覚えのない様子
「それでは御都合がよろしい時に、話す為のお時間をわたくしに頂けないでしょうか?」
元気なくそう言うレントに、ミリは肯いた。
「はい。わたくしもコーカデス卿と話をしたいと思っています」
「そうですか。では御連絡を、あっ、ミリ様?一点だけ確認させて下さい」
そう言うレントに、いつもの押しの強さがどうも感じられないとミリは思う。
「一点ですか?構いませんけれど、何でしょうか?」
「ミリ様からお借りした調査資料に、最近の物と思われる書類があります」
「最近?」
「はい」
「母の誘拐に関する資料の事ですよね?」
「はい。その中に船に関する資料ですとか、馬車クラブからの報告書ですとか、最近の日付が記載された物が含まれていました」
「それは、申し訳ございません。コーカデス卿にどれをお送りするのか、指示を間違えていた様です。戻って確認致します」
「あの、はい。よろしくお願いします。しかし、その、いくつかには目を通してしまったのですけれど、問題ないでしょうか?」
どの様な問題をレントが想定しているのか分からずに、ミリは小首を傾げた。
「はい。問題はございませんけれど、何か気になる事がありましたか?」
「その、わたくしが目にしてはいけない物はなかったか、気になりまして」
レントが問題にしているポイントが分かり、ミリは微笑みながら肯いた。
「問題はありません。ソロン王太子やコーカデス卿との遣り取りの手紙などの様な、内容を秘密にする必要がある物は鍵が掛かる場所に保管しておりますから、今回お渡しした資料に含まれている事はありません」
「そうですか」
ほっとした様子のレントに、ミリの微笑みが少し深まる。
「はい。ですからどの資料も読んで頂いて構いませんが、余計な物を送ってしまい、戸惑わせてしまった事はお詫びします。申し訳ございません」
「あ、いえ。それほどの量ではありませんから、大丈夫です」
頭を下げたミリにレントが少し慌てた。やっといつも通りのレントの反応が引きだせた様に感じて、ミリは顔を上げてレントにまた微笑みを向ける。
「ありがとうございます。邪魔になるでしょうから、後程引き取りに参ります」
「コードナ侯爵閣下には離れを一軒貸して頂いておりますので、全く邪魔ではございません。それですので、ミリ様の御都合が良い時に確認して頂ければよろしいかと思います」
「分かりました。ありがとうございます」
「いいえ、よろしくお願い致します。それでは、御連絡をお待ちしております」
そう言うとレントはミリに頭を下げる。レントが辞去しようとしている事に気付いて、ミリは無意識に手を差し出した。
「あの、コーカデス卿?」
「はい。何でしょうか?ミリ様?」
「この後、少しでも結構ですから、お時間を頂けませんか?」
ミリはレントの様子が気になって仕方がなかった。
早朝に久し振りに会った時もその後の訓練中も、朝食の席でもレントとは会話らしい会話はしていない。それはレントから話し掛けられなかったからだ。今の資料混入の件でやっと会話らしい遣り取りをする事が出来たのだけれど、その間のレントの様子にミリはやはり違和感を抱いていた。いつものレントが現れたと思っても、すっと見えなくなる。
「わたくしは構いませんが、ミリ様はこの後、コーハナル侯爵邸にいらっしゃるのですよね?」
「え?ええ」
「コーハナル侯爵邸で、わたくしに用事があるのでしょうか?」
これまではミリが誘えばレントは喜んで応じていた。しかし今は違う。戸惑っている様子のレントにミリも戸惑う。
「あ、いえ。コーハナル侯爵邸でも構いませんけれど、コーカデス卿がコードナ侯爵邸で用事があるのでしたら、コードナ侯爵邸でも構いません」
「用事と言いましてもわたくしは、お貸し頂いている調査資料の読み込みをするだけですので、時間は融通出来ますけれど」
レントは困惑を表情に出しながら、ミリにそう返した。
「わたくしもです。建築関係者からの返事が来るまでは、特に用事は、なくもありませんけれど、優先するものは、それもなくはありませんが、急ぎ対応すべき物はありませんから」
気持ちの揺れで未整理のままの言葉を口にしてしまい、ミリは自分の状態に困惑する。
「そうですか」
短いレントの返しが、ミリには冷たく響いた。
「あの、ええ。ですので、コーカデス卿さえよろしければ、この後、少しでも結構ですから、話をする時間を頂けませんか?」
「はい。それはわたくしも是非、お願いしたいと思います」
レントの返事にミリの眉根がわずかに寄る。
是非と言いながら、レントはミリとの話し合いに乗り気ではない様に、ミリには感じられた。
「それではコードナ侯爵邸に参りましょうか」
「しかしミリ様がこの後、コーハナル侯爵邸にいらっしゃるのであれば、このままこちらでの方がよろしいのではありませんか?」
「え?ええ。わたくしはそれでも構いませんけれど」
「はい。それでミリ様のお話とは?」
「・・・あの、コーカデス卿?」
「はい、ミリ様」
「ここで立ち話も何ですから、コーカデス卿の時間が許すのでしたなら、応接室に移動しませんか?」
「失礼致しました。そうさせて頂きます」
ミリはレントの様子に、内心で首を傾げていた。
どうにも元気がない。早朝訓練で疲れたのかとも思ったけれど、疲労なのだとしたら他に原因がありそうだ。
もしかしたらコードナ侯爵邸の離れでは、良く休めなかったり眠れなかったりしているのかも知れない。もしそうならコードナ侯爵邸での滞在を勧めた自分に責任がある。ミリはその様な事を考えていた。




