波の上、星の下
ミリとレント達を乗せた船は、日が落ちる前に海岸に近付き、少し浅くなっている地点に碇を下ろした。今夜はここで碇泊をする。
レントとのダンスでかなり気分が良くなったミリだが、夕食を摂る為に座ったりしたらまた少し胃の辺りから喉に上る様な違和感を覚えていた。そして寝る為に横になってしばらくしたら、また船への酔いが戻って来てしまった。
眠れないミリが風に当たりに甲板に出ると、レントが気付いて声を掛けた。
「ミリ様?どうかなさいましたか?」
そう訊いてから、レントはミリが甲板に出て来た理由を察する。レントも同じだ。
「あ、あの、星空が綺麗ですので、流れ星でも探しますか?」
船上の弱い灯りでも、レントの焦っている様子が分かり、ミリはくすりと笑いを漏らした。
「ええ。コーカデス卿は見付けましたか?流れ星」
「あ、いえ。まだです」
「ではどちらが先に見付けるか、競争しましょうか」
「はい」
二人して顔を夜空に向ける。レントは視線をぐるりと巡らせて体ごと回って見ているが、ミリは一方向だけをじっと見ていた。
「ミリ様?もしかして、流れ星が現れる方角が分かるのですか?」
「東から流れる事が多いと聞きました」
「そうなのですか?」
「はい。ただ、聞いたのは本当ですが、本当にそうなのかどうかは分かりませんので、この機会に試してみようと思います」
「なるほど」
レントもミリと同じ方角を眺める。なるほどとは言ったけれど、レントは納得はしていなかった。東からの流れ星が多い理由が分からないからだ。そしてミリも理由は知らないのだろうとレントは考えた。もし理由を知っていれば、ミリはそれをレントに伝える筈だし、そもそもとっくに試している筈だ。
そうすると、ミリの検証に付き合う為には、反対の方向を向くべきかとレントは迷った。ミリと一緒に同じ流れ星を見たい気もする。ミリと反対側を見ていて、東からが多いと言う説が間違っていて、レントばかり流れ星を見付けたら気不味い気もする。
結局レントはそのまま、ミリと同じ方向を眺める事にした。
夜番をする船員の声や二人を囲む護衛達の身動ぎに拠る靴音、そして絶え間く波が船を叩く音がする船上で、ミリとレントは黙って星空を眺めていた。
波が大きかったのか船首が大きめに下がる。ミリとレントはよろめきそうになって、二人とも反射的に手を伸ばし、お互いの両腕を両手で掴んだ。
「申し訳ありません」
「いえ」
咄嗟にレントが謝ったが、ミリもレントの腕を放せない。船首が戻る時にもかなり揺れ、護衛達も近寄って二人の体を支えた。
「停まっていても、かなり揺れるのですね」
「ええ。まだ今夜は風が結構弱いですからマシですけれど」
「前回はもっと揺れたのですか?」
「そう言う日もありました」
弱い明かりにミリの眉根が寄るのが見えて、レントも同じ表情を浮かべる。
「どうせなら、陸に上がって泊まれれば良いですね」
船の大きな揺れは収まり、護衛達は二人から手を放した。
レントは片方の手はミリの腕を放し、夜の海と夜空の間に浮かぶ暗い陸地に顔を向ける。ミリもレントから片手は放して、陸地に体を向けた。
「停泊地として港を作るとしても、それはコーカデス領の港を作ってからですね」
「そうですね」
「双胴船が出来上がればこれほど揺れない筈ですから、碇泊用の港の必要性は下がりそうですし」
「そうでしたね。港を作れば貴族を泊める為の宿も作る必要がありますし、費用の回収は大変かも知れませんね」
「ええ」
二人は片手でお互いの片腕を掴んだまま、暗い陸地を眺める。
「それにあの辺りは崖でしたね」
「ええ」
「まだ明るい内には崖の上に集落が見えましたが」
「ええ。岩場なので宿を作るのは崖上でしょうけれど、崖を登る貴族が使う為の階段を作るのだけでも費用が掛かりそうです」
「あの、ミリ様?」
「何でしょうか?コーカデス卿?」
弱い明かりの中で、二人は顔を向け合う。
「夜も船を動かす事は出来ないのですか?」
「・・・遠洋の、碇が海底に届かない様な場所では、星を頼りに夜も進み続けたりするそうですけれど、この様に海岸に近い場所では目印がないと、岩礁に乗り上げて座礁したりもしますから」
「その目印ですが、例えばここなら、あの崖に灯りを置くのはどうですか?」
「灯りを?ここまで光が届く様にですか?」
「はい」
「灯台ですね?」
「灯台と言うのですか」
「ええ。船に光で港などがある事を知らせます。ですが方向が分かっても距離が分からないと、やはり崖に近付き過ぎたり岩礁の場所が分からなかったりしますから」
「こう、離れた場所に、例えばあの崖なら、あそことあそこに灯台を置いたらどうでしょう?」
レントは崖の上の離れた二カ所を指差した。
「え?崖の上にですか?」
「え?上では駄目ですか?」
「灯台は岬の先端とかに建てる物ですから」
「では灯台ではなくても良いですけれど・・・」
「・・・何故二カ所なのですか?」
「え?あの、三角測量を使う為ですけれど」
「三角測量?」
「はい」
「耕作地などの面積を測る為に使う技術ですよね?」
「はい。あの、二カ所の灯りのある場所がどこか分かっていれば、地図から自分のいる場所がわかりますますよね?」
「え?・・・そうか。地図を作るのに三角測量が使えるのですから、地図を元に自分の位置も三角測量で分かるのですね」
「そう思ったのですけれど」
「夜も船を進めさせる事が出来れば、日程の短縮になりますね」
「はい。可能でしょうか?」
「う~ん?夜番にも昼番と同じだけの船員が必要になりますね。船員も寝なければなりませんから」
「そうか。そうすると客として乗船出来る人数が減ってしまいますね」
「ええ。船員の人件費も2倍掛かりますから、割り増し料金を払って貰えるのなら、可能だと思います」
「そうか。夜の灯りを管理する人や施設も必要ですものね」
「ええ。ですが需要はあると思います。港町の多国籍店舗街が出来上がれば観光需要は生まれますし、貴族が船を利用するなら、船上での日数を減らす為にはお金を出すでしょう。何せ船の上は退屈しがちですし、船酔いに苦しむ時間も短くなるのですから」
「なるほど」
「ええ」
「ですがミリ様?乗客として貴族を乗せるのは双胴船になりますよね?」
「ええ。その予定ですけれど?」
「それでしたら、船酔いの期間が短くなるのは利点にはならないのではありませんか?」
「・・・そうでした。そもそも船酔いしないかも知れないのですものね」
「ええ」
そう言って真面目な顔で肯きあった後に、二人は揃って笑顔を向け合った。
その後、眠気で頭が回らなくなるまで二人は、灯台三角測量計画や船上での退屈をしのぐ方法に付いて、星空の下で互いの片腕を片手で掴んで、互いの体を支え合いながら話し合った。
残念ながらその夜は二人とも、流れ星には気付かなかった。




