嬢様と呼ばれているビーニだった。
「あれ?キロ?」
そのビーニが護衛の後ろに乗っているレントに気付いた。
「え~?キロ?貴族様に仕えたの?あれ?兄ちゃん達も?」
「下がれ!」
レントに近付こうとするビーニに、馬上から護衛が剣を抜いて向ける。
「はあ?誰に向かって剣を向けてんの?貴族様に仕えたからって、あんたが偉くなった訳じゃないんだよ?」
「良いから下がれ!」
護衛の言葉にビーニは肩を竦めた。
「やれやれ。でも兄ちゃん達もそうやってると一端に見えるけど、キロはまるでお坊ちゃんだよね。ねえキロ?」
レントはビーニに呼び掛けられたけれど、どう答えれば良いか躊躇う。
「キロもちゃんとした仕事に就けたんだね。良かったね」
ビーニの邪気のなさそうな笑みに、護衛達も村人達も気を殺がれた。
「あたしと結婚する為に、良く頑張ったね」
そのビーニの言葉を直ぐに理解できた人は少ない。
「貴族様に仕えるなんて上出来だよ。仕方ないから約束通り結婚して上げる」
そう言って馬上のレントに近付こうとするビーニに、護衛はもう一度剣を向けた。
「領主であるコーカデス閣下に対し何を言っている!」
「え?・・・領主?」
ビーニが立ち止まったのは、剣が目に入ったからではなくて、領主と言う言葉に違和感を抱いたからだ。
「なに言ってんのさ。あたしはキロに言ったんだ。領主様って恋人が何人もいるおじさんだよ?知らないの?」
「こちらにいらっしゃるのが、新しく領主になられたコーカデス閣下だ」
「新しく?キロが?」
「キロではない!コーカデス閣下だ」
ビーニは一歩下がって、馬上の護衛達を一通り眺める。
「確かに、キロが一番高そうな服着てるけど」
実際にはミリの服装の方が高かったのだけれど、ミリは護衛の後ろに体が隠れていたのでビーニには見えなかった。ただ、見えていたとしても、どちらが高いか当てられたかどうかは分からない。
「そうなんだ。キロが領主様になったんだね」
「分かったら態度を改めろ!」
「分かった。じゃあ領主様の恋人になって上げる」
護衛達だけではなく、村の大人達も言葉を失った。村の女の子の中には「あたしも」と言って前に出ようとして、回りの大人に捕まって口を押さえられる子もいる。
驚いているレントをビーニは不思議そうに見上げた。
「だって領主様って何人も恋人がいるんでしょ?あたしも大きくなったら領主様の恋人になれってパパに言われてるから、ちょうど良いし」
そう言ってビーニはレントに向けて手を伸ばす。
「ね?」
固まる大人達の様子に小さく溜め息を吐いて、ミリが馬から降りた。慌てて護衛達も馬から降りる。
「ビーニ。馬車の略奪を命じたのはあなたね?」
ミリの声にハッとして、レントも馬を降りた。そしてミリとビーニの間に立つ。ビーニは横に動いてレントの後ろのミリの顔を見た。
「なにお前」
「おい!」
レントが腰の剣を抜いてビーニに向ける。それに合わせてミリの護衛達も剣を抜いた。
「・・・あ!お前!あの時の暴力男の仲間だね!ミリとか言う!」
「言葉を慎め!こちらはコードナ侯爵令嬢だ!お前が声を掛けて良い相手ではない!」
それを言ったら本来はレントにも声を掛けるのを憚らなければならないし、そもそもミリからビーニに声を掛けたのだが、レントはミリに近付こうとするビーニとミリの間に体をずらして入れて、剣を持つ腕をビーニに向けて伸ばす。ビーニは躊躇わずにその剣先を握った。
「危ないじゃん」
レントは反射で腕を引き戻しそうになったけれど、そうすればビーニの指が切れてしまうと思って、僅かに剣先を揺らすだけで堪える。
「え?でも?コードナ侯爵令嬢?」
「そうだ!」
「ミリがコードナ侯爵令嬢なの?」
「ミリ様の名を気易く呼ぶな!」
「じゃあコイツが本物の悪魔の子なんだ」
レントは剣を引き、頭の上に振りかぶった。そのレントの剣の刃に後ろからミリが短剣を当て、レントが振り下ろすのを防ぐ。
「コーカデス卿」
「ミリ様!危ないではありませんか!」
レントは剣を持つ腕を真上に伸ばしながら、体ごと後ろを振り向いてミリを見た。
「領主が領民に剣を振れば、今後の領政に影を落とします」
そう言うとミリは片手を伸ばし、剣の柄を握るレントの両手を手のひらで包む。そしてゆっくりと、レントに剣を下ろさせた。
「コーカデス卿が手を汚す程の事ではありません」
そう言って微笑みを向けるミリに、レントは胸が痛む。
「・・・ミリ様」
レントは呟く様にそれだけ口にするけれど、言葉を続ける事は出来なかった。
その傍で、尻餅を搗いたビーニを護衛達が剣を向けて囲む。その様子を見て村人達は、腰を抜かしたり、尻餅を搗きながら後退りしたり、這って逃げたり、悲鳴を上げながら走って逃げたりした。
ビーニは後ろ手で体を支え、顔の回りの剣を無視する様に、レントの姿を睨んでいる。そのビーニの一方の手の下の砂には、血が少し広がっていった。




