笑みと決意
「この水路は、王都での建設ラッシュが終われば利用価値が下がります。それですので、作り上げる為の期限はありますが、それまでは何度でも失敗する事を容認する方針でいます」
レントの言葉に、バルの父ガダ・コードナ侯爵の眉間は更に狭くなる。
「失敗を重ねたら、損害がかなりになるのではないか?」
「損失が出れば確かに多額にはなりますが、この水路は農業用水の基幹水路にもしますので、水路自体は無駄とはなりません」
「・・・なるほど。堰き止める部分が完成しなくても使い途はあると言う事か」
「はい」
「なるほど、面白いな」
「ありがとうございます」
レントの声に明るさを感じ、ガダはレントに視線を向けた。
「うん?この案は、卿が考えたのか?」
「あ、その、堰き止め式の素案はわたくしが出しましたが、ここまで膨らませて下さったのはミリ様です」
「・・・レント殿」
「え?あ、はい」
またガダからの呼ばれ方が変わり、レントは少し戸惑う。
「祖父である私の手前、ミリを引き立ててくれているのかも知れないが、手柄を譲らなくても良いのだぞ?」
眉尻を下げたガダの言葉に、レントも眉尻を下げて返した。
「あ、いえ。船で運ぶのはミリ様の案ですし、もともと農地の再編の為に新たな水路を作る事を予定していました。ミリ様に見せて頂いたハクマーバ伯爵領の水害被害の調査資料を見て、水路を堰き止める事をたまたま思い付いたのです。それもその思い付きをミリ様がわたくしから引き出して下さったので、この様な概要になりました」
レントの言葉を聞いて、ガダはダム式水路の概念図に顔を向ける。
「・・・そうか」
「はい」
小さく何度か頷きながら、ガダの顔に笑みが浮かんで言った。
「ハクマーバの水害で、これを思い付くとは」
ガダはレントに笑顔を向ける。
「レント殿は思考が柔軟だな」
「え?」
思いも寄らないガダの言葉に、レントは目を大きく見開いた。
「ミリは結構頭が固いから、最初の一歩が思い付かなかったりする。そうは言っても、知っている事を組み合わせたり膨らませたりする事は得意だから」
ガダは概念図に視線を戻す。
「レント殿とミリのコンビなら、きっとこの水路も完成させられるだろう」
ガダはまたレントに顔を向けた。
「私は楽しみだ」
ガダはそう言うと微笑んで目を細め、小さく肯く。
レントは鼻の奥の痛みと目の奥の熱を感じた。声が少しつまる。
「ありがとうございます」
「うん?まだ技術者を貸すとは言っていないぞ?」
ガダは眉根を寄せて眉尻を上げ、片方の口角だけ少し上げた。
言う事を用意していたレントは、ガダに肯いて返す。
「はい。それでこの事業は、ミリ商会の事業として行います」
ガダの眉間に皺が寄った。
「それは・・・ミリに損失を被せると言う事か?」
「はい。ミリ商会の開発投資案件として進めます」
「それはつまり、利益もミリ商会と言う事か」
「もちろんコーカデス子爵領にも利益はありますが、水路が完成したら、その使用料をミリ商会に払う予定になっています」
「・・・レント殿の世代はそれが守られるかも知れないが、ミリ商会が広域事業者に指定されて、コーカデス領から追い出されるかも知れない」
「はい。ですので利益回収は可能な限り素早く行います」
「いや、だが、ミリ商会が利益を得るのなら、コーカデス子爵領の利益は減るぞ?」
「はい」
「・・・まあ、ミリとレント殿ならそれは分かっているか。しかしそうなると、領地としては他の施策に予算を回せなくなる」
「それですので、コーカデス領の開発は全てミリ商会に一任し、運営もミリ商会に任せる予定です」
「いや、その様な事、行って問題がないのか?」
「はい。法律的には問題ありません」
「いや違う。あ、いや、法律的にはそうだろうが、もしミリ商会が倒産したら、コーカデス領は失くなってしまうぞ?」
「水路や農地や港は残ります。それに使用する土地はミリ商会に貸すだけで、所有はコーカデス領としていますので、その上に残っている物ならそのまま引き継いで、コーカデス子爵家が使用していきます」
「ふっふふ。なるほどそうか」
「はい。ですのでお貸し頂くコードナ侯爵領の技術者も、コーカデス子爵領の仕事として、ミリ商会を手伝って頂きます」
「技術者達の貸出料を持つのは、ミリ商会と言う訳か」
「はい」
「しかしそのやり方は、法律的に問題があるのではなかったか?」
「コーカデス子爵領からミリ商会へと投資をしますので、それを以て法的問題も回避出来ます」
「ふっふふ、そうか」
「はい」
「分かった。コーカデス卿」
「はい。コードナ侯爵閣下」
「コーカデス子爵領にコードナ侯爵領の技術者を貸し出そう」
「ありがとうございます閣下!」
「ただし。これはコードナ侯爵家がコーカデス子爵家を信じたからではなく、私がミリを信じているからだ」
「はい」
「そしてレント殿にも期待しているのもある」
「え?あの、はい。ありがとうございます」
「いや。領地開発を通してミリに経験を与えるとの話は聞いていたが、頭の固いミリの柔軟性が高まれば、我がコードナ家にも益となるからな。ぜひレント殿がミリを鍛えてやってくれ。私の期待と言うのは、そう言う意味だ」
レントは肯くのを躊躇った。
ダム式の水路はたまたまレントの方が先に思い付いたが、直ぐに理解してアイデアを膨らませる事をしたのだから、ミリもいずれ思い付いただろう。
レントにはコーカデス領の開発だけだが、ミリには他にもやる事がある。考える時間さえあれば、ミリもレントより早く、ダム式水路を思い付いていた筈だ。
そう。ミリ様に考える時間がないのであれば、わたくしが先回りして考える事が出来れば、ミリ様に時間の余裕を持って頂けるのではないでしょうか?
そう閃いたレントは、それなら自分もミリの役に立てると思った。そしてレントがミリの役に立つ事は、コーカデス領の役に立つ事に繋がる筈だ。
「ありがとうございます」
レントは頭を下げる。
「わたくしはミリ様は充分以上に柔軟だと思っているのですけれど、わたくしがミリ様のお役に立てるのでしたら、ガダ様の御期待に沿えられますようにも、努力して参ります」
顔を上げたレントはガダに、決意を込めた微笑みを向けた。




