少し心変わり
ミリはまず、何を今更、と思ったけれど、自分がだんだんと冷静さを失っていっていた事も感じていたし、やる気が無さそうに見えていたレントも途中から雰囲気が変わった様にも感じていた。
ミリは小さく息を吐く。
「分かりました。手短にお願いします」
「ありがとうございます」
頭を下げたまま早口でそう返したレントは顔を上げると、間髪を入れずに思い付いていた事を口にした。
「水路を設けて石材を運べば良いと考えました」
「水路?」
「はい」
石切り場のある山の斜面に水路を作るイメージが湧かず、ミリの眉根が寄る。レントはその表情を見ながらも肯いて返した。
レントはソウサ商会の護衛との訓練で、水泳を習っていた。まだ始めたばかりで水に浮ける様になっただけではあるけれど、水の中では体が軽くなる事を感じていた。また水底の石を持ち上げて水面より上に出すと重く感じる事から、ミリがイカダで石を運ぶと言った話を思い出し、イカダの下に石を括り付ける光景をレントは想像していた。
「水で押し流すのですか?」
ミリが思ったのは貯めた水を一気に流して、石を前に進める方法だ。しかしいくら傾斜のある山の斜面だとしても、それほど前に進むようなイメージは持てない。
「押し流すと言うよりは、浮かせて進める感じです」
「浮かせて?」
「はい。イカダの様に木材を石に巻き付けて浮かせます」
レントの案ならミリの最初のイメージよりは、前に進みそうだ。
「しかしそれでは、大量の水が必要になりませんか?」
「水は川から引きます」
「山の傾斜が結構急ですから、浮かせるにしても、それほどの水量のある川が近くにありましたか?」
ミリが思い浮かべた地図には、確かに石切り場の高度には川があった。しかしその川はそれほど大きくはなかった筈だ。他の川からも水を引くのなら、かなりの規模の工事になる。
「水路を階段状に堰き止めれば、水位は確保出来ます」
レントはハクマーバ伯爵領の水害の状況に付いて、ミリから送られた資料で知っていた。その中には川が堰き止められて水位が上がり、被害範囲が広がった事が記載されていた。そこからレントはダム式の水路を思い付いていた。
「階段状?」
「はい。階段の各段の真ん中に堰を造ります。そうすると堰と堰の間に段差が出来ます。水を堰き止めて石材を浮かし、下流の水深の深い方に石材を引いて進めます。石材を移動させたら下流側の堰を開きます」
「なるほど。その時に石材が浮いたままになるように、水深の差を付けた階段を設けるのですね」
「はい」
「それを繰り返せば、石材を海まで運ぶ事が出来ると言う事ですか」
「はい」
「なるほど」
ミリは何度か肯いた後、難しい顔をレントに向ける。
「わたくしには思い付かないアイデアした」
「え?」
レントはここまでのミリの質問は、ミリが既に検討済みの事を口にしているのだと思いながら答えていた。
「コーカデス卿は何故、この案をわたくしが検討済みと考えたのですか?」
「あの・・・わたくしはソウサ商会の護衛の人達に、水泳を習い始めました」
「え?そうなのですか?」
「はい。ミリ様が王都を離れている間だけでしたので、まだ泳ぐまでには至っておりませんが、水に浮く事は出来る様になりました」
「そうですか。それで?」
「水の中では自分の体も、持ち上げた石も軽く感じました」
「浮力ですね?」
「はい。それとハクマーバ伯爵領の水害被害の報告も読ませて頂いていて、流木などの障害物で川が何箇所も堰き止められて階段状になる事も知りました」
「そこからこのアイデアを思い付いたのですか?」
「はい」
「・・・卿と同じ知識があったのに、わたくしには思い付きませんでした。ですが、コーカデス卿?」
「はい、ミリ様」
「何故わたくしがこの案を思い付いた上で採用していないと考えたのですか?」
「ミリ様が思い付いているのでしたら、直ぐに費用の計算もなさると思いました。それなので、予算面での評価の結果、採用なさらなかったのかと考えていました」
「・・・確かに、思い付いていたら費用計算はしたでしょうし、その上で費用が掛かり過ぎると判断したら、わたくしは卿には話さずに廃案にしていたでしょうね」
ミリは深く息を吐いた。
「コーカデス卿」
「はい、ミリ様」
「いかがです?わたくしはやはりわたくし達は、意思疎通が不十分だと改めて感じるのですけれど?」
「・・・はい」
「先程の発言は取り消させて下さい」
「それは・・・」
「コーカデス卿が思い付きでも何でもわたくしに教えて下さるのでしたら、ミリ商会に引き続きコーカデス領の開発をさせて頂きたいと思います。そしてもちろんわたくしも、思い付きでも何でもコーカデス卿に伝える事にします。いかがでしょうか?」
「ミリ様・・・ありがとうございます」
「いえ。わたくしは短慮な発言をしてしまいました。申し訳ございませんでした」
ミリが立ち上がって頭を下げるので、レントも立ち上がって頭を下げる。
「こちらこそ、考えが足りておりませんでした。申し訳ございません」
揃って頭を上げて目が合って、なんとなく恥ずかしく感じて、でも視線は逸らせなくて、ミリとレントは照れ笑いを向け合った。




