うねり
いいわけ回です。
後書きに粗筋を書きます。
公爵三家への批判は徐々に強くなっており、王家の評判は三家にも引き摺られて悪化していった。
それは平民だけではなく、貴族界でも同様だ。
公爵三家は味方の貴族家を増やす事が一向に出来なかった。
また、王家を直接批判する貴族はいなかったが、その代わりに婚約を調える家が増えた。それはこのままだと令嬢達が、ソロン王子の相手に選ばれるかも知れないとの懸念があったからだ。
王家に嫁ぐのに家格が合う令嬢は、三公爵家とコーハナル侯爵家とコーカデス侯爵家にしか残っていない。
伯爵家の令嬢が王子妃になったらかなり苦労する筈だ。これまでならチャンスがあれば狙いに行っただろう。しかしバルとラーラの同世代に当たるソロン王子の妃は、どれだけ苦労するのか見当も付かないと考えられる様になっていた。
今のラーラの人気を王子妃が越えるのは不可能に思える。
王子妃として立場は上なのに、常にラーラに気を使わなくてはならない。生家が格上ならまだなんとか出来るかも知れないが、ラーラは養女とは言え侯爵家の出だ。伯爵家出身の王子妃が抑え付けるのは無理に思えた。
権力を持つ筈の王子妃が、家を継がない三男の嫁に敵わないとなると、能力を疑う声も上がるだろう。当然王子妃の生家の評判も落ちる。そんな状況に娘や孫娘を置きたい貴族は少ない。
ソロン王子の妃になっても問題なさそうなのは、ラーラの義理の姪に当たり普段からラーラと深い交流を行っているパノ・コーハナル侯爵令嬢ただ一人。そう考える人は多かった。
そして令嬢達だけではなく令息達もだ。ぼやぼやしていてミッチ・コウバとの縁談を持って来られたら大変だ。
交際練習で気心も相性も知れている相手で本人達も良いと言うのならと、伯爵家子息令嬢を中心に婚約が次々に申請された。その勢いは子爵家や男爵家と言った王家や公爵家と結ばれる事がないはずの家にも焦りをもたらし、下位貴族家の子息令嬢達も次々に婚約して行く。
王子の誕生に合わせる様に生まれて来た子息令嬢達の世代の中で、婚約も結婚もしていないのは王家と、公爵三家とその配下の家と、コーカデス侯爵家とその配下の家と、パノ・コーハナルしか残っていない状況になりつつあった。
あとは他国の王族貴族と縁付くか、平民を養子にして配偶者にするかだ。
ソロン王子はパノ・コーハナルと結婚するのだろうと、世間での評判は更に固まって行った。
これらの状況を受けて、コウバ公爵家はコーカデス侯爵家の支持を改めて表明し、様々な面での優遇を約束した。
その中で、コーカデス侯爵を国王への不敬罪とする事に反対する旨も文書として明記され、それの公表もされた。
そしてコーカデス侯爵家も、リリの姉チェチェを妃としてソロン王子に薦めない事をコウバ公爵家に約束した。既にその様な事が出来る状況ではなかったので、コーカデス侯爵家に取ってはデメリットのない約束だ。
これらにより世間では、コーカデス侯爵家を罠に嵌めたのはコウバ公爵家ではないのではないか、との意見も聞かれる様になる。
それならラーラ誘拐の黒幕は、コウゾ公爵家なのかコウグ公爵家なのか。
コウゾ公爵家とコウグ公爵家に関して、平民からの密告が国に寄せられる様になる。それはラーラ誘拐とは関係ないものもあるし、明らかに誤りであるものもある。しかし中には国が見逃す事の出来ない事案も含まれた。
しかしそれらは王宮の業務が上手く回っていない事を言い訳に、王妃と王太子妃の働きもあって、真偽の調査は後回しにされた。だがそうなると、王家が公爵家の罪を隠しているとの噂が立つ。そして公爵家が何かの動き出しを見せる度に、証拠隠滅の噂が立った。
そこでコウグ公爵家は手のひらを返した。
宰相の怪我は事故であり、コーカデス侯爵は不敬を働いたのでもないとの立場に立った。コーカデス一族の処刑を要求していたのに、それをあっさりと引き下げる。
そしてソロン王子の妃にニッキ・コウバを推薦する事を表明した。タラン・コウグは再びニッキ・コウバとの婚約を諦めさせられる。
コウグ公爵家は、王冠の賠償しか支持しないコウゾ公爵家より、世論に味方して貰う事を選んだのだ。コウゾ公爵家所縁の宰相補佐が少しも仕事が出来ず、賠償の話が全然進んでいないのもコウゾ公爵家を見限る理由になった。
そして宰相に対して常識的な慰謝料を支払う事をコーカデス侯爵家とコードナ侯爵家に求める事を表明した。ただしコーカデス侯爵家には秘密裏に、その慰謝料を代わりに支払う約束をする。コウグ公爵家は支払った慰謝料を宰相から回収する目論見だ。
コウバ公爵家には貸し1つとして、今回はコウグ公爵家への見返りを求めなかった。
ラーラの罪に付いては言及を避けた。世間の風向きが変わったら改めて責任を問えば良いのだ。
ただしコウグ公爵家は王冠の賠償をコーカデス侯爵家、コードナ侯爵家、コーハナル侯爵家、ソウサ家の四家に請求する主張は変えなかった。これは王家に敬意を払っている事をアピールしており、たとえ四家が賠償金を払わなくてもコウグ公爵家には損害はないし、払ったのなら自分の手柄にすれば良い。
世間にはコウグ公爵家とコーカデス侯爵家が和解した様に見える。
そうなると悪いのはコウゾ公爵家か、と世論が傾いた。
ここでソロン王子がチェチェ・コーカデスを気に入っていたとの話が広まった。
コウゾ公爵家は、ソロン王子とチェチェを結婚させない為にコーカデス侯爵家を没落させ、その罪をコウバ公爵家に被せる事で、ソロン王子とハッカ・コウゾを結婚させようとしたのだ、とのストーリーが実しやかに囁かれた。
宰相の怪我も王冠の損傷も、コウゾ公爵家の陰謀だとする説まで何故か流れる。そしてコウゾ公爵家は王国を乗っ取る積もりではないかとの噂が続いた。
その流れを受け、コウゾ公爵家はソロン王子とハッカ・コウゾを婚約させるのを諦め、ニッキ・コウバをソロン王子妃に薦める事をコウバ公爵家に約束した。
また、コーカデス侯爵の責任追及に付いてもコウバ公爵家に倣い、悪いのはラーラ・ソウサだとした。
コウゾ公爵家に悪役を押し付けて、先にコウバ公爵家とコーカデス侯爵家側に立っていたコウグ公爵家は、コウゾ公爵家が自分達の陣営に加わる事には反対をしなかった。反対をしたら、実はコウグ公爵家が黒幕なのか、との噂が立つことを懸念したからだ。
そして公爵三家合同で王家に対し、ソロン王子とニッキ・コウバを婚約させる事と、ラーラ・ソウサが平民であり、バル・コードナとの婚姻が無効である事を認める様に迫った。
コーカデス侯爵家は、ラーラとバルに付いての訴えは既に正式に申請してあったので、公爵三家とは一緒には訴えなかった。そしてニッキ・コウバをソロン王子の妃にする事も公式に推薦するという形を取り、公爵三家ほど強くは求めなかった。
これに対して、王家からの反応はなかった。
公爵三家は公開要求として指定の期日までに、チリン王女がバルとラーラの恋物語を好きだと言う噂を正式に否定する事と、チリン王女とソロン王子が視察として選んだ演劇が誤りであった事を公表する様にと求めた。
また宰相補佐とその配下達に、王家からの回答があるまでは業務のサボタージュを命じた。
こちらも王家の回答がないまま、期日を過ぎた。
王家の無反応に業を煮やした公爵三家は、広域事業者特別税と言う法案を提出した。
複数の領地に跨がった商会などは、一つの領地で上げた利益をその領地には還元せずに、他領に利益を持ち出しているとして、その領地で上げた利益に応じた税金をその領地に支払うべきだ、との理屈に基づいた課税法であった。
王家はこれもスルーした。
どう見てもソウサ商会を狙い撃ちにする為の税法で、コードナ侯爵家が反対するだろうと読んでいたからだ。
公爵三家が狙ったのも確かにソウサ商会だった。
相手陣営には同世代の多くから苦手とされている、デドラ・コードナ侯爵夫人とピナ・コーハナル侯爵夫人がいる。しかし今回の様な争いは二人のタイプではなかった。噂を流してこちらを悪者と思わせる様なやり方は、ソウサ商会が裏で操っているに違いない。
それなのでソウサ商会を押さえ込めば、コードナ侯爵家もコーハナル侯爵家も以前の様に戻るだろうと、公爵三家は考えた。
しかしコードナ侯爵家からは、領地を跨がるのだから対象事業者は国が決定すべきとの意見と、税率は各領地の権限で個別に決めるべきとの意見が出されたのみだった。その意見は他の税法と比較しても妥当なものだったので取り込まれ、こうして広域事業者特別税が成立した。早期に成立したのは、宰相補佐が猛プッシュしていたお陰でもある。
公爵三家の当ては外れた。
税法成立を阻む為に、コードナ侯爵家が公爵三家に頭を下げて来ると思っていたのだ。
もしかすると法の施行までに、何かを仕掛ける積もりなのかも知れない。
そう考えた公爵三家は宰相補佐に再度の猛プッシュをさせて、最短日数での施行を実現させた。これでソウサ商会を対象事業者にされたら逃げられなくなる。
しかしやはり、コードナ侯爵家に動きはなかった。
それは、ソウサ商会を対象事業者にしても変わらなかった。
三公爵領とコーカデス侯爵領とそれぞれの配下の貴族の領地で広域事業者特別税の徴収が始まると、ソウサ商会はそれらの領内では物々交換に切り替えた。
もちろん金銭で遣り取りするよりは、効率は落ちるし管理も煩雑になる。しかし今まで通りに各地を回る事で、客の不便を最小限にしていた。
ソウサ商会の行商の特徴は、小さな荷馬車を使って一度には大した量を運んでは来ないけれど、三日と明けずに次の荷馬車が回って来る事だ。だから流行り物には弱くて直ぐに品切れたりする。その代わり生活必需品は数日我慢すれば必ず買う事が出来た。そしてその土地その土地の特産品を買い集め、日持ちする物なら王都まで運んだ。
ソウサ商会は物々交換は止められないと読んでいた。何故ならそれは庶民の間で日常的に行われているからだ。そして広域事業者特別税は金銭授受を前提としているので、税法を改正しなければ物々交換は対象にする事が出来ない。
ソウサ商会の荷馬車が領境で提出する帳簿には、領内の取引金額がゼロとされ、広域事業者特別税の徴収が出来なかった。今までソウサ商会は売上税を納めていたが、それも納めなくて良くなった。
もちろんこれには徴税官達が疑義を唱えたが、物々交換用の帳簿を証拠として見せられたら文句が付けられない。帳簿偽造の疑いを掛けられても、交換相手の所に戻って証言して貰う事で、容疑を晴らす事が出来た。
そして交換相手からは徴税官に多量の文句が投げ付けられた。広域事業者特別税を止めろと言われても、徴税官にはそんな権限はなかった。
いちいち証言を取りに行くことは徴税官達の大きな負担になったし、その間に領境通過の為の業務が滞り、領内の物流にも影響を与えた。
直ぐに多くの徴税官が、物々交換の確認を諦めた。
広域事業者特別税法の修正も早かった。物々交換に対応したのだ。
しかしこれは更に徴税官達を苦しめた。物品の金額査定が難しいからだ。
ただ苦しんだのはほんの一瞬だった。
ソウサ商会が広域事業者特別税を徴収する貴族領での行商を取り止めたからだ。
隣接する領地に在庫基地を置き、地元の商会に商品売買を代行して貰った。行商は三日に一度とはならないが、複数の商会を使う事である程度の頻度を保った。
もちろん余計なコストが掛かり、それは売買価格に影響した。しかしソウサ商会としては売上にほとんど影響がなく、領民達が価格上昇分を負担している形だった。
これには領民達は不満を現す。具体的には若者を中心に、他領への流出が始まった。
それを見逃す事はなく、広域事業者特別税を導入した各領地では、領地内の商会にソウサ商会の代替を任せた。
しかし販売に訪れる頻度は極端に下がる。ソウサ商会の様に小型の荷馬車を多量に用意はしていないからだ。
それに領内で手配できない品や買い手がない品は、どうしても他領と売買しなければならない。
結局は隣領のソウサ商会の在庫基地を利用する事になるので、ソウサ商会としては売上にほとんど影響がなかった。
そして生活必需品が中々手に入らない領民達は、自分達で隣領のソウサ商会の在庫基地を訪れた。
領境を通る時に馬車を使わずに歩きなら、税金は掛からない。
それなので領境の両側に馬車を待たせて、領境だけ歩きで行き来する商人も現れた。
領境での税収は減少した。
品物を売りに来る頻度が下がると、多少高くても買えるチャンスを逃せなくなる。
今まで商品に掛かってなかった仲介料やら手数料やらの他に、品薄による値上がりが加わる。
そして価格上昇分を負担するのは消費者だった。
物流が滞って流通量自体が減ったり、領境を徒歩で越えられて徴税出来なかったりして、広域事業者特別税を実施した領地では、税収が少し落ち込んだ。
これを補う為に、徒歩で領境を越える人に通行税を課した。
通行税自体は既に存在していたが、徴収している領地はなかった。何故なら馬車は道を通って領境を通過するが、人は領境の前で道を逸れて、森や山を越える事が出来るからだ。
もちろんそちらの方が道は険しいから、そちらを選べば通行に時間が掛かるし、運べる荷物の量も減らすしかない。
そして更に領内の流通量が減り、物価は上がった。
しかし税収は少し増えた。
税収源として次に目を付けたのは、またソウサ商会だった。犯罪被害者フォロー事業だ。
物品売買でも物々交換でもない為、広域事業者特別税の対象外だった。しかし利益を得ているのは確かだ。
そこでまた税法を改訂して、物品の授受を伴わない利益も対象とした。これにより教師や護衛などの報酬も、音楽家の演奏料や劇場の入場料も対象となる。
ソウサ商会は犯罪被害者から相談があった場合、広域事業者特別税を徴収していない領地まで依頼者に出向いて貰い、契約締結と手数料支払いを行って貰う事にした。
しかし今度は他領でのアドバイスを受けた場合には、犯罪被害者に支払う慰謝料を減額する処置が取られる。もちろんその様な法律適用はあり得ず、明示されてはいないが、領地の警備隊員や刑務官達がそれとなく仄めかすのだ。
ソウサ商会の犯罪被害者フォローは慈善事業ではない。利益を上げられなければ赤字を出してまでは続けられない。
ソウサ商会は広域事業者特別税を徴収する各領地から、行商と犯罪被害者フォローの事業を撤退した。
公爵三家のグループは、ソウサ商会への勝利に喜んだ。
そしてここで王家が動く。
公爵三家とコーカデス侯爵家が同盟します。
ソウサ商会が事業を撤退しました。




