即否定
コードナ邸の応接室で、ミリはレントに向かいの席を勧める。レントは勧められるままにソファに腰を下ろした。
朝食が済んだばかりだったけれど、ローテーブルの上には茶菓子も用意されている。
「コーカデス卿?」
「はい、ミリ様」
表情を表さないレントに、ミリはどう言葉を掛ければ良いのか迷った。レントに訊きたい気持ちはあるのだけれど、何を訊きたいのかミリは自分で分かっていない。
「今なにか、困っている様な事はありますか?」
取り敢えずミリは、ストレートにそうレントに尋ねてみた。
「いま、でしょうか?」
「はい」
困っている事と言われてレントは、自分自身に対して不甲斐なさを感じている事を思い浮かべる。それはミリとの関係性が一因とはなっているが、しかしミリに話すべき事ではない。
「特に困っている事は御座いませんが」
「そう、ですか」
ミリの探る様な視線に、レントは疑われている事を感じた。
「ミリ様のお話と言うのは、その件なのでしょうか?」
「あ、いえ。もしコーカデス卿がお困り事をお持ちで、それを解消するなり対応を取るなり出来るのなら、話し合いの前に行いたいと思ったのです」
ミリにそう説明されるが、しかしレントはミリの発言の意図を掴めない。それはミリ自身が何を言いたいのか、まだ纏め切れていないのだから当然ではあった。
取り敢えずレントはミリに頭を下げる。
「お気遣い頂き、ありがとうございます」
「あ、いえ」
ミリはレントとの関係性に、距離が開いた感じを受けた。それはミリに不安を覚えさせる。
これまでミリはほかの人との関係の中で、だんだんと親しくなっていく経験はあるけれど、付き合いのある相手が遠離る経験はした事がなかった。もちろん親しくなれない相手もいるけれど、その場合は最初から相手と自分は一定以上離れていて、そこから更に離れれば単に関係を失うだけだ。そして関係が失われていても気付かない事の方が多いから、ミリも気にした事はなかった。
「それで、ミリ様の話とは、どの様な内容なのでしょうか?」
言葉を途切れさせたミリに、レントは無表情のままそう尋ねる。
「わたくしが伺いたいのは、ソロン王太子殿下との謁見に付いてですけれど、コーカデス卿の話からで結構です」
ミリは自分の考えを纏める為に、時間稼ぎをする事にした。取り敢えずレントに語らせて、レントとの距離感を確認する事もミリは狙う。
「コーカデス卿はどの様な話ですか?」
「わたくしはミリ様に、石材のサイズが見極められなかった事をお詫びしたいのと、実際にどの様な判断をなさったのかに付いて伺いたいと思っています」
ミリの眉根が寄った。
「石材サイズの件の謝罪は手紙でも頂きましたけれど、不要ですよ?わたくしも見極められなかった訳ですし、その件の責任はミリ商会にありますので」
「しかしわたくしは、先に石切り場に出向いていた訳ですし、石材も手に取っておりました」
「石材でしたらわたくしも、コーカデス卿が王都に運んで来た物を手にしたではありませんか?それに石切り場の様子もコーカデス卿から伺っていましたので、知っておりましたし」
「いいえ。その際にわたくしが正しい情報をミリ様にお伝え出来ていれば、石材のサイズを決める際に、正しい判断をミリ様にも他の皆にもして貰えた筈です」
「いえ、それは違います」
ミリはレントを真っ直ぐ見詰めてそう言い切った。
「一番大きなサイズが運べないとの判断は、同行した石工の方達のものです。わたくし一人で石切り場を視察したのでしたら、その様な判断には至らず、きっとコーカデス卿と同じ判断を下したでしょう」
「しかし」
「コーカデス卿」
「はい、ミリ様」
「コーカデス卿が正しい判断を下せる状況であったか否か、それをここで議論し合って結論を出す事に、どれだけの意味がありますか?」
そうミリに言われ、レントは顔を伏せた。
「申し訳ございません」
「え?あの、コーカデス卿?ですから、謝罪は不要ですよ?」
「はい。ありがとうございます、ミリ様」
レントは謝罪ではなく感謝の言葉を口にしたけれど、それはミリには響いていない。謝罪される事ではないのと同じで、感謝される事でもないとミリは思っている。
頭を下げるレントを見て、ミリの中には僅かな虚しさが生まれた。その虚しさに接している部分がちりちりと痛む。
顔を上げたレントと目が合い、今度はミリが視線を下げた。
そのミリの様子をレントはただ見続け、黙ったままミリの発言を待つ。
ミリはちらりとレントを見て、目が合うとまた反射的に視線を下げた。そして一度も目を瞑り、目を開くと同時に顔を上げてレントを見る。
「他にはコーカデス卿が話したい事はありますか?」
「いいえ」
レントは即否定した。
ミリはレントとの隔たりが更に開いた様に受け取る。
「あの、どの様な事でも結構ですけれど?」
「いいえ。わたくしからは何も御座いません」
コードナ邸の応接室のドアも窓も閉じられているけれど、ミリとレントの間に冷たい風が吹いた様にミリには感じられた。




