恋愛相談とも言えた
「先程わたくしが言った逆と言うのは、わたくしがミリ様への気持ちを変えないままでも、この気持ちが恋や愛などではなく、別の女性に恋をしてしまうかも知れないと思ったからです」
想定外のレントの言葉に、バルの父ガダ・コードナ侯爵の眉間にまた皺が寄る。
「それは、ミリを傍においたまま、他の女性と結婚をすると言う事か?」
「はい。その様な状況も含みます」
肯いて顔を上げるレントに、ガダは言葉が返せなかった。
ガダは息子のバルが、レントの叔母リリ・コーカデスを好きだと公言していた事を思い出していた。
「今のわたくしではミリ様には相応しくありません。そう思います。それはわたくしのミリ様への気持ちが崇拝でも恋情でも同じです」
相応しくないとの言葉でガダは反射的にミリの出自を思い出したが、相応しくないと言うのはレントが自分自身を下に見ている事だと話の流れから考えて、レントのミリへの崇拝がそれほどなのかとガダは小首を傾げる。
「ミリ様の結婚相手には相応しくないので、ミリ様を恋愛対象とは思えずに、崇拝対象にしているのかも知れません。自分の事ながら良く分かりませんが、結婚をする事でミリ様に傍にいて頂く事が出来ないから、逆に、ミリ様が誰かと結婚してしまわない様にプロポーズの振りをさせて頂いたのかも知れません」
「相応しくないと言うのは、家格の事か?」
ガダにはレントが、ミリの出自を気にしている様には感じなられなかった。そうなると、レントがミリと釣り合う為に陞爵を狙い、その為に領地開発を急ぐのだとすれば納得がいく。
「それもありました。確かに侯爵家の令嬢と子爵家の子息では、滅多に結婚する事はありませんね」
ガダはパノが子爵家の跡取りとの婚約を解消した事を思い出した。しかしあれは子爵家側から解消を申し入れた筈だ。その理由にコーハナル侯爵家がラーラを養女とした事を挙げられた事まで思い出して、ガダの眉間にまた皺が寄る。
「侯爵家同士でしたら問題はありませんから、ミリ様との結婚を考えるのでしたら、その為にも陞爵はしておきたいと思います」
レントの言葉にガダは、やはりとも思うし、他にも理由がありそうだとも感じた。しかし陞爵はそう簡単な事ではない。
「ミリの力を借りてか?」
「はい。ミリ様の力を借りてでもです。しかしそれがますますミリ様へのわたくしの崇拝を強める事は分かっています。その結果わたくしにはミリ様との結婚を望む事がますます出来なくなり、わたくしに見合ったレベルの女性を伴侶に選ぶかも知れません」
「それはかなり相手の女性に失礼ではないのか?」
「ええ。ですがわたくしと同じ様にミリ様を崇拝する女性でしたら、相手の方もわたくしを受け入れて下さるのではないでしょうか?」
「いや、レント殿?余りにもミリを買い被り過ぎではないか?」
「いいえ。その様な事はないと今のわたくしは思いますし、今の自分では駄目なのも分かっております」
ガダは肯きそうになって、手を口に当てて咳の真似をした。しかし駄目ではないとはレントに言う事も出来なくて、変な間が開いてしまう。
「もしかしたらわたくしが、ミリ様を普通に女性として愛する様になるのかも知れません。他の誰でもなく、ミリ様との結婚だけを望む様になるのかも知れません。それなので少なくとも、コーカデス領と言う土地の生産能力に相応しい爵位と、その領主として相応しい実績が欲しいのです」
「いや、だが、レント殿は、それを得る為にミリを頼っているのではないのか?」
「はい。ですがコーカデス領としては、ミリ様に頼る事はもっとも正しい答えではありませんか?」
「いや、そうだが、それでも良いと開き直るのか?」
「開き直ると言うよりは、事実であると思っています」
「・・・まあ、確かにコードナ領でも、ミリを頼った政策はいくつもある」
「ミリ様を頼る事が領地として正しいのであれば、それを選択する事が領主としての正しい勤めではないでしょうか?」
そう言われたらその通りなのだけれど、ここでレントに肯いて良いのか、ガダは悩んでしまった。
ただしガダは、ここまでのレントの話を恋愛相談として感じていた為に戸惑っていた。しかしそうではなさそうだと気付いて、ガダは少し気が楽にはなっていた。難しい話には違いないけれど、孫であるミリに対しての恋愛相談を受けるよりはマシだ。
「レント殿は、領主としての正しさを取るとミリを利用する事になるから、自分の気持ちが分からなくなっているのか?」
「・・・そうかも知れません。ミリ様はわたくしに取って大切な方ですが、もしミリ様に好きだとか愛しているとか告げたとしても、わたくし自身がその言葉を信じられないかも知れません」
もしかしたらやはり、恋愛相談なのかも知れない。
「・・・そう言う事なのだな」
「はい」
「それなら自分の気持ちが自分で分かるまで、言葉にしなければ良いのではないか?」
「ラーラ様にも同じ様な事を言われましたが、自分の気持ちが分かった時に、ミリ様が既に別の誰かと結婚していたら、どうしたら良いのでしょう?」
また恋愛相談っぽくなって来てしまい、ガダは面倒になって来た。
「どうしようもないな。ならないかも知れない事に今から悩んでいる程の余裕は、今のレント殿にはないのではないか?」
「それは、そうですけれど」
「それよりも、レント殿が自分の気持ちを分かるより前に、ミリから好きだと言われる可能性もある」
「え?」
「その時にどうするのか、ミリの気持ちに応えられないと断るのか、領地の為にはミリを手放せないから自分の気持ちがその先どうなろうと受け入れるのか、考えておいた方が良いのではないか?」
「ですが、わたくしはミリ様に嫌われておりますし」
どうしてそうレントが考えたのか、ガダには分からない。けれど詳しく尋ねる気にはならなかった。
「今はそうでも、万が一でもそうなったら、待ったなしだぞ?」
「しかしもしそうなるとしても、バル様がミリ様の結婚を許したり、ミリ様が結婚しようと考えてからですので」
「結婚をしなくても、好きになる事はあるだろう?」
「それは・・・ですが・・・」
「ミリに好かれたらどうするか。考えなければならない事は一つだ。ミリの気持ちを受け入れるかどうかだけだ」
「いや、ですが、受け入れるにしても断るのにしても、様々な影響がありますし」
「いいや。受け入れるのも断るのも、その結果どうなるかは実は余り関係ない。結果を考えて、自分が望まない方を選べば後悔するだけだし、望んだ方を選べばどんな問題がおこっても乗り越えられる筈だ」
「・・・そんな・・・上手くいくのでしょうか?」
「いく。簡単ではないがな。バルとラーラはそうだろう?」
「あっ・・・はい」
「あの二人が上手くいっている理由は色々あるけれど、その根本は、二人が自分達の本当に望んだ道を選んだからだ。望まない道を選んでも問題は起こる。その時にはきっと自分の行った選択を後悔する。その後悔に使う時間やエネルギーを後悔せずに問題解決に回せる分だけ、望んだ道を進む方が効率は良い。そうは思わないか?」
「・・・はい」
「まあ、まだあまり、後悔した経験もないだろうから、分からないのかも知れんな」
ガダは菓子選びで後悔した経験を話そうかと思ったけれど、視線を下げたレントの様子を見て、真剣に考えているところを邪魔しない事にした。




